第2話 『目覚め』
「なあ朱雨!」
「ん? なに?」
「なあ朱雨ってば!」
「だから、どうしたの!」
「朱雨!」
「なんだよ! 直哉!」
「兄様!」
「……は?」
「お兄様!」
「……どうした……お前、なんだよその呼び方、気持ち悪いぞ?」
──お兄様!
「──はっ!」
「お兄様! 大丈夫ですか!」
「……ああ、大丈夫……だよ……」
「なら良かったです……『勇者』の称号が何らかのかたちでお兄様に合わず、拒絶反応を起こしてしまったのかと……」
「あはは……大丈夫……」
(僕は……眠っていたのか? 落ち着いて考えるんだ……まず状況を1つ1つ理解しよう……)
僕は柊朱雨、高校1年生……だった。
確か直哉と響介とゲームをしてる時に胸が急に痛くなって、その痛みにしばらく耐え続けてた。
その後ははっきりとは覚えてないけど、多分死んだ。
というより間違いなく死んだ。
助かっていたら、僕は今も柊朱雨として生きているはずだ。
ここまでは理解ができる。
問題なのはこの今の状況、1つ目は僕がルーシュと呼ばれていること、2つ目はこの知らない場所にいること、そして、3つ目は僕がルーシュ・ラナタイトの記憶を持っているということ。
まず1つ目と2つ目の問題は、合っているかは不確かだけど理解できた。
恐らく、『異世界転生』というやつだ。
僕はきっと、ルーシュ・ラナタイトという人物として異世界に転生した、それだけの事だろう。
でもわからないのは3つ目。
僕が知ってる『異世界転生』系の物語は、最初から記憶を持ったまま産まれてきたり、年齢がある程度進んでる状態で転生したりする。
だけど僕の場合は、元々のこの身体主、ルーシュ・ラナタイトが16年間生きた記憶が僕にそのまま引き継がれている。
この時点で考えられる説は2つ。
1つはルーシュ・ラナタイトの体に、直接僕の精神が宿ったという説。
もう1つは、僕自身がルーシュ・ラナタイトとして生まれ変わり、16年間ルーシュ・ラナタイトとして生きた後に、突然、何故か柊朱雨の方の精神が目覚めたという説。
パッと思いついたのはこの2つの説だが、まあでも、どちらの説でも不思議なことには変わりないし、何より正解かなんて分かるはずもないから、この問題は一旦置いておくことにしよう。
それにしても、日本でアニメとか色々見てて良かったと初めて思った。
僕がアニメゲームオタクじゃなかったら、こんなに冷静ではいられていなかったと思う。
「お兄様?やはり、体調が優れないのですか? ぼーっとしておられますけど」
「ん?あー大丈夫だよ、もう心配ない。ザックス兄様達にも伝えてきてよ」
「はい! わかりました! でも、安静にしていてくださいね?」
「うん、わかってるよ」
この可愛らしい少女はフェイ・ラナタイト。ルーシュ・ラナタイトの妹だ。
気品があり、かつ清楚なその見た目に加え、性格も真面目で正義感が強いため、城の人間にはとても良い評価をされている。
少し小柄なせいで、他人から下に見られることもあるが、その実力は確かなもので、並の冒険者では普通に歯が立たない。
この肉体の記憶ではそういうことらしい。
さっきめまいを起こした時は頭の整理が追いつかなかったけど、気絶して睡眠を取れたおかげか、ルーシュ・ラナタイトの記憶も整理できた。
なんとも不思議な感覚、自分が体験したことがなく、全然知らない人間の記憶なのに、自分の記憶なような気がしてくる。
記憶がそのまま引き継がれてるところを見ると、やはり2つ目の説の方が濃厚なのかもしれない。
「ルーシュ! 無事か!」
「ザックス兄様! はい、無事です」
「体調はよさそうか? 国王様はお前の身を案じて、壮行式は中断すると言っていたが……」
この高身長のややイケメンはザックス・ラナタイト。ルーシュ・ラナタイトの兄だ。
その実力は、成人前という若さにして、あの凶暴なドラゴンを倒し、『龍殺し』の称号を獲得したという戦績が持つほどのものである。その実力はさる事ながら、ラナタイトの第1王子ということもあって、元々『勇者』となるはずの存在だったが、第2王子のルーシュ・ラナタイトの生まれ持った才能の方を認められ、その称号を獲得することは無かった。
「大丈夫だよ。国王様には壮行式を続けるよう言っておいて。僕もすぐに行くから」
「そうか、わかった。安静にしとけよ? ん?……お前今……自分のこと僕っていったか?」
しまった。つい柊朱雨として反応してしまったが、この肉体主の一人称は、僕ではなく、俺だった。
だとしても、なんでこんな細かい変化に気づけるんだこの兄貴は。
とりあえず、上手く誤魔化さねば……
「え? あっいや……ほ、ほら! なったばかりでも僕はもう『勇者』だろ? 一人称が俺のままだと、なんていうか品がないかな~とか思ってさ……」
「そういうことか! お前がしっかりと『勇者』としての誇りを持っていてくれているのは、兄としてもとても嬉しい! その調子で頼むぞ!」
誇らしげに言うザックスを見送って、後悔する。
『勇者』であることを理由にしてしまった。
何を隠そう、僕は『勇者』の称号なんて要らない。
むしろ、欲しい人がいるならその人に譲ってやりたい。
しかし、その嫌いな『勇者』であることを理由にしてしまうなど、僕にとって屈辱でしかない。
ザックスのあの感じは、恐らくそんなに気にしていないだろうから、きっと忘れてくれるだろう。
かといって、今後は発言にも注意しなければならないな……
これから僕はルーシュ・ラナタイトとして生きていかなければならないのだから。
それにしてもこの世界、異世界というよりかはゲームの世界って言う方が正しいんじゃないか?
この世界の生物にはそれぞれステータスというものが存在して、魔法、アビリティ、役職とかゲームでしか聞かないような単語ばかり。
……そういえば僕のステータスはどうなっているのだろう、1度も見ていなかった。
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ルーシュ・ラナタイト
レベル12
役職:前衛戦士
体力:303
魔力:196
攻撃力:214
防御力:186
魔攻力:120
魔防力:141
素早さ:137
知力:164
アビリティ:勇者・転生者・王家
称号:勇者
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「……は?」
思わず声が出た理由は2つ。
1つは、僕が普通にそこそこ強かったこと。
もう1つは、僕の役職が『前衛戦士』だったこと。
いやいやいやいや、このルーシュ・ラナタイト、『勇者』の称号を軽々しく受け取っときながら、ジョブが『前衛戦士』、一生性格が合う気がしない。
なぜそのようなやつに転生してしまったんだ……
「お兄様! 式を再開するそうです」
「ああ、わかった」
とにかく、ラナタイト王国の第2王子として、ルーシュ・ラナタイトとして、違和感のないように過ごさなければいけない……が!
僕は何がどうであろうと『勇者』というのは好きになれない。
RPGゲームの主人公で勇者を操作することさえ気に食わなかったのに、いざ自分か本物の『勇者』なのだと感じると頭が痛くなる。
「絶対に……『勇者』を辞めてやる……!」
「お兄様? 何か仰られました?」
「いや、なんでもないよ。さ、向かおうか」