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9話 天音と心愛

 四時限目が終わるチャイムが鳴り、科目の先生が教室を去っていったので、僕は大きく息を吐いて、首を左右に振ってコキコキと鳴らす。やっと午前の授業が終わった。ゆっくりと席を立って、誰にも知られないように、目立たないように、教室の後ろを歩いて、教室のドアを抜ける。


 すると僕の右手を誰かが両手で柔らかく握りしめた。振り返ると天音が顔を突きだすようにして上目遣いで覗いてくる。



「今日はコンビニでパンとお茶を買ってきたにゃ。一緒に食べよ」



 天音の手首を見ると、コンビニの袋がぶら下がっていた。この前、昼食はどうしているのかと天音に聞かれて、屋上で食べていると言ってしまっていた。昼の休憩時間は屋上で、のんびりと過ごしたかったけど、天音にそんなことを言うのはためらわれる。



「一緒に屋上に行ったらダメ?』


「そんなことないよ。一緒に来る?」


「行く、行く。キャハハ」



 天音と二人で階段を歩き、屋上のドアを開けて外へ出る。丁度、貯水タンクの小屋の下に日陰を見つけて、二人でちょこんと座る。女の子と二人っきりで昼食を食べるなんて初めてのことで気恥ずかしい。


 なんだかソワソワして、恥ずかしくて目を逸らすと、天音が僕の顔を両手で挟んで、くりくりの目を近づけて、口をムフフとさせている。その表情はまるで悪戯を思いついた子猫のようだ。


 ビニール袋からサンドイッチを取り出して、天音が小さな口でハムっと食べる。その姿はリスのようで、とても微笑ましい。天音は体が小さいので、その仕草がよく似合う。



「何を笑っているのかにゃ?」


「ううん、何でもない。気にしないで」



 僕が笑っていると、天音も嬉しそうにニッコリと笑う。時々は一緒に昼食を食べてもいいかなと思った。


 天音がお茶のペットボトルを口につけて、コクコクと飲む。そして僕をジーっと見て、ペットボトルを差し出してきた。



「新のお茶は麦茶でしょ。アタシのお茶は緑茶。交換しよ。キャハハ」



 交換しようと言われても、僕の麦茶は既に口飲みしてるんだけど……


 固まったまま動かないでいると、天音が強引に僕の手から麦茶のペットボトルを奪い取り、自分の緑茶のペットボトルを僕の胸に押し付けて、片方の手で素早く、麦茶のペットボトルをゴクゴクと飲む。そして「プハー」と言ってニッコリと笑った。



「やっぱり麦茶も美味しいね。新も遠慮しないで飲んでね。ニャハハ」


「うん……」



 これは天音との間接キスになるかもと思うと、ドギマギとしてしまい、口の近くでペットボトルを持つ手が止まってしまう。それを見た天音が「えい」と僕の手を押し上げて、強引にペットボトルを僕の口へと入れ込んだ。ペットボトルから緑茶が流れ込んできて、口いっぱいに緑茶のほろ苦い味がする。それを見て天音が満足そうに笑った。



「ムヒヒヒ、緑茶も美味しいでしょ。キャハ」


「うん……美味しいね」



 二人で騒ぎながら昼食を食べていると、屋上のドアが開いて、和さんが小さく手を振りながら、ゆっくりと現れた。そして和さんの後ろに誰かいるが、まだ外に出てきていないのでよく見えない。


 しばらくすると、和さんの影に隠れるようにしながら、体を小さくして、心愛がシズシズと歩いてくるのが見えた。その瞬間に僕の頭の中が真っ白になる。なぜ? なぜ? なぜ?


 僕の隣では天音が小さく「チッ」と舌打ちして、一瞬だけど表情を険しいものにする。そして「とうとう来たね」と呟いた。その声はすごく小さくて、かすかに天音が何かを呟いた程度にしか僕には聞こえなかった。


 和さんが両手を前にして、行儀よくニッコリと微笑んだ。その隣に心愛が両手を前にして、静かに佇む。



「昼食中にごめんなさい。今日は私の大事なお友達が、新くんに挨拶したいって言うので、屋上まで連れて来ました。少しだけお時間をくださいね」



 そよ風が心愛の髪を舞い踊らせ、日差しが心愛を祝福するようにキラキラと輝く。静かに立っているだけなのに、なんて綺麗なんだろうと思ってしまう。僕は無意識にゆっくりと立ち上がり、姿勢を正す。天音も立ち上がって、僕の右手をギュッと握りしめた。



「あの……新くん、一緒のクラスになれたので……お友達になりたくて……よろしくお願いします」



 心愛がポツリ、ポツリと呟くように話す。これでも心愛は精一杯話していることが伝わってくる。一年間、毎日のように告白を断り続けた男子に、友達になりたいと言うのは勇気のいることだと思う。


 区切りをつけたとはいえ、諦めたとはいえ、心愛に好意を持っている。そのことに変わりはない。心愛が友達になりたいと言ってくれたこと、素直に嬉しい。


 そんなことを思っていると、僕よりも早く、天音が口を開いた。



「一年間、新の告白を断り続けたんでしょ。新もやっと心愛っちのこと諦めたのに、同じクラスになったからって、友達になりましょうは、ちょっと調子よくね?」



 天音からはいつもの明るい雰囲気が消え、鋭い言葉を心愛に叩きつける。その言葉を聞いて心愛がビクッと肩を震わせた。



「そう思われるかもしれないと思ったよ。でも調子になんか乗ってない。だって私、男の子ってよくわかんないし、まだ男の子を好きになったこともないし、彼氏なんてよくわからないし、付き合うなんてわからないし、告白されても断るしかなかったんだもん」


「心愛の言いたいことはわかったよ。私だって、よくわからなかったら断ると思う。そのことはもういいよ。でも新は傷ついてるじゃん。いっぱい傷ついてるじゃん。今はそっとしておいてもよくね?」


「そうも思ったよ。でもせっかくクラスメイトになれたんだし、お互いに無視するのって嫌だもん。恋人になるのは断ったけど、お友達になるのは断ってないもん」


「それって心愛っちのワガママだと思う」



 天音が僕を気遣って言ってくれているのもわかる。心愛が素直に自分の心を語ってくれているのもわかる。二人とも人として好きだし、言い争いはしてほしくない。とにかく止めなくちゃ。



「ちょっと僕が話してもいいかな?」



 真っ直ぐに見つめ合っていた天音と心愛が視線を移して、黙って僕を見上げる。頭の中は整理されていないけど、心も準備できてないけど、とにかく話そう。



「天音、僕のことを気にかけてくれてありがとう。僕は大丈夫だから。きちんと区切りをつけてるから。心愛、屋上に来てくれてありがとう。素直な気持ちを聞かせてくれてありがとう。こんな僕でよければ、友達としてよろしくね」



 そんな僕の言葉を聞いて、天音は「いいの?」というような表情をし、心愛はペコリとお辞儀したまま「ありがとう」と小さくささやいた。今まで黙っていた和さんが静かに微笑んだ。



「新くん、私もお友達になりたいわ。私と心愛のこと、よろしくお願いしますね」



 僕は和さんと心愛を見て、ニッコリと微笑んだ。すると天音が僕の右腕にギュッと両腕を絡めてきた。そして和さんと心愛を見る。



「友達になるのは勝手だけど、新の心の傷を治すのも、サポートをするのも、アタシなんだから。アタシが新の支えになるの。新、もう教室へ行こうよ」



 そう言って天音が僕の体を強引に引っ張って、屋上のドアの所まで連れて行く。階段を降りる時に、屋上を振り返ると、和さんと心愛が小さく手を振っていた。

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