やべぇ奴をお飾り正妻にした浮気者侯爵令息の結末
「これは、いわゆる白い結婚というやつだ。俺はお前を愛する事は無い」
俺の名前はクラウド・ブラックバック。候爵令息だ。
目の前の女性は、俺の乳母姉にして、護衛役でもある女騎士、ソル・レイダー。
そして、今日からの俺の名目上の妻でもある。
俺は、自分で言うのもなんだが、舞台俳優の様な甘いマスクと、美声をしていてかなりモテる。
それを活かして、領民やメイドなどをちょくちょくつまみ食いしてきた。何人かは愛人として囲ってキープしている。
だが、彼女達は皆正式な妻とするには身分が低く、かといっていつまで経っても独身のままでは家族や親戚がうるさい。実際、最近は両親が早く孫の顔を見せろと、お見合い話を頻繁に持ち込んでくるしな。俺は、化粧臭くて、小うるさい、お高くとまった貴族令嬢なんて興味無いんだよ!
そこで俺は一計を案じた。
名目上の妻を娶り、正妻としての役目は全てそいつに任せて、自分は役目を果たした事にして、愛人達と愛を育む。自分でもなかなかのゲスな発想だったが、これで少なくとも俺は現在の快楽に塗れた爛れた生活を捨てずに済む。
名目上の妻は、適当な下級貴族から連れてきても良いが、大して面識もない女を正妻にして、候爵家を乗っ取る様な事をされても困る。そんな頭の悪い男と俺は違う。
俺は自分の乳母の娘……乳姉妹であるソルを使う事にした。
彼女と少し前から付き合っていた事にして、正妻として迎える。
彼女は女騎士として、忠誠も実績もある。身分の低い女共よりは家族や親戚も反対し辛いだろうし、なにより彼女やその家族の性格的に、お家乗っ取りなんてしないだろう。万が一彼女が野心を持ったとしても、レイダー家は我が家から派生した家だ。最悪候爵家が乗っ取られても、血は繋がる。
我ながら、何と賢いのだろう。
という訳で、彼女との結婚式を終え、初夜の為に俺の部屋に来たソルに、抱くつもりが無い事を告げた……のだが。
「なるほど、そんな事よりHしよ?」
「人の話聞いてたか?」
目の前の乳母姉は、俺の計画を今一つ理解していないのか、眩しいまでの笑顔で俺にグイグイと迫ってきた。
「ソル、お前はあくまで俺の名目上の妻だ! その辺り、話をしただろう?」
「でもクラウドちゃん女の子大好きじゃん。抱いてよ。私も」
「ソルの事は姉としか見れないんだよ……」
ソルは俺より3つ年上の25歳。この国の貴族ではそろそろ行き遅れになる。東方の国の血が混じっているせいか、黒い長い髪と黒い瞳は美しいが、薄暗いこの部屋で見ると不気味さも感じる。
美人ではあるが、昔から彼女に姉代わりに世話されていたという事もあり、どうしても姉として見てしまい、性欲を掻き立てられる事は無い。
身内としての愛情はあるし、乳母姉として俺には忠実だ。だからこそ、彼女に白羽の矢を立てたのだ。抱けと言われて、急に抱けるものでもない。
「あくまで、ソルには任務としてこの役目を任せたのだ。お前に対する恋愛感情はない。なんなら別に他に愛人作っても良いと言っているだろ」
「……私は、クラウドちゃんの事、好きだよ?」
ソルはそのまま俺に近づくと、唇を無理矢理奪った。
「ソル……?」
「私、ずっとクラウドちゃんの事が好きだった。何度か来たお見合いの話も断って、この歳までクラウドちゃんの護衛騎士やってたのも、大好きなあなたの為!」
「……」
彼女は苛ついた感じで、威嚇するかの様に傍の壁を殴った。大きな音がして、思わず反射的に身をすくめた。
少し、狂気の入った瞳で、彼女は俺を見つめる。俺はそんな目の前の女に恐怖を感じた。
「それなのに、クラウドちゃんったら私の思慕に全く気付かず、他の女の子のお尻を追ってばかり……。そろそろ、私の我慢が限界になりそうな所で、クラウドちゃんの方から告白してくれた。やっと私の気持ちに気付いてくれたんだって思ったら……お飾りの正妻……? コケにするのもいい加減にしてよ……」
明らかにヤバい彼女の雰囲気に、俺は戦慄した。
ヤバい。明らかに、目の前の乳母姉はヤバい。
瞳には一切の光が宿っておらず、そこには深い悲しみと憎しみがたたえられているのが見て取れる。
いつも女を口説くようにしている様な、調子の良い言葉で丸め込もうにも、彼女から放たれるプレッシャーが強すぎて、口が動かない。
何が、我ながら、何と賢いのだろう。だ。俺は致命的な間違いをしてしまったのではないか。彼女の俺への思慕に早い段階で気付いていれば……。いや、侯爵令息という立場に調子に乗って、女遊びにうつつを抜かさなければ……。
「ソ、ソル……。とりあえず、今日はお開きにしよう。お前の事は今度、抱いてやる。だから、今日はこのまま解散で……」
ぎりぎり絞り出せた言葉はこれだった。現在のソルは明らかにヤバい感じだ。ここは逃げるのが上策だろう。
俺の言葉を聞いたソルは、ますます圧を強くした。
「そう言って、クラウドちゃん、浮気相手の所にいくんだぁ……今日は初夜だよ? ダメじゃん、夫が妻から逃げたら」
俺の手首をガッチリと掴みながらソルは続ける。
手首からは、ギリギリと骨がきしむ音がした。思わず痛みに顔をしかめた。
「それに、クラウドちゃんの浮気相手は、もう一人も居ないよ?」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声を出した。『居ない』?
「実を言うと、前々から私のクラウドちゃんに手を出した泥棒猫のリスト、作ってたんだぁ。全員、ちょっと説得したら、クラウドちゃんに二度と近づかない事を約束してくれたよぉ。」
「お、お前、何勝手な事を……」
「クラウドちゃんに抱かれた、盛りのついた雌臭い猫となんか関わるだけでも嫌だったけど、これは、クラウドちゃんが私に課した試験なんだよね? 正妻たるもの浮気相手に対して毅然として対処し無ければならないっていう……」
満面の笑みを浮かべながら言うソルに、俺は怒りよりも恐ろしさを感じた。
「中には強情な子もいたけどぉ……侯爵家の兵を動員して、住んでた家を散々に打ち壊して、火を点けたらほうほうの体で逃げてったよ」
「侯爵家の兵を動員!?」
「そりゃ、私、クラウドちゃんの正妻だもん。次期当主の嫁の頼みなら、皆従ってくれるよ」
失敗した。お飾りとはいえ、こいつの立場は紛れもなく、侯爵家の嫁なのだ。
侯爵家の息子の嫁なら、それなりの権力がある。それをこいつは、フル活用しやがった。彼女が夫の浮気が許せない! 浮気相手に思い知らせる! と号令したら呼応する奴はいるだろう。
「残念だったねぇ。愛人ちゃん達、全滅しちゃったねぇ。まぁ、この国は一夫多妻を容認しているし、ここまでされても食い下がってくる様な相手なら、その愛情と根性に一定の敬意を表して、側室に認めてあげる位はしたんだけどなぁ……」
「……っ!」
煽る様な物言いに、俺は思わず彼女を睨みつける。そんな俺をあざける様な笑みを浮かべながら、ソルは続けた。
「誰一人残らず逃げ出したって事は、所詮、その程度の愛情だったって事だよ。でも安心して? 私は嫉妬深いけど、クラウドちゃんを見捨てるなんて事、絶対にしないから」
さも忠臣ですという顔をしながら言うソルに俺は思わず頭に血が上ってしまった。理性と損得勘定がストップをかける前に、口が動いてしまった。
「普通、自宅に放火までされたら逃げるわ! 頭おかしいんじゃねぇか!? 俺は、大人しく俺の言う事聞いてくれるから、お前を選んだだけだ! お前に愛情なんてこれっぽっちも無いんだよ! この狂人!」
ここまで言って、思わず、顔が青くなる。
目の前の乳母姉は、昔から、時折暴走状態になる事があった。こんな罵声を聞かされたら、どう思うだろうか。どういう行動をするだろうか……。
まずい事を言ったという事実に、自身に戦慄すると同時に、目の前の女の瞳に怒りの火がつくのが見て取れて、思わず身を竦める。
「ふーん、狂人……。全部全部クラウドちゃんの為を思ってやったのに、言うに事欠いて、狂人……」
そう言うと、ソルは全く殺気を出さないまま、隠し持っていた注射器を取り出した。あまりにも自然に取り出したので、反応が出来なかった。そのまま、俺の首筋に、その細い針が突き刺さる。
「ぐ……が……」
「こんな事もあろうかと、これ、隠し持ってて良かったよ。クラウドちゃん、昔から素直じゃない事があったからさ」
抗議しようにも、何かの薬品を注射されたのか意識が朦朧として、口が回らない。
「安心して。ちょっと強力な睡眠薬で、そこまで悪い薬品じゃないから」
「あ……あ……」
「クラウドちゃん、ちょっと再教育が必要みたいだから、ね。私を正妻にする以上、私以外の雌を見るのは嫌だからさぁ。大丈夫。すぐに私以外の女の人に興味が湧かない様にしてあげるね?」
狂気の混じった声を聴きながら、俺は意識を手放した。
「……初めから手が届かない存在なら諦めもついたのに……なんで自分から、私の手の届く位置に降りてきちゃったのかなぁ……」
その後、クラウドとソルは初夜の晩から『新婚旅行』に出かけた。帰って来た後には、女好きとして知られたクラウドは人が変わった様に真面目になり、侯爵令息夫妻は、おしどり夫婦としてたいそう有名になったそうな。……え、旦那様の目が死んでる……? はて、何の事やら……。
めでたしめでたし(?)
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