4話 天音
三限目の授業のチャイムが鳴ると、天音が教科書を出すかわりに、机を両手で持ち、僕の机の隣にセットしてきた。もうすぐ授業が始まるというのに、準備をしなくていいのかなと思っていると、にっこりと笑って顔を寄せてくる。
「教科書、忘れちゃった。玉砕くん、見せてよ」
「いいけど……」
自分の行動が悪いんだけど、一年生の時からクラスメイト達から奇異の目で見られてきた。そしてほとんどの皆から避けられてきた。女の子から教科書を見せてと言われるなんて中学生の時以来だ。どう対応していいかわからない。
「玉砕くん、めちゃくちゃ緊張してるね。ニャハハ。もっとリラックスしなよ」
天音は猫がおもちゃを見つけた時のような好奇の目で僕を見ている。天音にとって僕は暇つぶしのおもちゃみたいなものだろうな。自分が天音にからかわれているぐらいはわかる。
「教科書は見せるから、そんなに近寄らないでよ」
「いいじゃん。どうして近寄っちゃダメなのかな? どうしてかにゃ?」
天音のシャツはボタンが二つ外れている。その大きく開いたシャツの隙間から胸が見えるのではないかとドキドキする。それがわかっているかのように天音がわざと僕から見えるような角度で見上げてくる。
「チラチラと見ちゃって、見たいなら、ちゃんと見たっていいんだよ。ニャハハ」
「べ、別に見たくないよ。もっと離れてよ」
「玉砕くんの反応おもしろー。超ウケるー」
天音はお腹を抱えてケラケラと笑う。もう科目の先生が教壇に立っているのに、全くお構いなしだ。先生も慣れているのか、天音のことを注意もしないでスルーする。
蜂須賀学園高校は進学校だけど、私立の中では校則がゆるいほうだ。生徒の自主性を尊重するとされているため、授業中に先生が注意することはほとんどない。勉強をするもしないも個人の自由であり、個人の責任という風潮がある。
心愛に好かれるため、成績もできるだけ良くしておこうと思っていた僕は、今まで授業中はしっかりと勉強していた。でも今となっては勉強を頑張る意味もない。心愛を諦めたことで、なんだか目標を無くしてしまったなと思う。
いきなり脇腹に小さな痛みが走る。我にかえると、きれいな指で抓られていた。そして天音が頬をプクっと膨らませている。
「女の子が隣にいる時は、他の女の子のこと考えちゃダメじゃん」
「そんなことないよ。全然、考えてないよ」
「玉砕くんって嘘ヘター キャハハハ」
天音がバタンと机に顔を置いて、僕を見上げてくる。その仕草が可愛く見える。狙ってやっているのだろうか。そうだとすると実にあざとい。
「さっき言ってたけど、心愛のこと諦めたって本当?」
「うん……僕には高嶺の花だったんだよ」
「そっか。今、傷心中?」
「春休み中に十分落ち込んだからね。今はそうでもない」
「嘘つき」
自分では区切りをつけたつもりでいる。でも天音からはそうは見えないようだ。天音が急に動いて、両手で僕の腕を掴み、顔を近づけて、蕩けるような笑みを浮かべた。
「玉砕くんが傷心中の間、私が仲良くしてあげるね」
「……」
「こういう時には、女の子に恥かかせないの。ありがとうって言えばいいんじゃん」
「ありがと……」
どうして天音はこんなに僕のことを構うのだろう?今まで天音と絡んだことはない。新学期が始まって、同じクラスになって、初めて顔を合わせたのに。どこかで会ったことでもあるのだろうか? 全く思い出せないし、記憶にない。
そんなことを思っていると、天音が顔を前に向けて、独り言のように呟いた。
「アタシって、外見がこれだしさ。性格もこれじゃん。だから軽く見られるんだよね。だから沢山おしゃべりする相手はいるけど、なんか違うって感じなんだよねー」
「どうして僕にそんな話をするの?」
「ん……なんとなく」
天音の言っていることが、わかるような、わからないような。天音は本当の友達は少ないのでは? そのことを言いたいのかなと思う。でも実の所はわからない。
「玉砕くんって下心がないから、安心するのかもね。ニャハハ」
「……」
「アタシに近寄って来る男の子って、下心全開だからさー」
「……」
「アタシがこんなに近寄っても、玉砕くんはちっとも厭らしい目で見てこないし。ニャハハ」
どうやら今まで天音に試されていたらしい。この人が安心かどうか、観察しているなんて、本当に猫みたいだ。
そんなことを考えていると、斜め前の方向から視線を感じる。すぐにそちらの方へ振り向くと、心愛と一瞬だけ目が合った。そして心愛は顔を背けて前に向かう。その顔には表情はなく、何を思っているのかわからない。
なぜか心愛に注意されたような気がして、心臓がドキドキする。そんなはずはないのに。
「ふーん」
天音が心愛と俺を交互に見て、机に肘をつけてニヤニヤと笑う。まるで悪戯っ子が企んでいるような笑みだ。
「面白くなってきたにゃ」
小さく天音が呟いたが、僕には声が小さすぎて届くことはなかった。
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