小さなさざ波
いつも読んでいただきそして応援をくださり誠にありがとうございます。感想やコメントも大歓迎です。
今回もまた三人の違った一面が見られるかも……?読んでいただければと思います。
「はぁ、昨日のは美味しかった……カップ麵とは大違いだ」
「そりゃそうだろう、ていうかいつもあんなジャンクフード食べてんの?」
その責め言葉はまさにナイフのよう、精確に琴絵の心にぶっさした。反論する余地もくれず、他人に言い当てられてもしょうがないことなので、噓偽りなく渋々と真相を吐き出す。彼女はあえて伏し目になり、声がだんだん曇ってきて聞き取れなくなる。
「そうよ、課金するためだよ、食費を削ってやってるから」
「体によくないよ」
「ほっとけよ、お母さんかよ」
心配の声を受け取った琴絵は心のどこかで温かいものを感じ、こわばった表情も徐々にとけていき、双眸に一筋の光が差し込んだ。しかしやたら反抗心が芽生えてしまい、口答えした彼女は間をおいて言葉を続ける。
「まぁ、贅沢かもしれないが、もう一度だけでもいいから、お弁当食べたいなぁみたいな願望は一応ある。中学一年生以来もう、そんなチャンスがないんだ」
そのトーンを聞いた感じは無力そうな響きで、除湿機の騒音にかなわないほどの萎縮した声だ。
「食べるとしたら、何がいい?」
「それは肉系かな、定番だからね」
「ふーん……」
すると里紗は何かを考えこんでいる顔して、ソファーにもたれかかる。腕組みしながら体を縮こまって目をつむる。両眉がくっつけそうになるくらい苦悩し、その日の夜はスマホで何かを検索しまくるようだった。
その次の日の朝、里紗は早起きして、台所で料理を作っている模様。フライパンに油を敷いて、分厚いハンバーグを焼く音が宥の耳に届けて、次第に匂いにつられた宥はふらっと起き上がり、寝室のドアからぬっと顔を出す。
その視線が冷たい水滴の如くぽつんと首に降りかかり、首筋が清涼の感触をさせられた。好奇心に満ち溢れている目線とぶつかり、軽く眉をあげつつ挨拶する里紗は挙動不審な宥を見て思わず笑ってしまう。
「宥か、おはよう」
「サ、おはよう……」
「気付けば私の名前が短くなってるんだけど……」
「……」
宥は再び口数の少ない状態に戻り、じっとフライパンにあるハンバーグを見つめる。彼女の食欲は嵐のようにうごめき、つい欲しがるものに手を伸ばし息を飲み込む。
すっかり肉の香りに惹きつけられた宥の姿が目に入り、里紗は口角をあげて意図的に焼きたてのハンバーグを彼女の目の前にぶらぶらさせてから、プレートに置いて冷ます。
「朝からこんな素敵な香りに起こされて、たまらないでしょ?」
「うん!」
「そういうときの反応は積極的だな」
すると宥は隙を見計らって、音を立てずに閃光のようなスピードで先ほど置かれたばかりのハンバーグに手を出した。もちろん里紗はこのことに気づけず、すべてのおかずが用意出来次第、それを詰めようとしたらとある違和感を覚えた。
彼女は視線をすっからかんになったプレートに落としてぼうっとしてた。
「え? 幽霊に食べられたか?」
宥はここぞとばかりに目を背けて、知らんぷりしてた。心底から怪しいなと思った里紗は宥の方に追い詰めても、相手は一向に顔を向けようとしてくれないのだ。しかし里紗は目ざとくその口元にデミグラスソースついてることが発覚した。
彼女はしゃーないなと言わんばかりの深い吐息して、過去のことを引き出すかのように焦点の定まらない視線をする。
「盗み食いしたな、宥は……なんでお前ら吸血鬼ってどいつもこいつも食いしん坊なんだよ、まぁ余った肉もあるからそれを良しとして、次またやったら肉抜きだな」
その語りっぷりはなんだかんだ穏やかな感情が秘めているようだ。
「……」
「そうだ、あいつを起こしてくれないか? まだ夢の中にいるそうだ」
里紗は号令をかけた途端、意外にも従順に従った宥はターゲットの部屋を二回くらいノックしてから入る。案の定、琴絵は布団を抱きしめながら熟睡してる。
宥は何も考えせずに琴絵の上に覆いかぶさる。そして恒例行事と言われるほど琴絵の匂いを嗅ぎまくる。こういった独特な行為は彼女にとって充電に等しいのだ。
準備万端なところ、彼女は琴絵の耳元に寄せて息を吹きかける。だが、琴絵は無反応のままだ。次の手段を取ろうと決めた宥は息を押し殺す。まるでシャボン玉を吹くように、力を入りすぎず小声に調整する。
「こ・と・え」
心地よい吐息、それは微風が頬をかすめるような感触。耳の奥に熱い息を吹きかけられたことに眉毛がぴくっと動いた。宥からの呼び声は湿った息と共に体内に忍び込んみ、その故、琴絵の意識が緩やかに戻ってくる。
「うん……耳くすぐったい、蚊か?」
琴絵はすぐさま耳を覆って自分の頭を庇うようにする。頭の半分は温かい泥濘のような領域に留まったが、外部の干渉があるためその平穏な時間が易々と突き破られた。彼女は目を揉んでかろうじて瞼を開ける。
「え、宥? っ……!? なんでここにいる? 近い近い!」
「……」
いつもはポカーンとしていた宥がこの時だけ違った一面を見せる。相手の顔を食い込むかのように一点を凝視する。彼女は肩にかかる髪を背中にやり、味わうように呼吸する。そして手の甲で琴絵の頬に触れ、その手をなでおろす。
完全に夢から覚めた琴絵は目を丸くする。数秒後、目に見える速度で耳はぐんと赤い血がのぼり、熱くなるにつれて、顔も耳に負けないくらい真っ赤に染まっていく。
瞬く間に、そばにあるぬいぐるみを宥の顔面に押しつけて彼女の視線を遮る。それと猛然とベッドから降りて、部屋のドアを突き破るほどの勢いで開く。
「ようやく起きたか? 宥はすごいな、一撃必殺じゃん」
「夜途さんって、また宥に変なことを吹き込んだのか? まさかこうしろと命令した?」
「嫌だな、そういう無粋な言い方。ただ結凪を起こしてやれと伝えただけなのに」
里紗はよどんだ表情をみせて、罪をなすりつけられ無辜の眼差しを向ける。彼女は泣かんばかりの口調で弁明する。それが演技だと知っても一瞬後ろめたさを感じた琴絵は宥に確認する。
「え? そう……なの? 宥」
琴絵は里紗から視線を切って、宥の方に置くと、彼女は小動物よろしくやや潤んだ瞳でこちらを見ている。いつもの呆気に取れている顔とは少し違い、わざとそうしてあったような感じだった。琴絵は「ついに一番純粋な宥まで夜途さんに影響されたのか」と慨嘆し、耳たぶを触る。
──まぁ何もされてなかったからいいけど……それは別にして、台所からいい匂いがぷんぷん寄ってくるなぁ……
「そういえばさっきてんぱりすぎて気付かなかったけど、夜途さんは何を作ってるの?」
「察しの悪い愚かな人間めだな、お弁当だよ」
「なんだよ、その上から目線……しかもすらすらと悪口言ってた」
琴絵は淡々愚痴をこぼしつつ、体をほぐすために手首のストレッチをする。
「ちょうど三人分作ったんだ、お昼のとき一緒に食べよう」
「何かあった? なんで作ってくれた? 何を企んでいる? 命はやらんぞ!」
「なんだよそれ、娘はやらんぞ! みたいな言い方。結凪が食べたいってつったから作ってあげたよ。逆に疑われるなんて心外だわ……」
里紗は手で顔を覆って、隙間からちらりと琴絵の表情の変化を観察する。コロコロと変わり、巧みな演技を見せられた琴絵は無表情を貫いて唇を一文字に結ぶ。
──お前、女優さんでもなれよ、こんなところに使って勿体無いわ。でも素直に嬉しい。わざわざ覚えてくれたこと。気のせいか、めっちゃ気遣ってくれたわ。
「ありがとうな、ちょっとだけ嬉しい……」
「……」
「どうした? ひょっとして夜途さんまで『宥化』したの?」
独特なワードを聞き取った里紗は笑いが漏れて、反射的に彼女の背中に叩く。
「『宥化』って、センス飛躍すぎ。何でもない、ほら早く出がけの準備するぞ」
「はいはい」
尻を叩かれた琴絵は間の抜けた返事をくれ、洗面所に入る。そして自分に喝を入れんがため冷水を顔にかける。
読んでいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていただけると幸いです。




