落ち着かせるような匂い
いつも読んでいただきそして応援をくださり誠にありがとうございます。感想やコメントも大歓迎です。
「学校の方は、どうすればいいんだろう……この状況だとまともにしゃべれなさそうだし」
「私がついてるから案じるな、宥とは同じクラスだ」
その答えを得た直後、琴絵の不安の念が抹消されて、肩の荷が降りたようにほっとして、気軽さを感じた。しかしその後、眠気に襲われた彼女はあくびして、目を細める。今の自分の精一杯の力を出せ、反応を出す。
「そうか……」
「結凪、あんたは結構疲れてるんだろう、早く寝な」
里紗は彼女の頭をぽんぽんして、寝るように催促する。琴絵は大人しく歯を磨いてから、部屋に戻る。だが、彼女にとっての行事はここから始まるのだ。
琴絵はもう少しスマホゲーに粘って、周回を回してから寝る。あっという間の一時間が過ぎ、そろそろかなってスマホの電源を落とした。零時になった頃、彼女は寝入りばなに変な音が耳に入ったのだ。それを確かめたくて、耳をすませて聞く。
確かに幻聴ではなかった。確実にドアがノックされた音がある。彼女はすぐさまベッドの上に正座して息をひそめる。しかし、このままだと解決の糸口が見えないので、スリッパを履いて、何かを待ち構えてる。
段々と恐怖心に浸透されていき、足のつま先から頭のてっぺんまで凍り付いてしまい、おまけに脳がろくに働かない故、判断が鈍くなってきた。そんなことをもろともせずに、琴絵は固唾を飲み込んで、内心ガクブルになった自分を奮い立たせて頬っぺたを叩く。
──誰なんだろう……幽霊とかじゃなよな、そういうの苦手なの、どこかフライパンとかないの? 護身用の……
こうしてうろうろしているうちにも、ドアが絶え間なくノックされ続け、恐怖のあまり声を出せなかった琴絵だったが、ようやく決心をつけた。不安を急き立てられるように音の正体に聞く。
「だ……れ?」
言葉がかすかに震えて、一抹の恐怖を添えた。彼女はつでに回りをきょろきょろと視線を移し、使いそうなものを物色してる。
「……」
──返事がこない? 泥棒か? いや、外には夜途さんいるし、そんなに簡単に入れるわけない。じゃ誰? もしかして、宥か?
「宥?」
外に響く音がぴっやりとやんだので、琴絵ははっと息をのんで、ドアを開ける。するとそこに立っているのはやはり宥だった。思惑が当たり、安堵の息を漏らした琴絵は、悪夢から覚めたように胸をなでおろし、その険しい表情が紐解かれたかのように消えた。
とは言っても、宥は相変わらず何もしゃべらずに琴絵の顔をガン見してる。外の灯りはまだついていることで、何故かいつもと違って違和感を覚えた。こうして近距離で宥の顔を見るだけで、背筋が凍った。
なぜかというと、そのほんの暗く、不気味な灯りと相まって宥のその血の気を失い、不動の表情がより一層吸血鬼であることを仕立て上げたのだ。それらを嫌なこと連想させてしまった琴絵は尻込みしそうになる。
「……」
「びっくりしたよ……直接に呼んでてくれればいいのに」
「……」
だが、宥は依然として琴絵からの声がけをフル無視して、感情の一つすらくみ取れない顔する。そんな彼女を目にして、琴絵は再び口を開く。声を極めて優しく、打ち寄せる潮騒の如く体にいきわたるような心地よい口調だ。
「どうしたの? 眠れない?」
「……」
「そうだ! 眠れないときはあったかい牛乳を飲もう、睡眠にいいだって、それに体が一気にあったまるし、すりと眠れるよ」
──あれ? なんか違うけど、吸血鬼って大体夜のとき動くんだっけ? 朝の時こそ休むの時間だよね。
一瞬にして琴絵は戸惑った表情を見せたが、自分の仮説を追い払うかのように頭を横に振った。彼女は冷蔵庫から取り出した牛乳を温める。その間に自分のカップに水を注ぎ、ゴクゴクと音を立てて飲む。しばしの間で、牛乳の加熱が終わり、それを宥のカップにいれた。
「はい、どうぞ」
「あ、り……がと」
「どういたしまして。私はもう寝るから、ちょっとだけ水を飲みに来ただけ、ゆっくり飲んでいいよ、カップはまとめに朝になったら洗うから、飲み終わったらシンクに置いてね」
「……」
そう、その場を去ろうとしたところに、また服の裾に見覚えある感覚が伝わる。宥は琴絵の裾を掴んでいた。そのまま二人は見つめ合って、永遠の沈黙に包まれるかのように空気が澱み始める。
こんな息苦しい雰囲気に耐え難く、琴絵は自らその静寂を突き破るように話を切り出し、不安定そうな宥をなだめる。
「明日は夜途さんがついてるから、大丈夫と思う、ああいう感じだが本当は頼もしいやつなんだ。まぁ人じゃないけどね」
「……うん」
「じゃ、あやすみ」
話の糸が見つからず、脱兎の如く部屋に逃げ込んでしまった琴絵は素早く布団の中をくぐり抜いて、体を丸くする。彼女は自分の社交力に絶望し、これからどんな顔で宥と合わせるのか苦悩している、そうこうしているうちに、彼女はすっかりと寝落ちして、寝息を立てる。
そしていつの間にか、眩しい朝を迎えた。
「もう朝か……まだ眠いなぁ」
琴絵は姿勢を変えて、布団を足で挟んで壁に寄せる。ほんの少しだけ睡魔と張り合っていたが、すぐさま幕を閉じるのだ。二度寝はどうやら決定事項になったそうだ。
この時、予定通りの起床時間になっても、琴絵はまだ自分の部屋から出てこず、音さえも聞こえなかった。里紗は自身の勘付きだとやばいと感じて、彼女は急いで二回くらいドアをノックしてから、入る。
そこにはベッドの上にスヤスヤと寝ている琴絵の姿がいた。尋常じゃない気迫と凄まじい勢いの足音が殺到し、琴絵の心の中の警鐘を鳴らそうと迫ってきた。
「何してんの? 結凪、遅刻するぞ」
「もうちょい五分寝させて」
「もたもたすんな。ったく、人間ってば……惰性というものね」
「たかが雨の日で、丸一日の授業をサボった人に言われたくない~」
琴絵は寝起きのせいでかすれた声しか出さない。若い人とは思えないほど途切れ途切れの調子だ。彼女は一本だけの腕を出して、お構いなくと言わんばかりに手をふらりと左右に振る。ベッドには奇妙な吸引力が宿り、中々彼女を解放してくれないのだ。
さすがに、堪忍袋の緒が切れる時も来た里紗は彼女の布団を引きずって、ついに布団争奪戦の幕が上がった。琴絵は丸一日の力を振り絞って、必死に布団にしがみつく。まさか悪魔である自分が人間である彼女に負けてしまうなんて、想像だにしなかった里紗は声を荒げる。
「しぶといな!!」
「いやだ! 私と布団は唇亡歯寒の関係なんだ! 私たちのことを引き離すな!」
「なんだよ、それ、別れ際のカップルが言いそうなセリフ……」
争奪戦が徐々に白熱していき、物凄い騒動が聞こえたので宥はちらっとこちらへ顔をのぞかせる。少し目を開いた宥は陰に潜むかのように足音を忍ばせて、器用に歩く。心強い助け人の登場に安心した里紗は彼女に早く来てと促す。
「宥、来たか? 手伝え、こいつが中々手強いんだ」
「……うん」
すると琴絵は布団に巻かれたまま宥に持ち上げられた。いわゆるお姫さだっこされたということだ。そして、宥は戦利品を手に入れんばかりに微笑みは咲き誇り、天真爛漫な子供のように頑是ない笑顔をたたえる。こんな宥、初めてかもと心惹かれた琴絵は暴れなくなっていた。
「ふぅ~やるね、宥」
「外野うるさいな! ちょっと待って、私、高いの苦手……」
落ちないように琴絵は咄嗟に宥の首に手を回す。宥はいかに満足げに彼女のうなじの匂いを嗅ぎながら、愁眉を開いたかのようにもっと力を入れて抱きしめる。朝っぱらからこんなにも情熱的に抱擁されて、はにかんだ表情を隠せない琴絵は目をそらした。
──犬かよ……匂いかがれまくったんだけど、まぁ別にいいけど。
「もう大丈夫だから、おろしてくれないかな? 宥」
「……」
「宥?」
「だらだらしてたら、遅刻の恐れがあるみたいだね。仕方ねえな、着換えのお手伝いさせてもらうわ」
「ちょっと、どう考えてもおかしいって! 自分で、自分でやるからぁぁ」
そればかり喚き散らし、その場から逃げたくても手詰まりしてしまいそうな無力感に飲み込まれた琴絵は、次こそ自分で起きれるように己を戒めるのみだ。
読んでいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていただけると幸いです。明日も更新できるように頑張ります!




