第3話 『パーティメンバー』
冒険者ギルドの酒場は、まだ明るい昼下がりだというのにも関わらず、冒険者が集まり賑やかである。
そんな酒場のコルクボードに、無造作に張られた掲示物。その中に1つ、異質な内容のものが……
「パーティメンバー募集中……近接の強い方には、『勇者』の称号お譲りします……だってさ。なんだこれ?」
「『勇者』の称号?ハッ、そんなん誰が渡すってんだよ。どうせ誰かのイタズラだろ? もし行ってみろよ?生意気なガキ共の笑いものにされるに決まってらぁ」
「やっぱそうだよなぁ……なら、もう行こうぜ? 今日中にオーク10体だろ?急がねえと日暮れちまうぞ」
「ああそうだな、先行っててくれ、後から着いてく」
「さっさと来いよ~」
そう言って男はギルドを後にしたが、もう1人の男は未だその張り紙をまじまじと見つめていた。
「……『勇者』の称号ねぇ?」
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「お兄様!それでは早速、冒険者ギルドに行って共に戦ってくれる冒険者達を集めましょう!」
自室で冒険の準備をしていたところ、行儀の良いフェイらしからぬ勢いで扉が開かれ、来るなりそんなことを言った。
「もちろん、そのつもりだけど……具体的にどんなことすればいいんだ?」
パーティメンバーどころか、前世じゃ友達すら作るのが苦手だった僕に、仲間を集める方法などすぐに思いつくはずもなかった。
「そうですねぇ……手当り次第に冒険者の方々に声をかけて回るとか……あと、時間はかかりますが、酒場に張り紙を頼めば、それに気づいた人達が仲間になってくれるかも知れませんよ?」
顔も知らない初対面の他人に話しかけて、いきなりパーティに誘えだと?無理に決まってるじゃないか。
つまり、方法は1つ……
「手当り次第って……ギルドにはパーティに入っていない人達しかいないわけじゃないだろ? なのに声かけて回るのはあまりにも効率が悪いし、酒場に張り紙を頼みに行こうか」
「分かりました! ちなみに、張り紙の掲示は3時間で3Gです!」
「お金取られるの!?」
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冒険者ギルドの酒場にて、少量とは言えあまり納得のいかない出費をしてしまったことに、やや後悔する。
「最近のレジ袋みたいな料金取るんだな……」
「レジ袋……とはなんですか?」
「あっいや、何でもないよ。こっちの話……」
この世界にはまだ全く馴染めていないため、独り言ではつい気を抜いてしまう。気をつけなければ……
──そして、1時間が経過した。
「……フェイ」
あからさまに暗い表情でフェイに声をかける。
「どうされました?」
「何時間経った?」
「まだ、1時間程だとは思いますけど……」
「1時間で1人も来ないのか?……まだ昼でも、酒場にはこんなに人がいるのに……?」
ギルドの受付に依頼を受注しに行く者、昼から酒を何杯も呑む者、なんなら、僕が張り紙をした掲示板を見つめる者さえいる。
「まあ、気長に待てばいつか来ますよ、きっと」
フェイはそう言って穏やかなまま、酒場で注文していた僕の知らないジュースを口にした。
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──しかし、更に1時間が経過しても尚、僕らに声をかける人は現れなかった。
「うーん、来ませんねぇ。お兄様、どんな内容を書かれたのですか?」
流石にフェイも待ちくたびれたか、空のグラスを眺めながら聞いてきた。
ただ、その質問にはとても答えられない。間違いなくフェイの意思には背くものであると分かっているからである。
「えっ?いや、別に普通だよ……うん……」
「そうですか……」
上手な返事を思いつかず、怪しさのある誤魔化しとなってしまったが、フェイは特に疑わなかったらしい。
(あんな構文、見られたらどうなるかわかったもんじゃないからな……)
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──そして、最後の1時間が経過し、タイムリミットとなった。
「お兄様、そろそろ掲示の追加料金を支払わなければなりませんよ? やはり3時間ではなく、24時間ぐらいにしておいた方が良かったのでは? 少しですけど、安く済みましたし……」
不安そうになるフェイを見て、僕も少し悩む。しかし、内心は既に決まっていた。
何時間待てども人が来ない理由など、正直知れている。僕の書いた内容のせいだ。
あの称号をいち早く取り除きたいがために、あんな薄い内容の張り紙を作ったはいいけど、『勇者』を他人に譲るなど、堂々とやったらフェイが何と言うか分からないし、第一にそんな誘い文句を信じる人だってまずいない。冷静に考えてみれば、簡単に答えが出る。
とりあえず、3時間の掲示も終わったことだし、フェイに張り紙の内容がバレない内に、適当な理由で一旦去るとしよう。
称号の件に関しては、きっと後の自分が考えてくれるだろうし……
「フェイ、3時間待って1人も来なかったということは、24時間待ったところでどうせ誰も来ないんだよ。僕が3時間の掲示だけにした理由は、酒場での掲示にどれだけの効力があるのかということを確かめたかったからなのさ。要するに、1人も来なかったということはつまり、酒場での掲示には意味がな……」
「──なあ、この張り紙お前らか?」
突然声をかけてきたその男の手に所持している物を見ると、それは確かに僕の書いた張り紙だった。
「──えっ!いや、ちょ!」
「『勇者』の称号お譲りします……? お兄様!これはどういうことですか!?」
「あっいや、その……これは違うんだ。ええと……」
動揺のあまり、言葉が上手く繕えない。
「国王様がお兄様のことを認められて与えてくださったその『勇者』の称号を、他人に譲るなんて、天罰が下りますよ!」
「いや、まあそうなんだけど、これには……えっと、理由があって……」
「なんつーか……忙しそうだし、また後で話しかけるわ~」
「あっはい! 分かりました!」
僕がそう答えると同時に、フェイの冷たい視線が確実に僕を貫いた。
「お兄様!」
「はいぃ!」
──そうして、フェイの数分に亘った説教が始まったのだった……
「──とにかく、『勇者』の称号を譲るなんて、絶対しては駄目ですよ!」
「はい……肝に銘じておきます……」
僕が反省し終わった様子を見せると、先程の男がこちらへ帰ってきた。
「話は終わったか?」
「はい、あーでも、『勇者』の称号をお譲りするという話は取り下げさせていただきます……すみません……」
そう言うと、首を大きく縦に振るフェイが横目に映った。
「あーいや、俺は別に『勇者』の称号が欲しかったんじゃねえんだ。単純に、勇者様のパーティに加わって、一緒に冒険してえと思っただけよ。最初は悪ガキのイタズラかと思ったけどな、いざ来てみたら、本当に勇者っぽい格好してるし、もしかしたらと思って話しかけたんだよ」
「そういうことでしたら、ぜひ私達も歓迎させていただきます! ですよね?お兄様!」
こちらを見て言うフェイの瞳は輝いていたが、その瞳の奥に、確実に静かな圧を感じた。
「あ……ああ、そうだね……」
「それじゃ、これからよろしく頼むぜ! 俺の名前はダース、ダース・トールズだ!」
「よ、よろしくお願いします、ダースさん。僕はルーシュ・ラナタイト、こっちは妹のフェイです」
「フェイ・ラナタイトと申します」
威勢よく自己紹介をするダースに、少し圧倒されそうになるが、何はともあれ、無事パーティメンバー増やすことが出来た。
が、同時に僕の称号譲りの障壁も増えたということである。とは言っても、先程の口ぶり的にも、この男はそこまで気にしなそうではあるが。
「よーし!それじゃ早速魔物狩りに行くとしましょうや! 勇者様!」
あまりに突然の話に、フェイ共々困惑する。
「え?ああ、まあいいですけど、何を倒しに……」
「まあまあ、気にすんなって、勇者様なら余裕で倒せるような魔物でございますよ~」
フェイと顔を見合わせ、フェイが「まあ、良いのでは?」というような表情になったので、僕も許可することにした。
「はあ……まあ、それなら……」
そうして、僕とフェイはダースの案内で、近場の高原へと赴くことへとなった。
フェイから『勇者』の称号を譲るなと念を押されてしまったが、何がなんでも称号は捨てると決めた。
そう簡単に折れるつもりはない。
* * * * * * * * * * * * *
《レベルが14に上がりました》
「よし、レベルアップ」
現れたスライムを魔法で倒す。決してこの大剣は使わない。こんなものを扱えば、主人公感溢れて気に食わないからである。
「勇者様も野蛮だねぇ。その辺のスライムなんて無視しておけばいいのに」
「こういう地道なレベル上げが、後々自分を助けることになります。やっておく方が身の為ですよ」
ダースは「へぇ〜」とだけ返事をすると、急ぐようにさらに速く進み始めた。
その様子には、僕もフェイも引っかかっていたようで、何処か違和感を感じていた。
* * * * * * * * * * * * *
「さっそんなこんなで着いたぜ。このダンジョンに居座っているボスのオークを倒してえのさ」
山の中のトンネルのように広く、そして暗い入口を眺めて、確かにダンジョンなのだと実感する。
初めてダンジョンに来たけど……大丈夫なのだろうか。
「確かに余裕で倒せてしまうようなモンスターですけど……私やお兄様に頼らずとも、オーク程度であれば、ダースさんの実力だけで十分な気もするんですが……」
僕も気になっていた疑問を、フェイが先に聞いた。
そう、ルーシュ・ラナタイトの知識によると、オークはかなり弱い魔物。さっきスライムよりは強いだろうが、この世界の魔物の強さを平均してみれば、オークなど平均以下も以下である。
「いやいや、勇者様達にお力添えいただかないと、オークも倒せないほどひ弱なものでしてねぇ。ささ、立ち話しててもあれですから、早速行きましょうや」
1人でどかどかと入っていくダースの背中を見ながら、フェイと小声で会話する。
「なあ、あいつ何か企んでるよな」
「私もそう思いました。ですが……何を考えているのか……」
それは僕も同じである。パーティメンバーを疑うような真似はしたくないが、ダースの行動の節々には、どこか警戒心を欠いてはいけない何かを感じる。
「とりあえず、警戒は怠るなよ?」
「はい、もちろんです」
フェイにも警告しつつ、とりあえずはダースの後ろを付いていくことにした。
* * * * * * * * * * * *
ダンジョン内は地下に長く続いていて、モンスターの脇道もたくさんある。
オークは平原で集団行動を行うモンスターのため、とてもこのダンジョンに居座っているとは思えない。
「なあ、モンスター……出なくないか?」
「……確かに……お兄様の言う通りです」
「あー、この辺は俺1人で来たことが度々あるけど、この奥にいるオークには勝てなかった。それだけの話よ」
その発言を聞いて、またフェイと目が合った。感じたことは、やはり同じらしい。
それから数分歩き続けると、あっという間にボスがいるという穴までやってきてしまった。
「さあ、お待ちかね。ここにやつがいんだわ」
「……そうか……なぜ入らない?」
この疑念を抱いたまま、この先に進むことは出来ない。
そう思い、声に重みを持たせて言う。
「え?ああ……武者震いってやつよ、いざ戦うと思うと怖くて怖くて」
笑いながら言うダースだが、その反応で、僕の疑念はほぼ確信に変わった。
「……お前、何を企んでる?」
そう聞くと、ダースの表情から笑みが消えた。
フェイも既に、腰元の剣をいつでも抜ける体勢で構えていた。
「やだなあ、企んでるなんて、俺はただ……」
そう言いながら、ダースはゆっくりと僕らの後ろへと回る。
決して目は離さず、警戒を怠りはしなかった。
(仕掛けてくるのか……?)
「──勇者様に死んで欲しいだけですよ! アエラス!」
「──お兄様!」
突然放たれた風魔法が、僕の身体を後方へ押し出す。
瞬時に反応したフェイは、持ち前の素早さで僕の元へ駆けつけたが、風は人2人分さえ軽く吹き飛ばし、フェイもろとも穴に落ちてしまう。
穴は思ったよりも深く、自力で戻れるような高さではない。
この世界に落下ダメージはあるのだろうか?もしあるならば、確実に死ぬだろう。
「アエラス!」
フェイの発動した風魔法が少し落下速度を低下させた。
「お兄様!何をしているのですか! このまま落ちると死んでしまいますよ!」
「あ、ああ」
どうやら落下ダメージはあるらしい。
落下ダメージがあるということを知ってからは、流石に余裕が無くなった。
「アエラス! アエラス!」
フェイと2人で何度も風魔法を放ち、重力加速を緩和させていく。
《アエラスの熟練度が一定に達しました》
《エスアエラスに進化しました》
「……! エスアエラス!」
風魔法が進化したことで、先程までよりも格段に速度が変わる。
地面まで残り何メートルだろうか、暗すぎて地面が一切見えない。
だがそれを気にする暇もなく、ただ魔法を打ち続けた。
「フェイ! 魔力は!」
「まだ……大丈夫……です!」
「無理をするなよ! あいつの言うことが本当だったら、この下にはオークがいる! 魔力が尽きてオークに殺されたら意味がない!」
「わかって……ます!」
明らかに辛そうなフェイを横目にひたすら魔法を打ち続けると、
「ヴォア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
落下の風の音をかき消すほどの音量の叫び声が聞こえた。
「フェイ!この感じ…オークじゃない……!」
「そんな……!」
「くっ! イリオス!」
魔力消費の多い陽魔法を使って照らしたその下にあったのは……
人間の死体と人間の腐った死体、人間の白骨化した死体。
それらで埋め尽くされた床に立ち、僕らを待ち構えていた魔物……
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【名持ち】ブラッディ=ラージェスト=コボルト
レベル不明
種族:コボルト
体力:16574
魔力:502
攻撃力:不明
防御力:不明
魔攻力:不明
魔防力:不明
素早さ:不明
知力:不明
アビリティ:不明
称号:不明
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「ヴォア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」