5話 屋上
昼休憩になり、誰にも知られることもないように、静かに階段を登っていく。そして屋上への扉を開き、外に出て、フェンスにもたれた。皆の視線のない屋上は僕のとっておきの場所だ。
フェンスにもたれたまま、座り込み、右手に持っていたビニール袋を開いて、中からサンドイッチとカレーパンとペットボトルのお茶を取り出す。
蜂須賀学園には学食がある。あまりにも皆の鋭い視線や、陰口に晒されたため、一年生の二学期から利用するのを止めた。それからは屋上で食べている。
今日の午前中の授業は、天音がやたら絡んできたので、嬉しかったが、気の休まる時がなかった。女の子と話すのはいつまで経っても慣れない。やっぱり緊張してしまう。
見上げると、どこまでも空は青く、高く、どこまでも、どこまでも。白い雲がゆっくりと流れていて、心を和ませてくれる。
空を見ながらぼんやりとカレーパンをかじっていると、屋上のドアが開いて、渉がゆっくりと歩いてきた。超イケメンで雑誌モデルもしている渉はちょっとした学園の有名人で、女子からの人気も高く、そのため時々屋上へ避難してくるんだ。
渉が高い身長を屈めて、僕の隣にちょこんと座る。
「やあ、少しお邪魔するよ」
「うん」
渉は僕の幼馴染で、幼稚園からの付き合いだ。心愛に恋した時も、色々と協力してくれて、助言もしてくれた。高校に入ってからは、二人で一緒にいる時間も少なくなったけど、小さい頃から心を許せる親友だ。
「隣の席の天音と仲良くしていたね。新が女の子と絡むのは良いことだと思うよ」
「渉は天音のこと知ってるの?」
「彼女は色々な噂もあるし、ちょっとした有名人だからね」
渉が長いまつ毛をパチパチとさせながら静かに微笑む。小さい頃から美形だったけど、高校に入ってから一層イケメンに磨きがかかったような気がする。幼馴染の僕でさえも、渉の一瞬の表情で息を呑む時がある。
「天音の噂、気になる?」
「ううん……噂は噂だろ。気にしないよ」
「新ならそう言うと思った」
僕も告白の一件で色々と噂をたてられている。噂は褪せるまで消えないし、噂の本人でも止まらないものだし、噂は段々と過剰になり、噂だけが一人歩きしてしまうものだ。
だから僕は噂を信じないし、噂を聞く気にもなれない。
「天音はどんな感じの子?」
「屈託がなくて、よくしゃべる女の子だよ。天真爛漫って雰囲気だし」
天音とは今日の午前中しか会っていないが、こんな僕にも偏見もなく会話してくれる、良い子だと思う。
「新がクラスに馴染めたようでよかったよ」
「いつも色々とありがとう」
相手を気遣うようにしゃべる。これは渉の癖だ。渉はいつでも、どこにいても、僕に優しい。
「じゃあ、俺、行くわ」
「うん」
ひょいと立ち上がると、渉はポケットに両手を入れて、優雅に歩いていく。そして屋上のドアを開けて階段へと消えていった。
僕はサンドイッチとカレーパンを食べながら、チャイムが鳴るまで、どこまでも青く澄んだ空を眺めていた。
◇◇◇
午後の授業はなんだかドタバタと過ぎていった。原因は天音なんだけど、天音は僕に絡んで、からかうことがお気に入りになったらしい。僕は周りのクラスメイト達から疎んじられているのに、珍しい変わった子だと思う。
チャイムが鳴ると天音は元気よく「バイバイ。夜にLINEするからね」と言って、カバンを持って教室の外へ駆けだしていった。
さあ帰るかと思って、カバンを持って席を立つ。教室の前のドアを潜ると、廊下は下校する生徒達で溢れていた。ボーっと流れに沿って歩いていると、目の前に見知ったシルエットがあった。
心愛だ。後ろ姿でも絶対に見間違うことはない。大好きだった心愛だ。心愛は女友達とおしゃべりしながら並んで歩いている。僕が後ろにいることは気づいていない。
可憐で清楚な後ろ姿。細くてきれいな手。眩しい脚。やっぱり素敵だなと思う。僕は今まで告白はしてきたけど、一度としてきちんと心愛と話したことはない。気軽に話したいと思ったけど、勇気がなくて話せなかった。
玄関へ行き、靴を履き替えて校舎から出る。そして校門まで歩いていくと、いきなり心愛が後ろを振り向き、僕と目が合った。そして心愛がニッコリと微笑む。
「バイバイ、また明日ね」
そう呟いて小さく手を振り、次の瞬間には身を翻した。そしてタタタタタっと軽快な足音をたてて校門を潜って消えていった。
いったい何が起こったのかわからない。頭の中が真っ白だ。僕はその場で呆然と立ち尽くしたまま動けなくなった。
変なこと考えちゃダメだ。変な妄想をしちゃダメだ。変な誤解をしちゃダメだ。大きく息を何回も吸い、そして大きく吐き出す。段々と冷静になってきた。
心愛とはクラスメイトになった。だから同じクラスの知人として挨拶をしてくれたのだろう。優しい心愛ならあり得る。ただの挨拶だけでも、こんなに嬉しいなんて、まだまだ区切れていないなと思う。
校門を潜って歩道を歩いていると、隣に誰かが並ぶ気配がする。横を見ると、すぐ隣に和さんが歩いていた。そして僕が気づいたことを知ると、優しく微笑んだ。
「帰る方向、一緒ですね。一緒に帰りませんか?」
蜂須賀学園高校に入学して以来、初めて女の子と下校することになった。
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