第42話 『英雄』
──的は数十メートル先の原木。何度目かの挑戦であるせいで、既にいくつかの切り傷が目立つ。
狙いを定め、教わった通りの型で、構えていた剣を勢いよく縦に振り下ろす。
「──衝波ッ!」
剣から放たれたその衝撃波は、先刻の手本に比べて小さく、遅く、揺らぎながら進んでいく。
しかし、的の原木の僅か手前で、空気の中に溶けて消えてしまった。
「狙いを定め過ぎた、と言ったところか……」
「ルーシュ様は目標が高いですね……私は……十数分前から既に、その上達ぶりに驚愕しておりますが……」
フレディの話によると、武技の5属性の内、波撃は最も習得に時間を要し、あるいは習得することさえ不可能なことがある属性らしい。
何でも他の属性に比べ、直接的に攻撃する技でないため、コツを掴むのが難しいのだとか。
それをたった一日目の修行にして、不格好ながらも習得できたので、僕にはかなりの才能があるとフレディは言う。
僕の性格上、特段謙遜したり、得意げになったりすることもないが、人から褒められる分には悦ばしいことに違いは無い。
「魔法が使えるから、こういう属性は得意だったのかもしれませんね。僕としては他の属性と使いやすさはあまり変わらなかったですけど」
「魔法……武技とは違い、生まれ持った才がなければ、身につけることは不可能な技術……この歳になっても、未だに使えていたらと思うことがありますよ……」
「教えることが出来れば、僕も全属性の魔法を教えられたんですがねぇ……」
苦笑いをするフレディに合わせるように、僕も軽く微笑みながらそう言うと、その言葉を聞いたフレディは表情を驚きへと変えた。
決して仰天という程ではないが、豆知識を知ったかのような。
「それは……つまり、ルーシュ様は、全属性の魔法を使えるのですか?」
「え?ええ、まあ……珍しいとは思いますが……」
魔法を使えないフレディからすれば、こう思うだろうと予想し返答する。
「いやはや、お見逸れしました。流石『勇者』と言った所でしょうか。しかし、全属性の魔法を使えるならば、魔法の王……『魔王』という方がある種正しいかも知れませんね」
フレディが表情を微笑みに戻して冗談を言うが、僕としては割と真剣に受け取れる内容だった。
(『勇者』よりも、『魔王』に転生する方がまだ良かったな……)
そう考えていると、フレディが切断され散らばった原木を集め始めていた。
「今日のところはもう終わりにしましょう。そろそろ子供達やサーラも起きる時間ですから」
訓練場の壁に掛かっている時計を見ると、既に6時を回っていた。
「6時間も練習してたのか……全く、夢中になるってのは怖い怖い……」
前世で趣味に没頭していた自分を重ねながら、僕も薪擬きを集め始める。
「ルーシュ様の意識が目覚めたのは1時でしたから、正確には5時間ですね。訓練の成果は、5週間分と言っても過言ではないですが……」
フレディが集めた薪擬きを壁にある穴の中に放り込むのを見て、僕もそこへ持っていく。
「もし良かったら、今度また武技を教えてください。それから、クロドールの歴史なんかも」
「ええ!もちろんですとも」
微笑むフレディを横目に、持っていた薪擬きを穴に放り込み、訓練場の片付けを完了する。
そして、訓練場の扉へと向かいながら、会話を続ける。
「片刃の特殊な剣の二刀流で、次々と敵を薙ぎ倒していき、たった一人で戦況を変えた『英雄』……」
そんな人になりたい、というわけではないが、多少の興味ある。
「まるで……宮本武蔵みたいな……」
心に思うだけのつもりが、つい小声が漏れてしまっていた。
しかしまあ、フレディに聞こえていたとしても、誰だか分からないのだから問題は無い。
──そう思った直後だった。
「おや?ルーシュ様は、『英雄』の名をご存知だったのですか?」
その言葉がフレディから発せられた瞬間から、僕の頭は驚きを忘れ、思考が疑問と考察に別れて並行し始めており、無意識に歩く足を止めていた。
『英雄』の名前が宮本武蔵である、というのはどういうことだろうか。
そして、それが事実であった場合、それが意味するのは……
「宮本武蔵が……『英雄』の名前……?」
にわかには信じ難い話であるため、念を入れて再確認を行う。
「ええ、『英雄』の名は『ムサシ』……そう言い伝えられています。しかし、それはあくまで言い伝えられてきた呼名であり、本名かどうかは分かりません。ルーシュ様の言う、ミヤモト……というのは……聞いたことがありませんから、別人やも知れませんが……」
『ムサシ』という名は一致しているが、苗字までは分からない。
しかし、『ムサシ』の特徴と、宮本武蔵の特徴は、話を聞く限り似ている。
(……これは面白くなってきた)
今まで何の手かがリもなかったこの世界のことがようやく少しだけ分かった気がした。
とは言っても、本当に少し、ほんの少しだけではあるが。
止めていた足を再度動かし始めると、フレディも合わせて歩き出した。
「ありがとうございますフレディさん。お陰様で興味深いことが分かりました。クロドールの歴史、やはりとても気になります」
「そ、そうですか……でしたらまあ次の訓練の時に、訓練内容と共に話をまとめておくとしましょう……やはり、ルーシュ様の言うその方は、クロドールの『英雄』関係があるのでしょうか? というより、その方は一体どのような……」
「それを知るために、フレディさんの知識が必要です。僕の知る宮本武蔵という人物は……まあ……その『英雄』同様、剣の才を持った人ですけど……『英雄』程ではないと思います」
本当は「『英雄』程ではない」でなく、『英雄』そのものの可能性すらあるが、そこは伏せておくべきだろう。
「ほう……であれば『英雄』の末裔でしょうか……?そういうことであれば、いずれお会いしてみたいものです」
「そうかもしれませんね……」
事実を知らない人らしい感想を述べるフレディに適当な返事をしつつ、訓練場の扉に手をかけ、その扉を開く。
「──おや?訓練はもう終了ですかねぇ? 思ったよりもお早──」
正直もうこいつの存在には慣れてしまったが、未だに会うとどれだけ微量であろうとも必ず嫌気が差す。
そして、扉を閉じた後に見間違いであれと願う。
「ルーシュ様……」
「大丈夫です。ただの反射なので……」
苦笑いとも、心配とも取れるような表情で言うフレディに、真顔で対応し、再び扉を開く。
「──勇者様は私とコントでもしたいのですか? 率直に言って面倒なのでやめて欲しいのですがねぇ……」
「何用でしょうか?」
僕が言葉を交わすのを面倒そうにしていると、フレディが率直な質問を投げかけた。
「勇者様のお部屋への案内です。当初はあなた方の部屋にまとめて収容する予定でしたが、つい先程、魔王様から私へ、勇者様の扱いに関しての説明をいただきましてねぇ……詳しくはお話出来ませんが、勇者様は別室で生活させよということなので」
「そうか。じゃあさっさと案内してくれ」
魔人は「もちろんですとも」と言って、奥へと進み始めた。
僕はその後ろを付いて行きながら、途中の階段を降りて別れたフレディに挨拶をした。
フレディが別れて間もなく、魔人が口を開いた。
「勇者様のお部屋は訓練場と同じ階にあるので、このまま真っ直ぐ行けば辿り着けます」
「お手軽ナビゲートを使わないのはそういう理由か?」
「まあそれもありますが……勇者様自身のお部屋になるので、場所はしっかり覚えてもらわなければ困りますからねぇ……と入っても、最大の理由は、あなたにその部屋の中で今待っている者を紹介しなければならないからですが……」
待ち人の話を聞いて、門番の牛と馬や、この魔人が頭に浮かんだ。
魔王城の人間なら、今の僕には良いイメージを持つことが出来ない。
「一応聞くけど、そいつは誰なんだ?」
「答えても良いですが……」
魔人が突然立ち止まり、僕の方を振り返る。
そして、僕にとっては右、魔人にとっては左の方にある扉を、白い手袋を身につけたその手で指した。
扉は先程の訓練場の扉とは違い、片開きでノブが付いており、いかにも小部屋といった感じである。
「ここがそのお部屋ですので、中で直接本人とお話される方がよろしいかと存じます。フフッ」
軽い前情報ぐらいは欲しかったが、こいつと立ち話をするのも癪だったので、指された扉のノブに手をかけ、そのまま内へと開いた。
部屋の中心に、その人物は立っていた。
「お初にお目に掛かります、勇者様。私は魔王様に認められしドラゴン族の魔人、ヴァシーリエヴァ=イリーナと申します。どうぞお見知り置きを」
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ルーシュ・ラナタイト(回想中)
レベル77
役職:魔法騎士
体力:902
魔力:673
攻撃力:392
防御力:299
魔攻力:406
魔防力:351
素早さ:417
知力:381
アビリティ:王家,勇者,転生者,捕食,自然治癒【体】,自然治癒【魔】,生物感知・極,魔力感知・極,魔導・極,物理耐性・極,魔法耐性・極,毒耐性・極,陽炎・極,水月・極,疾風・極,慈悲・極,個性・極,達人・極
称号:勇者,美食家
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固有魔法:不明




