第一章 魔帝転生 05
そのランスをライゼンが下から弾いた。
ランスに纏っていた魔闘気は空に向かって放たれる。
その攻防の最中、ライゼンを挟み込むように頭上と足元から仕掛けていた土の魔王ドルイダラスと水の魔王ウィンディールが、魔闘気の直撃を受けて吹き飛ばされていた。
四人の魔王が動けなくなったこのタイミングで、金の魔王エレクトラが最大火力の魔法を叩き込む。
それは、天から地表まで貫く雷の魔法。
あらゆる命を奪い去るに留まらず、山を溶かし山河の形を変化させるほどの威力を持った一撃であった。
実際、地上に届いた雷光は砂丘を融解させ溶岩の海へと変えている。
そんな最大火力の一撃を受けて、ライゼンはなんの痛痒もなくその場に立っている。
そんな魔帝ライゼンを見ても、魔王エレクトラの表情にはなんの変化も見られない。
魔王エレクトラにとっては、当然の結果だからだ。
ただ、今の一撃は体制を整えるための一瞬を生み出すためだけのもの。
四人の魔王が連携して、最高の一撃を仕掛けたが、失敗に終わった時に用意していた保険である。
というか、この状況は予め想定されいた通りの流れに過ぎない。
次に仕掛けるために、四人の魔王は一旦間合いをとる。
その様子をこともなげに魔帝は黙ってみている。
五人の魔王達にとって、この圧倒的な力の差は想定されていたこと。
というのも、魔帝と戦うのはこれが初めてではないからだ。
だが、一度たりとも5人がかりですら勝てたことがない。
魔力だけならば、魔王たちの方が上だ。
だが、どれだけ高威力の魔法であれ、魔帝にダメージを与えることはできない。
魔王エレクトラの最大火力の魔法が、一瞬の目眩まし程度にしか使えないことをもってしても明らかである。
それは、他の魔王がやってもおなじこと。
魔法ではどれほど威力を高めようとライゼンが纏っている魔闘気を抜けないからだ。
一点に対する威力が低すぎる。わずかでも力が分散した力ではライゼンには届かない。
魔力耐性とか物理耐性とかいうような話ではない。
魔力と気を纏い、それを一点に集中して零距離から叩き込む。それも、全力を尽くして。
それ以外にライゼンに届く方法がないのだ。
今の魔王達が行ったのはそのための連携であった。
普通魔人が敵に対するに連携はおろか技を使うことはない。
圧倒的な魔力や力があれば、容易く相手を屠れるからだ。
だが、究極の戦いにおいてはそうはいかない。
ライゼンが魔王四人をあしらって見せたのは技である。
高まった力を制御する。さらには、敵の力を利用する。
それが技である。
そこにおいて未だ魔王達はライゼンに及んではいない。
いくら力を高めようと、このままでライゼンのいる高みに届くことはない。
だが、そんなことは最初からわかっていたことである。
5人の魔王は、ライゼンの正面の位置に移動しながら、それぞれの得物を出現させる。
火の魔王イフリータルは拳を強化する魔拳セクタスを。
水の魔王ウインデールは水色の刀身を持つ魔剣エルダルを。
風の魔王シルフィードは緑色に輝く魔槍フェイラスを。
土の魔王ドルイダラスは銅色をした魔槌ダムクを。
金の魔王エレクトラは金色に輝く魔弓ロウゼルを。
そして、一気に魔闘気を最大に持っていく。
魔力も気も全て魔闘気に回す。
これ一度きり、後先のない一度きりの最強の技をそれぞれが正面からぶつけるつもりなのだ。
この攻撃が失敗すればもう後はない。
だが、それでなくては勝利する可能性すらない。
それがわかっているからこその、決断であった。
魔闘気を最大限にためた一撃を魔弓に込め魔王エレクトラが放つ。
魔弓の効果により、増幅された一撃がライゼンの心臓の位置に転送される。
それと同タイミングで他の魔王四人が仕掛ける。
イフリータルの魔拳セクタスは魔闘気を溜め込みインパクトの瞬間開放させることができる。
ウインデールの魔剣エルダルは刃に魔闘気を集中させることができる。
シルフィードの魔槍フェイラスは直線上に魔闘気を集中せて距離に関係なく放つことができる。
ドルイダラスの魔槌ダムクは魔闘気を相手の内部に直接叩き込む。
5人の魔王のもつ魔武具を使った最大の力。
その全力の一撃を一瞬に、そして一点に集中させる。
技で及ばぬなら、技を遥かに凌駕するほどの威力を持った一撃に託す。
それが、最後にたどり着いた唯一の結論であった。
実際、その一撃が届けば、いかな魔帝ライゼンであろうと無傷ではいられなかったであろう。
そして、インパクトの瞬間。
大気だけではなく、空間がぐにゃりと歪んだ。
一瞬だけ闇空間を包み、インパクトの一点からエネルギーが球状になって放出される。
そのエネルギーに触れた物は一瞬で消滅する。
大気も例外ではなく消滅し、真空になった。
三千メートル下の地上に届き、クレーターになった砂丘はそれを超える綺麗な球体状に切り取られる。
さらにそこから半径千キロメートルほどに広がった球体は、そこでようやく消滅する。
広大な砂漠も完全に消滅していた。
だが、それで終わったわけではない。
真空となった場所に周囲から大気が流れ込む。
音速を遥かに超える突風は全体がソニックブームに包み込まれ、ありとあらゆる物体を粉々に破壊したはずだ。
存在するものがあれば。
今存在するのは5人の魔王と……ライゼン。
インパクトの瞬間に生じた余波ともいえるエネルギーの球体。その破壊の力を堪えるのに、5人の魔王はわずかに残った魔闘気を使い切る。
普段ならば暴れ狂う大気と衝撃波ごとき、5人の魔王ならばどうということはなかったろう。
だが、今はそれがこらえきれず地上に叩き落されそうになる。
それをかろうじて堪えられたのは、風の魔王であるシルフィードの中に残った魔力の欠片を使って、大気を制御できたからだ。
もう、これ以上戦う力は残っていない。
インパクトの瞬間、5人の魔王は確かにとどいたと思った。
とどかぬはずがない、とそう信じていた。
実際、確かな手応えがあった。
だが、実際は……。
「よくぞここまで。見事であった」
ライゼンが発した言葉は、事実上の終了宣言であった。
言葉とは裏腹に、ライゼンは無傷。見るからになんのダメージも追っていないように見える。
だが、先程までと決定的な違いが存在する。
その手には、一振りの漆黒の魔剣が握られている。
ただ黒いだけが特徴の片刃の剣。
「ついに……。百年かけて、ようやく……」
息を切らし、感無量な声を出したのは火の魔王イフリータルであった。
「ライゼン様の魔剣……よろしければ、臣なる我に名を教えてくだされませぬか?」
土の魔王ドルイダラスも感極まりながらも質問する。
「名はヌル。これに封じられし力は壊れぬこと。我が全力の力に耐えうる、唯一の武器だ」
その話を聞いて、魔王全員がその魔剣の持つ本当の恐ろしさを理解する。
そして、絶望を通り越し、真の意味で納得し憧れる。
魔剣ヌル。
この魔剣をライゼン以外が持ってもなんの力にもならない。たとえ魔王の誰かが手にしたところでそれは変わらない。
力を増幅することはないし、特別なスキルも能力も発動しない。
魔剣とは名ばかりの、不出来な一振りに過ぎなかったであろう。
ライゼンが存在しなければ。
ライゼンは基本、全力をだすことがない。
その肉体を含めどのような武器であれ、その全力に耐えることが不可能だからだ。
ライゼンが技にこだわるのもそのためだ。
だが、魔剣ヌルの存在ひとつで全ての事情が一変する。