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17話 看病

別作品の書籍出版準備に入ることになり、時間の余裕が取れなくなりました。

準備が終了次第、連載を再開したいと思っています。

何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたします。


潮ノ海月

 かすかにダイニングから水が流れる音とトントントンとリズミカルな音が聞こえる。目を覚まして上半身を起こしてみると、私服のニットに着替えてエプロンを着けた、和さんの後ろ姿が見えた。


 ベッドから起き上がり、ヨロヨロとダイニングまで歩いて行くと、和さんが振り返って「まだ、寝てないとダメよ」と言いながら、僕をベッドまで連れて行って、強引に寝かせた。


「今、卵粥を作ってるから、大人しく待っててくださいね」


 何も食べていない僕のために和さんが料理をしてくれている。ありがとうという感謝の気持ちと、看病してもらって申し訳ないという気持ちが溢れてくる。「もう大丈夫」とカラ元気を出したいけれど、体中に寒気がして、目も眩んでいるのでどうしようもない。


 しばらくすると和さんがトレーの上に小さな土鍋を置いてベッドの脇まで歩いてくる。そしてゆっくりと座って土鍋のフタが開かれると、熱気のこもった湯気がモワッと立ち上った。


 和さんがレンゲを持って、卵粥をすくい、自分の可愛い口元へ持っていってフーフーと息を吹きかけて卵粥を冷ます。そして手を伸ばして僕の口元へレンゲを持ってきた。女の子に冷ましてもらって、食べさせてもらうなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「嬉しいけど、自分で食べられるから」


「ダメですよ。病人はジッとしていないと。それに卵粥はとても熱いですから」


 そう言って僕にレンゲを手渡してくれない。仕方なく口を開けると、和さんが優しく微笑んで、レンゲを口の中へ入れてくれた。ダシがきいていて美味しい。


「美味しいです」


「よかった。食べられるだけ食べてね。残してもいいからね」


 せっかく和さんが作ってくれた卵粥。残しちゃいけない。そう思うけど、一気に食べられない。少し残してしまった。


「よく食べましたね。また後で食べましょうね」


 和さんは笑顔でうんうんと頷くと、卵粥をダイニングまで運んでいった。そして水の流れる音がして、和さんが後片付けをしている後ろ姿が見える。


 するとテーブルの上に置いてあった和さんのスマホからメロディーが流れる。「あらあら」と言いながら水を止めて、タオルで手を拭いた和さんがスマホを取りあげて画面を見る。そして「心愛からだわ」と呟いて、スマホを耳に当てた。


「今、新くんの家よ。新くん風邪を引いていたらしくて、ベッドで高熱を出して寝ていたわ。今、新くんに卵粥を作って、食べさせたところ」


 和さんが心愛に状況を説明している。そしてスマホを耳に当てたまま、和さんが僕のほうへ歩いてきた。そしてスマホを差し出して僕に微笑みかける。


「心愛が新くんと少しお話したいって。心配しているようだから、お願いできるかしら」


 心愛も心配してくれているのかと思いつつ、和さんの手からスマホを受け取って、自分の耳に近づける。LINE通話だった。


『はい、新ですけど……』


『新くん、風邪? 熱、大丈夫なの?』


『風邪だと思う。和さんが来てくれて、薬を飲ませてくれたから、今は熱も少し下がってるみたい。寝てればよくなると思う』


 病院に行って診療してもらっていないからハッキリしたことは言えないけど。朝よりはずいぶんとマシになっている。まだ目と頭がクラクラするけど……


『それはよかったね。でもなんで和が新くんの家を知ってるの』


『僕のアパートの大家さんが和さんのおばあちゃんだからだよ』


『そうなんだね』


『学校を休むかもしれないけど、大丈夫だから。それじゃあ、和さんに代わるね』


『あの……新くん……』


 心愛がまだ何か言っていたようだけど、僕の耳には届かなかった。そして和さんにスマホを返す。しばらく和さんと心愛が話していたが、通話が切れたのか、和さんがスマホを耳から外した。そしてダイニングへ向かって行き、冷蔵庫からヒエピタを取り出して戻ってくると、僕の額にヒエピタを貼った。


「冷蔵庫の中にヒエピタを入れてあるから、ヒエピタが温もってしまったら取り替えてね。パジャマが汗で濡れたら、必ず着替えてね。濡れたままだと風邪が悪化するかもしれないから」


 そう言いながら和さんが僕の額を優しく触る。その眼差しはとても優しい。無言で見つめあっていると、玄関のドアがガチャっと鳴り、ドアが開かれて、照信が顔を出した。そして照信を押しのけるようにして天音が飛び出してきた。


「新ー。新―。心配したんだよー」


 乱暴に靴を脱ぎ捨てて、慌ただしく天音がベッドに駆け寄ってくる。和さんは天音に気取られることなく、ささっと素早く立ち上がりダイニングへ。


「どうしたの? どうしたの? 風邪? 熱あるの? 熱あるの? 大丈夫? 大丈夫?」


 天音が勢いよくベッドの脇まで寄ってきて、僕の頬を両手でつかむ。クリクリとした目が、大きく間近で見える。天音の息がかかりそうなぐらいに顔が近い。


「落ち着いて天音。とにかく落ち着いて」


 なんとか天音を落ち着けようとしていると、照信がもさもさ髪を掻きながらのそのそと部屋に入ったきた。


「天音が新のことが心配とうるさくてな。どうしても家に連れて行けと言われて、俺は嫌だと断ったんだが、天音に憑りつかれてな。風太と渉は逃げた。俺だけが捕まった。仕方なく連れてきてしまった。スマン」


 天音のことだから強引に照信に迫ったことはわかる。連れて来てしまったものは仕方がない。僕の顔をマジマジと見ている天音の頭をポンポンと優しく叩く。すると「新ー」と叫んで天音が僕の首に抱き着いた。心配してくれる友達がいて本当に幸せだなと思った。

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