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11話 小さな公園

 最近は和さんと一緒に帰ることも多かったが、今日は天音と帰ると告げて校舎を出た。今日は午前中に小雨が降ったので、道路の所々に雨の跡が残っている。



「行こう。行こう。ニャハハ」



 天音に誘導されるがままに、二人並んで歩道をゆっくりと歩いて行く。どこへ向かっているのかわからないが、別に急ぐこともないし、今日は天音に付き合おうと思う。


 小さな公園の前で天音が立ち止まった。公園の中を見ると、ブランコ、滑り台、ベンチが二つあるだけ。天音は僕の手を引いて公園の中へ歩いて行き、ベンチに座って僕を見上げた。



「ここね。私の家の近くの公園なの。小さい頃は弟と一緒に、この公園でよく遊んだの。だからこの公園には思い出がいっぱいなんだよ。ニャハハ」



 いつもと同じ笑顔なのに、なぜか少し悲し気な表情に見えるのはなぜだろう。何か言いたいことがあるのだろう。それが何でも最後まで聞こう。


 天音が少し俯き加減で、自分のつま先を見ながら、ポツリ、ポツリと話し始めた。



「私が中学三年生の春に、お父さんが女を作って家を出ていったの。養育費と生活費は送ってきてくれるけど、お母さん、私、弟の三人はお父さんに捨てられたの」



 何も言う言葉が見つからない。ちっぽけな慰めの言葉をかけても、軽く聞こえるだけだと思うと、余計に何も言えない。



「それから、母さんは荒れるようになったの。毎日、毎日、八つ当たりばかり。母さんの機嫌が悪いとぶたれるようになったの。私もぶたれたし、弟もぶたれた。だからお父さんも大嫌いだし、お母さんも大嫌い」



 天音達を捨てたお父さんも間違ってるし、気分で感情的に子供をぶつ、お母さんも間違ってる。僕が子供でも、二人共大嫌いになっていただろうな。



「何もかも嫌になっちゃって、高校も諦めようかなって、一瞬は思ったけど、どうしても、一緒の高校に通いたい人がいて、受験して合格したの」



 天音が高校に通うことを投げ出さなくてよかった。蜂須賀学園高校に入学できてよかった。



「でもね、高校には入学したけど、ただそれだけで、何もかも嫌になっちゃって。家に居るとお母さんにぶたれるし、それで夜になると外に出かけてた。その時に色々な男の子達と一緒になって遊んでたのは本当。でも変な集団にも入ってないし、変な遊びも、危ない遊びもしたことない」


「信じるよ」


「ありがとう」



 天音は何か我慢していたモノを吐き出すように言葉を続ける。話を聞くことで天音が楽になれるなら、最後まで話を聞いていようと思う。



「それでね。去年の十二月に、お母さんに恋人ができた。それからはお母さん、アタシや弟をぶたなくなった。優しくなった。でもこれじゃあ、お父さんもお母さんも同じじゃん。そう思ったの。大人って汚いと思ったし、大人って大嫌い」


「……」


「そんなアタシがパパ活や援交するわけないじゃん。バカバカしい」



 お父さんやお母さんの恋愛に巻き込まれ、大人の都合に巻き込まれ、天音はすごく傷ついた。そのことが自分の身に迫るように伝わってくる。息が詰まって、何を言っていいのかわからない。でも何か言わなくちゃ。



「天音は今も苦しいの?」



 天音が大きく首を左右に振って、そして僕を見て安堵させるように微笑む。



「去年の冬に弟に泣かれたんだ。お姉ちゃんだけ夜抜け出してズルいって。私も弟のことも考えないで、外に出かけてたんだと思って、それからは夜に出かけるのは止めたの。それからは家では普通に暮らしてるよ」



 天音がスクッと立ち上がって、僕の胸に両手を当てて、僕の目を下から見つめる。



「今はとても楽しいよ。新学期になって新と出会って。まだ一週間しか経っていないけど、毎日、新とおしゃべりしたり、笑い合ったり、最近は学校へ行くのが楽しい。新と会うのが楽しい。それにね、夜に新とLINEでチャットしたり、通話するのがすごく楽しい」


「別に特別なことは何もしてないよ」


「それでもいいの。新は新でいいの」



 そんな風に僕を見てくれていたんだな。全然、天音の思っていることに気づかなかった。


 天音はいつも屈託がなくて、天真爛漫で、あっけらかんとしている様に見せているけど、それは強がりの仮面で、本当は誰もきづかないところで、心にヒビが入ったり、傷ついたり、崩れたり、壊れたりする普通の女の子なんだ。



「少しの間、このままでいてね。少しの間……明日から、また元気に戻るから……」



 何も言えなくて黙って立ったままでいると、天音が僕の胸に頬を寄せて静かに涙を流した。小さく嗚咽しながら泣きじゃくる。天音の涙の意味はわからないけど、気が済むまで泣いていいと思う。


 天音を抱きしめてあげることもできないまま、天音が泣き止むまで、僕は何もできないまま、空を見上げていた。


 そろそろ空が赤く染まり始め、二つの影が大きく伸びて一つになっている。公園には僕達の他には誰もいなくて、まるで二人だけ時が遅くなったように感じた。

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