第5話 『帰路』
生きているのか死んでいるのか、どちらとも取れない暗闇の中で声が聞こえる。
《レベルが100に上がりました》
《アビリティ『生物感知・下』『魔力感知・下』『魔導・下』『物理耐性・下』『魔法耐性・下』『陽炎・下』『水月・下』『疾風・下』『慈悲・下』『達人・下』を獲得しました。なお、アビリティ『転生者』の効果により、全てのアビリティが最大強化され、『生物感知・極』『魔力感知・極』『魔導・極』『物理耐性・極』『魔法耐性・極』『陽炎・極』『水月・極』『疾風・極』『慈悲・極』『達人・極』になりました》
《レベルが最大に達しました。レベルを1に戻します。役職のグレードアップが可能です。なお、アビリティ『転生者』の効果により、役職の変更が可能です。変更した場合でも、変更前の役職になることは可能です》
《レベルが33に上がりました》
──僕は……死んだのか……?
直前にシステム音声が聞こえたことから察するに……恐らく死んでいない。
とりあえず今しなければならないこと、役職のアップグレード……などは何があってもしない!
前衛戦士を強くしたところでろくなことがないのは目に見えている。
よって、すぐさま役職の変更を選択する。
《変更可能役職を表示します。》
うわ、なんかめっちゃ出てきた。
最近の役職選択系ゲームでもこんなには出てこないだろうに。
騎士や魔法使いなどのありきたりな役職もあれば、農民や料理人などの冒険RPGでNPCがなるような役職まで、幅広く表示された。
とりあえず、前衛で攻撃せずに、サポート役職に適している役職は……
支援者、なんと響きのよい言葉なのだろうか。
よし、これに決めた!
* * * * * * * * * * * *
「フェイ!役職を支援者に変えてみたんだ、どうかな?」
「お兄様……?……勇者ともあろう人が、支援者などの役職で、許される訳がないでしょう!」
「はいぃ! すみません!」
* * * * * * * * * * * *
ということになりそうだったので、流石に支援者はやめておこう……
フェイの許容範囲で、なおかつ僕自身も納得できる役職は……
* * * * * * * * * * * *
「お兄様! 大丈夫ですか!」
あまりにも健康な姿のフェイが倒れている僕の目の前にいた。
「……フェイは毎回、僕のいい目覚ましになってくれてるよ」
僕自身も、意識を失う前の状態とは比にならない程に健康だったので、軽い冗談を1つ。
「ふふ、大丈夫なら良かったです。それより、あの怪物をどうやって倒したのですか?」
「……え? 倒した?」
「はい、私の目が覚めた時は、怪物の姿はもうなく、レベルが凄く上がっていて……レベルが最大に達したあと、またレベルが上がって……」
「それは……僕もそうなんだけど……」
「あっ、そうです! 私、軽剣士からアークフェンサーにグレードアップしたんです!」
「あーそっか、フェイはグレードアップしたんだね。僕は魔法騎士に変更して……」
「…………お兄様、それは役職を変更した……ということですか?」
どこか不思議そうなフェイを見て察する。
「あっいや、違うんだよ? 決して前衛戦士が嫌だったわけじゃなくて、後方での戦いもしながら主戦力になれそうな役職の方が上手く立ち回れるかな~って思って……」
「いえ、そこではありません。どうして、役職を変更することができたのですか?」
「えっ? いや、だってそれは……」
数分前のシステム音声を思い出す。
《アビリティ『転生者』の効果により、役職の変更が可能です。変更した場合でも、変更前の役職になることは可能です》
……全て察した。
僕は今、完全にやらかしている。
絶対にやっちゃいけないことをした。
「役職とは、本来生まれつき持っているものですよ? そして、それを変更できるなんて話は聞いたことがありません……料理人などの、ライセンスを獲得することによってなることのできるライセンス役職ならまだしも……」
「ええと……これは……」
「本当に役職を変更なされたというのなら、ステータスを見せてください!」
まずい、ステータスを見られれば転生者ということがバレてしまう。
どうにかして誤魔化さなければ。
「ええと……『勇者』のアビリティの効果って言ってたような気がするな~」
「そんなこと国王様から1度も聞いたことがありません!」
「知られたくなかったんじゃないのかな~」
「お兄様が見せてくれないのなら、私が勝手に見ます!」
「ちょ! 待っ……」
やばい、完全にバレた。
どうか転生者という言葉が伝わらないであってくださいお願いします。
「お兄様……このアビリティは……なんですか?」
「あー、なんのことか僕にもわからな……」
そうして、フェイの前に表示された僕のステータスを見ると……
「なんだこれ……なんかめっちゃ強くなってる……てか、このアビリティは……文字化け?」
そこに表示されていたのは、パソコンのエラーでよく見るあの文字。
僕自身にもそれは読めなかった。
「お兄様……このようなアビリティ……いつ獲得されたのですか?」
僕のアビリティに『転生者』の文字だけなかったところを見るに、正体はこれだろう。
でも、これは好都合だ。
「……さあ……僕にもわからないよ……今初めて気づいた」
「そうですか……それより、役職が変わったというのは本当みたいですね。どうしてなんでしょう……」
「まあまあ、わからないことを考えても仕方ないさ。じゃ、この大穴から抜け出す方法を考えないと」
即座に話を切り替えて、これ以上触れられないようにする。
「そうですね……やはり、風魔法で頑張って上に上がるしか……」
「最初は僕もそれを考えたんだけど……落下速度を軽減するのと上昇するのとじゃ、使うエネルギーが段違いだ。それに仮に上がりきれたとしても、ダースが上で待ち構えてる」
アビリティの『生物感知』で、ダースがいることはこの位置からでもわかる。
「ですが、他に方法はありませんし、とりあえず、やってみるだけやってみてはどうでしょうか?私もお兄様も、相当強くなられましたし」
「……それもそうだね、試しにやってみよう。」
そして魔法を唱えようとしたその時、
「エスアエ──」
とてつもない勢いで風が吹いた。
《エスアエラスの熟練度が一定に達しました》
《ウィズアエラスに進化しました》
システム音声が聞こえ終わった頃には既に、穴に通じていた道の高さまで来ており、そこには寝そべっているダースの姿があった。
「は? お前ら、どうやっ──」
「──ウィズアエラス」
ダースに思考させる時間を与えずに風魔法を放ち、壁にぶつけて気絶させる。
「ふう……意外と登れるもんだな」
「お兄様……魔法騎士とはいえ、どれだけ魔法にお強くなられたのですか……」
「あはは、自分でもびっくりだよ。それより、こいつどうする?」
「恐らくこの者は、『勇者狩り』の話を信じていた輩でしょう。目的が私たちの命、正確にはお兄様の命を奪うための行動だったのだとしたらですが……」
ルーシュ・ラナタイトの記憶が覚えている。
幼い頃にその話を母から聞かされた。
「まあでも……私たちが手を下してしまったら、私たちが逆に罪人となってしまいます。このまま連行して、裁いてもらいましょう」
「……どうやって運ぶの……?」
「そりゃあもちろん私たちで担いで……」
* * * * * * * * * * * *
──アクレス高原にて
しばらくダースを運んでいることに気だるさを感じながら、『転生者』のアビリティについて考えていた。
アビリティ詳細を見ても、表示されるのは『不明』の2文字。
しかし、完全に効果がない訳ではなく、なんなら強すぎるくらいだ。
今のところわかっている効果は、役職の変更が可能、アビリティの常時最大強化、そして、人から見られることがない、ということ。
他にも効果があるのか、はたまたこれ以上の効果はないのか、脳内で1人考察をする。
何はともあれ、無事生きて帰ることができたことを喜ぶべきなのだろう。
しかし、この時の僕たちは深く考えていなかった。
どうしてあの怪物が死んだのかを。