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第二章 ニューライフ 05

 伝説にしか出てこないような魔物……魔物?


 いや、それは魔物などではない。


 モンスターという枠には入るが、魔物とはまったく別のものだ。


 その身には神々の血が宿る。


 神と獣の間に生まれた異端の半神半獣、その末裔。


 身の丈は3メートルを超え、巌のような人の肉体と巨悪な角を持つ牛の頭。


 ミノタウルス・ジーヌス。


 圧倒的な力と不死性を持つ正真正銘のモンスター。


 ほとんどの魔法攻撃を無効化する上、強靭な肉体は生半可な物理攻撃を跳ね返す。


 普通の剣も矢もその肉体に掠り傷ひとつつけることは出来ず、仮に出来たとしても地に足をついている限り神々の加護により瞬時に傷は再生される。


 歴史上斃すことが出来たのは、半神半人の英雄のみだ。


 こんなダンジョンにいていいモンスターではない。


 かりに国が軍を送り込んできたとして、スタンピードは止められるだろう。


 だが、ミノタウルス・ジーヌスを止めることはできない。


 疲れず死なず傷つかない相手に、どれほどの数を送り込んだところで、ただただ犠牲者のみが増えていくことになる。


 クルスがそのことを知っていたのは、偶然などではない。


 誰もが知っている英雄譚に、そのことが書かれているほど有名な話で、一般常識として承知している。


 だが、それだけにほとんど神話として扱われていて、本気で信じているかは疑わしい。


 実際に姿形は有名だが、ミノタウルス・ジーヌスを目撃したという確かな情報は存在していない。


 冒険者ギルドへの討伐依頼があったという記録もない。


 だから、ミノタウルス・ジーヌスを目にした時、クルスはすぐに分かった。だが、それを目にしてなお一瞬受け入れられない自分もいたのだ。


 それは仕方ない。


 仕方はないが、その瞬間まで、迷っているような時間の猶予はない。


 その僅かばかりの時間の中で、クルスの耳に短く指示が届いてくる。


「袈裟斬りに、首を狙え」


 聞き返すような時間などなかった。


 位置は絶妙に調整されてミノタウロス・ジーヌスの頭上。


 到達した時、敵はまだ気づいてはいなかった。


 ただ一番の問題は、このまま落下すれば確実にクルスは死ぬ。


 剣を振り下ろすより遥かに早い速度で落下している。


 地面に叩きつけられ、潰れて死ぬ。


 その恐怖を感じてはいた。


 ただ、それでもクルスは剣を振った。


 目標はミノタウルス・ジーヌスの首。


 当てる自信があったわけではない。


 大丈夫だと思っていたわけでもない。


 ただ、体が動いていた。


 そうとしか言えなかった。


 だが、剣を振り下ろす動作を初めた直後、急速に落下速度がゆるむ。


 そして、剣の刃がミノタウルス・ジーヌスの首元に届いたジャストのタイミングで、肉体が耐えられるギリギリの速度になっていた。


 全体重と速度の乗った刃が、ミノタウルス・ジーヌスの右の首元から、左脇下にかけて袈裟懸けに振るわれる。


 跳ね返されそうになるが、クルスが持った剣が青白い光を放つと、強引に押し切ることが可能となった。


 クルスがダンジョンの石畳の上に足をつくのほぼ同時に、刃がミノタウルス・ジーヌスの左脇下から抜けてくる。


 完全に切断した。


 そのはずだったが、ミノタウルス・ジーヌスは切断された自分の上半身を右手で掴むと、自分の下半身に繋ぎ止める。


 獣の目をクルスに向けると、左手でクルスの身長くらいはありそうなアックスを真横から叩きつけてくる。


 受け止めることは不可能だ。


 この質量をもったアックスを受け止めたところで、剣ごと両断される。


 避けるしかない。そう判断するが、早い、そして間合いが広すぎる。


 避けきれるものではなかった。


「飛び込め!」


 また指示がくる。


 クルスは反射的に従っていた。


 剣を自分の正面に構え、左手で柄を握り右手でその端を押さえ前へと跳ぶ。


 何も考えてはいなかった。


 右手からは凄まじい速度でアックスが迫ってくる。


 もう、すでにアックスの間合いの中。


 クルスの体は上下に両断される。


 はずだった。


 だが、ゴウンという衝撃音の後、アックスはその速度を保ったまま、クルスの頭上を掠めるように抜けていく。


 アックスの真下から発された衝撃波が、その軌道を変化させた。


 クルスは全力で飛び込むと、そのまま剣をミノタウルス・ジーヌスの喉に突き立てる。


 青白い光はさらに輝きを増し、柄に当てた右手に体重を載せて押すことで剣の刃はミノタウルス・ジーヌスの首を後ろまで貫き通した。


 狂ったように暴れ、ミノタウルス・ジーヌスはアックスを手放し、両手でクルスの体を抱え込み力を込める。


 一旦袈裟斬りになった上半身と下半身は完全に融合している。


 強烈な痛みと圧迫感。


 上半身の骨がみちりと鳴っている。


 もういくばくもなく、クルスは押しつぶされるだろう。


 そういう未来がクルスの脳裏にはっきりと浮かんだ時だった。


「よくやった」


 耳元で声が聞こえる。


 同時に、ミノタウルス・ジーヌスの首に突き立てられたままになっている剣がクルスの手を離れて、勝手動き出す。


 ミノタウルス・ジーヌスの首を中心にして、円を描くように反転する。


 その瞬間、嘘みたいに簡単にミノタウルス・ジーヌスの首は切断され、ダンジョンの床の上に転がった。


 普通ならばこれで終わりだろう。


 だがミノタウルス・ジーヌスはまだ終わらない。


 首を失った肉体は動き続け、自分の首を拾い上げる。


 何をしようとしているのか容易く想像がつく。


 さっきと同じだ、首を自分の体に戻し再生しようとしているのだ。


 クルスはそれを見て、なんとか阻止しようと動こうとするが胸部に強烈な痛みを感じ僅かに出遅れてしまう。


 僅かな時間であったが、肋が何本も折られてしまっていた。生きていられるのは肺に刺さっていないからだ。幸運であった。


 目の前でミノタウルス・ジーヌスは持ち上げた首を体に載せようとしている。


 それを防ぐため、腕に組み付いて止めようとするが。


「近づくな!」


 耳元で指示が飛ぶ。


 前に飛び込もうとしていたクルスの足が止まる。


 すると、ミノタウルス・ジーヌスは半狂乱になっていた。


 体の上に首を載せたというのに、再生が行われない。


 焦って自分の首を打ち付けるように、切断面を体に合わせるがカンカンという硬質な音が鳴るばかりでまったく融合する気配がない。


 一体何が起こっているのか?


 狂ったように地団駄を踏み、カンカンと頭を融合しようとしているミノタウルス・ジーヌスから一旦距離を取り、クルスが観測していると、切断面に霜がついているのが見える。


 どれほど強力な再生能力を持っていようと、これでは無理だ。


 絶対に切断された首は融合しないし再生もしない。


 それからは時間の問題だった。


 夕刻になり日が沈んだ。


 周囲が暗闇に閉ざされ、遥か上空に円状に切り取られた夜空に星が煌き始める。


 その間、ずっとミノタウルス・ジーヌスは暴れまわりながら首と体でカンカンというビートを刻み続けた。


 刻むビートはすぐには気づかないくらい少しづつ、間が伸びてゆく。


 そして、いつしか空が白み始めた頃、弱々しくカンという音が聞こえ、ミノタウルス・ジーヌスの巨体が微かな陽光の中で倒れていくのが見えた。


 そして、にどと硬質な音が聞こえることはなくなり、ミノタウルス・ジーヌスが動き出すこともなかった。


 太陽が登った後、巨大な吹き抜けになった底に、首と体が切り離されたミノタウルス・ジーヌスが転がっているのが見えた。


「死んでいる……のか?」


 暴れ回り続けたミノタウルス・ジーヌスに巻き込まれないように、クルスはダンジョンの隅に移動していた。


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