狡さこそ正義
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やっと鈍くなった頭を回転させて、習慣的に指をいじることによって正気を保つことができた。彼女は舌を噛ませないようにゆっくりと質問を投げる。
「あのね、宥」
「な、に?」
「今日の宥、いつもと違うね。かばってくれてありがとう、そしてあのセリフかっこよかったよ」
「……」
「他意はない……ただ宥のことをもっと知りたくて、だって普段と……」
「ことえ……」
容易く見逃しまいそうな間に、宥は目つきを鋭くして彼女に目をやる。なぜこの場に限って切り出されるのかとこの人間の心を推し量る。水にぬらされた長い髪は煽情的な雰囲気を醸し出す。
耳を傾けてる琴絵は入念にに聞く。
「ご、めん……いま、は」
「……こっちの方こそごめん。そりゃそうよ、誰だって一つや二つくらいの黒歴史持ってるもの、私にだってあるよ。数え切れないほど、全部墓場まで持っていくつもりなんだ」
「わたし……」
「うん?」
声色を間延びさせた宥は何を考えこんでいる様子を見せた。心の扉を開く準備がまだできておらずなのか、彼女に対して不信感を抱いているからか……
こんなに近く、軽く手を伸ばせば届ける距離だというのに、本当の彼女を知るにはまだまだ遠い道のりだそうだ。
無理しないでと優しくを声をかける琴絵は目元を和ませる。自分でも不思議そうに思っている、人を慰めるようなガラではないというのに、華奢な宥を見て、庇護欲というものは、静かに心の中で波紋が広がった。
こうして二人の間に沈黙が流れた。簡単にいうと互いに息づく時間をひねり出したものだ。まるで割れやすいものの友達──緩衝材は不可欠と重視され、多かれ少なかれ緩和が必要だ。
そして、気遣ってくれたか琴絵はお先にと言い残し、ぱぱっと着替えて風呂から出ていった。視線をうろうろさせているところ、突然背中をつつかれた。
虚を突かれた彼女はひゃっと情けない声をあげた。振り返ってみるとじとっと粘着性な視線がこちらに向けてる。
身じろぎもできずただ小首を傾けながら、どうしたと声をかける琴絵は彼女の頭をよしよしと撫でる。風呂上がりには腹ペコになった宥は琴絵のパジャマの裾を掴んで、自分の体を見下ろしてお腹を指さす。
「じゃ何食べたい?」
「……」
「そっか、ちゃんとガッツリなものが取れたいか……」
「うん……」
「じゃ、カップヌードルチャーハンはどう?」
何それと困惑の色を表したものの、ワクワクの様子が止まらない。台所に立っている黒髪の少女の隣で体をふっらふらと揺らす。手際よく、無駄のない動きを一切見せなかった。ぶっちゃけた話、料理できる子とは思いもしなかったんだろう。
惰性に駆られ、欲の赴くままに生きていく人間だ。と一度くらいは思ったが、そのくだらない考えも徹底的に吐き捨てざるを得ないのだ。
自分の見せ場を思い存分発揮させた琴絵は満足げに大きく息を吸い込み、ふうーと吐き出す。そして、食に飢えている宥に自慢作を見せびらかす。
「作ったよ、ほら」
「おお……!?」
「味見もしたし、悪くないと思う」
閃光並みのスピードで、宥はぺろりと平らげた。さっきまでパンパンと盛っていた皿がピカピカで綺麗になった。薄々と感づいた琴絵はチラッと彼女の方を見る。
「安定の早さ……私の分も食べる?」
「……」
「いいのさ、さっき味見した分お腹はもういっぱいなの、遠慮せずにね」
実のところ、自分はそんなに食欲旺盛な体質ではないので、迷いなく残りの分を彼女に献上した。すると宥は簡単な言葉で感謝の念を込めて、琴絵の手を握って振る。
「あり、がと」
「いいのよ、喜んでくれたら」
「カレーは飲み物」という不滅のフレーズがあるというなら、宥にとってはカップヌードルチャーハンもそれと等しいものだ。目を離す隙間だけでチャーハンはすでに全滅となった。
そして、二人のゲーム大会が開始する。最初はかなり優勢だった琴絵はベテランである威厳を見せつけた。が、ちょっと不服そうな表情を立てた宥は頬をふくらませて、自分の操作しているキャラクターをジト目で見る。
やがてよろよろ立ち上がった。どうしたと気にかける琴絵は彼女を呼ぶ。
「たって」
「ああ、そっか、この位置の方が見やすいもんね、だったら早く言ってくれれば、譲ってあげたのに」
本当に自分の思うことを表にしない子だなと苦笑いしながら、琴絵は従順に起立した。
──じゃ、私はここに座れっと……
「え? ちょっ!」
いきなり強い力に引っ張られて、バランスを崩してしまった彼女は宥の膝の上に座り込んでいた。
──えっ? え? なにこれ? 単に足を滑らせただけかな……
「ありがとうね宥。受け止めてくれて、よいしょっと」
立ち上がろうとした瞬間、強く固定されたことに発覚した彼女は頬をぽりぽりと搔く。
「これでいいの? 私はいいが、宥の場合、画面見えづらくなるのよ」
「大丈夫」
「しかも腕疲れるのよね? 本当は」
「……いいや」
小さく否定した宥は琴絵の肩に乗せて、画面の方に一点見つめる。元々抵抗はあった琴絵は観念し身を任せ、ゲームに集中する。
「なんか位置変わってると、連敗の地獄が始まったんだけど……これ仕込みか?」
「……」
「でいうか、夜途さんと同じく上達してない? 手こずったわ」
「ふふっ……」
「やるな、そのわざ、拝借してもらうぜ!」
こうして彼女たちは何局もやり続けて、格闘ゲームばかりやってた。飽きる様子も見当たらなかったが、とうとう限界に迎えたのか両方ともの動きがだいぶ鈍くなってきた。
「はぁ……眠くなってきたね、もうちょっとやろうか。宥?」
「……」
「宥?」
「……」
「おいー、起きてる?」
後ろからの寝息が耳に届いた。それと背中にしっかりと感じた宥の頭の重さはその証拠だ。すっかり寝込んでいる宥は彼女を手放すことすら惜しんでいる。
こいつの前世はコアラかよと突っ込む琴絵は絶句した。
「寝てたのか、電池切れだもんね、さぁ私も自分の部屋に戻らなくちゃ……」
と思いきや、身動きがまったく取れない様子だ。どうやら無理やり固定されたなと困り顔する。だがわざわざこんなことのために宥を起こすまでもないので、そっと置くことにする。
幸い、尿意を催すことなく、僥倖なのだ。
「これは万事休すだな、この状態だと寝れるのかな……夜途さんが帰ってくるまで我慢するしかない」
「こ、と、え」
「寝言? 夢でも私出るの? ちょっと馬鹿らしいが、宥の夢の中の私っ、彼女の面倒を見てやれ!」
と彼女は呂律の回らない口調で懇願し、ボス戦に専念する。他人の影響に流されやすい琴絵は、後ろにいる宥の胸に浅い波の起伏のような呼吸を感じつつ、こう思う、まるで小舟に乗っているかのような穏やかさだった。
集中力がどんどん削られていき、意識の挟間にさまよっている。それは高いところから放り出されて、驚異のあまり目が覚めてしまうという繰り返しだった。
ついに力尽きたのか、琴絵の腕はだらんと垂れ下がって、手はゲームパットを握ったまま眠ってしまった。
「ただいま……」
バイト終わりの里紗の口調にはげんなりした声色が響く。リビングの灯りはまだついていることに気がづき、緩慢な足取りで向かう。
彼女の目に映りこんでいるのは、二人の少女がソファーでこんこんと寝ている。それはともかく、姿勢があまりにもシュールすぎて、ぴたりと足を止めてしまった。
「うわっ、こいつら馬鹿が? 寝るなら部屋に戻れよ、風邪ひくしそれにここは私の専用ベッド……ったくよ……朝起きたら大変そう」
琴絵の部屋から布団を引っ張り出して、すっぽりと二人にかぶせる。
次の日の昼休み、三人は再び和香と一緒に食事を取ることにした。しかし、和香は目ざとく事件の匂いを嗅ぎつけた。
「お二人ともどうしたのです? バケモノと遭遇したのですか?」
「ちょっと、首がもぎ取られそう……全身痛っ」
「うぅぅぅ……」
琴絵と宥は体の苦痛により、机に突っ伏して顔色も非常に良くないことだ。ひどく打ちひしがれる二人の姿が目に入り、何しに行ったんだろうと好奇心にかなわず、口にする。
「何をされましたか?」
「いや……ただ昨夜あんなことをしたから、朝起きたら全身が悲鳴をあげてるわ」
「へえ?」
「え?」
あっけに取られた二人は見つめ合いながら、口を半開きにする。お馬鹿さん同士のにらめっこを楽しんでいるかのように鋼鉄と化した。和香は固唾を飲んでから口火を切る。
「そこまで進展したのですか?」
「待って、あんたの思考跳躍すぎてる。追いつかないって、どこまで妄想しちゃったの?」
「夜途さん!」
「私まで巻き込むのかよ」
前触れもなくこの泥水に引きずられて、まともに不意打ちを食らった里紗はびくっと体を震わせた。彼女は一応聞いてやるよというあやふやな態度を取る。すると聞かれた質問はごく普通であり、安堵する。
「昨日どこにいらっしゃったんですか?」
「昨日は遅くまでバイト」
「なるほど、ですね……もう攻略済みですか? ではどちらかリードしたのでしょう……」
「は?」
琴絵の間抜けた声をガン無視して、己だけの推測大会を開く和香は独りでにぽつぽつと語り続ける。第三者的視点から見れば、なにか魔法の呪文を唱えるかのように異様な光景だ。
そして、結論までに至り深呼吸する和香は眦を決して、琴絵に色々なことを分析してあげて、軍師と思しき口調で諫言する。
「結凪さん、ドンマイ。制圧されて悔しいと思いますが、いつか逆転できる日が来るのです! 『恥を忍ぶ』という言葉あるじゃないですか」
「なんでだよ! って違う、そういうのじゃなくて!!!!」
「な、に?」
「子供は聞いちゃダメだよ」
と里紗はすまし顔で宥の耳を塞いで、彼女の無垢な疑問をわきに置きつつ、はしゃいでいる二人に暖かい視線を送る。気に食わなかったのか宥は彼女の手を掴み、容赦なくガブッと噛む。
あいたと哀れな声が里紗の口から漏らし、更にカオス化となってゆく。
読んでいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていただけると幸いです。
中間テストを控えるため、最新話は週末に更新させていただきますので、ご了承くださると幸いでございます。




