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第36話 フレディの過去『無力』

──クロドール城内にて


「中隊長!」


 若い女の声が、城のエントランスに響いた。


「ソフィアか。どうした?」


 中隊長と呼ばれたその男は、声のした方向を見るなりその人物が自分の部隊の女性隊員であることに気づいた。

 少し髪の色素が抜け始めており、濃黄色の髪が淡黄色の髪になりつつある頃のフレディ・オーウェンだ。


「その……突然こんなことをお伺いするのもおかしなことなのですが……」


 ソフィアは少し赤面しながら、フレディに話しかける。

 しかし、フレディは彼女が疑問を問う前に既に気づいていた。


「エドワード……だろ?」


 フレディがそう言うと、ソフィアは図星を突かれた顔をして、より頬を赤らめながら慌てて返した。


「な、な、なななんで中隊長が、そ、それを……?」


「部下の恋愛事情ぐらい、見ていればわかる……というより、お前があまりにも分かり易過ぎるな。多分俺の隊のやつは、その鈍感なエド以外はみんな気づいてると思うぞ?」


「そ、そうだったんですかぁ……」


 ソフィアは大きくため息をつき、手でその赤面した顔を覆い隠した。


「それで、なんだ? 告白するタイミングと場所でも設けてほしいのか?」


 ソフィアのそんな様子を見たが、特に気にせずにフレディは続けた。


「あ、いや、その……場所と時間は決めてあるんですけど、そこにエドをさりげなく呼び出してほしくて……」


 ソフィアは多数の人間に事情を知られていたという事態が飲み込めず、未だに動揺していた様子だった。


「そういう事なら、今日は軽い任務が入ってるんだ、それにエドを同行させて、さりげなく伝えといてやる。それでいいか?」


「は、はい! クロドール丘陵の展望台に、午後8時と伝えてください! あっ、それと──」


 ソフィアが話している途中で、城の廊下を駆け足で走り、2人の方へと向かってくる男がいた。


「中隊長!……ってあれ?ソフィアもいたのか」


 その男は、噂をしていたエドワードだった。


「なっ、何よ。私がいたらダメなの!?」


 突然話題にしていた本人が目の前に現れ、ソフィアは少し動揺していた。


「い、いや……ダメってわけじゃないけど……何で怒ってるの?」


「お、怒ってないし……」


 2人の純一無雑な姿を見て、フレディは微笑ましく思っていた。


「ええと、中隊長。本日は任務を任されていますか?」


 エドワードがフレディの方へ体を向け直し、上司に対する態度として改まって言った。


「ああ。しかも、その任務にちょうどお前を同行させようと思っていたところだ。ただ、今回の任務は魔物の討伐じゃないんだ。戦い好きなお前からしたら、退屈かもしれないな」


「問題ありません! 俺は中隊長から直々に任されたのなら、どんな任務でも引き受けますよ!」


 エドワードは胸に握り拳を当て、堂々とした態度でそう宣言した。

 同時にフレディは、ソフィアの方を一瞥し、ソフィアと目が合うと、ソフィアは軽く頷いた。


「そういえばソフィア、お前も行くのか?」


 エドワードはソフィアの方を向くとそう言った。


「私は、部隊とは別に任務が入ってるの」


「そもそも、今回の任務は廃村の調査だ。だから、そこまで人員を割く必要も無い」


「そうなんですか。分かりました! それじゃあ、任務を始める時は、招集お願いします!」


 そう言ってエドワードはもと来た廊下を戻って行った。


「じゃあ、よろしくお願いしますね、中隊長!」


 ソフィアの期待が込められた瞳は、真っ直ぐフレディを見ていた。


* * * * * * * * * * * * *


「ここが、その廃村ですか……」


 エドワードとフレディは目的の場所に辿り着き、その景色を目の当たりにしていた。

 クロドール王国の所有する領地の西端に存在し、元々は『ヴリコラガス』という名前の村だったその場所は、建物の損壊こそ少なかったものの、人の姿が全くなく、正に閑散とした場所と化していた。


「どうやらこの村は、特に王国との関わりを持っていたわけでもなく、王国の兵が偶然ここを通りかかった時にこの状態で発見され、ここが廃村になってからどれほど経っているのか分からないらしい」


「だから、調査を命じられた……と……」


 2人以外の兵士は、廃屋や近くの森林を調べていた。

 しかし、それらを調べても、廃村になった決定的な結論に至れずにいた。


「血の跡も、死体もない…………でも、家屋の道具や家畜はそのまま残されている…………魔物に襲われたわけでも無ければ、村民全員が失踪したわけでも無さそうですね……」


「家畜が死んでいないのを見たところ、廃れてからそこまで長い時間は経っていないらしいな……」


 家畜も作物も、何もかもがそのまま放置されており、いくつかの建物が損壊していなければ、とても廃村には見えないほどだった。


「ここに来てから数十分は経っているだろうが、まだ誰からも調査が進展した報告がない。これじゃあ王国に戻っても、曰く付きの村だったとしか──」


 フレディが呟いている時に、同時に1人の兵士が傍に駆け寄ってきた。


「中隊長!緊急事態です!」


 その兵士はとても慌てており、同時に恐怖を感じていた様子だった。


「どうした!」


 フレディが言葉を発するよりも先に、エドワードが反応していた。


「近くの森林の調査中に、謎の人間が……いえ、あれは最早化け物でした! そいつが、と、突然──」


「落ち着くんだ。状況が理解できなければ対処もできない」


 隊の統率者らしい落ち着きでフレディは言った。


「す、すみません…………報告します! 近くの森林にて調査中に、人型の謎の生物と遭遇しました。その生物は、我々を見るなり──」


 兵士が落ち着きを取り戻し、正確に状況を話し始めたその瞬間だった──


 兵士の首元の頸動脈から多量の血液が噴き出始めた。

 フレディとエドワードは状況を理解できず、兵士が数秒後に倒れるまで一言も声を発せなかった。


「お、おい!大丈夫か!」


 エドワードが我に返り、青ざめきって倒れた兵士のもとへ駆け寄った。


「一体……何が──」


「──まだこれほど人間が残っていたのか?……いや、身なりからしてどこかの兵団といったところか……」


 フレディの背後には既に、ただならぬ気配が充満していた。


「──何者だッ!」


 振り返るまでもなく、その気配の正体が分かっていたフレディは、腰元の剣を抜刀し、自分の背後に斬りかかった。

 しかし──


「兵団で我を討伐しに来たというのなら、もう幾分か人数が必要ではないのか? それとも貴様らはそれだけ強者ということなのだろうか……」


 悲しくもその剣撃は避けられ、その刃長分の間合いの先に、禍々しい気配の正体がいた。


 声のトーンからして性別は男だと思われるが、背面から生えた大きいコウモリのような羽が、人間らしさを損なわせる。

 肩より下に垂れ下がった白い長髪の先は、血のような紅色で染まっており、その瞳もまた同じ色をしている。

 それに比べて肌は蒼白であり、倒れた兵士とほぼ同じ色だ。

 衣服は黒と紅で彩られたタキシードにマント、所々に金の装飾がある。


 これらの見た目の情報に加え、口元には誰かのであろう血液が付着していたことからも、この化け物が『吸血鬼』であることは明白だった。

 今も、倒れた兵士の血液がこの化け物の手に吸い込まれるように集まり、球状に形を成そうとしていた。


「──何者か答えろと言っている!」


「あまり我の機嫌を損ねない方が得だぞ?人間。まあ、そこの兵士の有様を見ても尚立ち向かおうとする勇気は少々愉快だがな?」


 フレディの気迫に全く動じず、その化け物は不敵に笑った。


「──エド!逃げろ! 私がこいつの相手をする!」


「──そんなことできません! 俺も!中隊長と共に戦います!」


 倒れた兵士から離れ、剣を構えてフレディの横へ立ち並んだ。


「喜べ。貴様らほど勇ましい者は珍しいぞ。この村の連中は皆、私を見るなり挙って逃げ出したのだ。愚かなものよ……」


 吸血鬼の化け物は俯き、ゆっくりと首を振りながらそう言った。


「この村の人達はこいつのせいで逃げ出したのか……それで──」


 エドワードが納得しようとしたその瞬間、化け物は天を見上げ──


「──だが、それが良い! それでこそ人間なのだ! 人間のような弱者は我ら強者を見れば、すぐに敗北を認め逃げ惑う! その姿が滑稽で堪らないのだ!」


「──ッ! こいつ!」


 エドワードの剣を握る手により力が入る。


「──そして……殺してやった」


 その言葉を聞いて、フレディもエドワードも唖然とした。


「まさか、この村の連中が生きているなどとは考えておるまいな? 全員殺したのだよ、私が、跡形もなく」


 血も死体も、襲われた跡もないのにも関わらず、凄惨な殺人が行われていた既に行われていたことを知り、エドワードは怒りを剣に込め、勢い良く斬りかかった。


「──ふざけるなァ!」


 しかし、その剣はそのまま空を切り、その吸血鬼は既にエドワードの背面へ回っていた。


「いざ自分が死ぬその瞬間!人間は皆その顔に『恐怖』を刻む。その顔が!表情が!……この世の何より美しい!……そうは思わんかね?」


 エドワードは背後の気配に激怒しつつも恐怖し、垂れた汗を地に滲ませながら、空ぶった剣を構え直すことができずにいた。


「その刻まれた『恐怖』は、死して尚消えない刻印となる。それはいずれ──」


 フレディは容赦なく剣を振り、吸血鬼の独話を遮った。

 だがやはり吸血鬼は、当たり前のように剣を避け、2人の目の前に立ち塞がる。


「エド……お前は逃げるんだ! 俺には、お前に死なれてはならない理由がある! このまま2人で戦おうと、どの道全滅だ……」


 エドワードも、この吸血鬼の強さを知り、半ば諦めかけていたところだった。


「お前が逃げ切るまで、俺が時間を稼いでみせる! ここに来る時に伝えた予定、忘れるんじゃないぞ……!」


 フレディの脳裏には、期待の瞳を持ったソフィアが過ぎっていた。


「……了解しました!」


 エドワードは剣を腰元に戻し、自国の方へと向かった。


「俺の命を以てしても、貴様の足止めをしてみせる!」


 フレディは剣を握る手に力を込め、素早く斬りかかった。

 当たるなどとは到底思っていなかった。

 しかし、どれだけ勝ち目のない負け試合だろうと、簡単に死ぬことなど許されない。

 その意志が、フレディの心を奮い立たせた。


「──はあああッ!」


 フレディの剣は、やはり吸血鬼には当たらなかった。

 ──しかし、肉の切れた音が同時に聞こえた。

 それは、エドワードのいた方向からだった──


「…………」


 フレディは信じられずにいた。

 1人の部下を生かすために、自分が囮になると誓った。

 しかし、その部下はたった今、四肢と胴体、生首に分割され、地面に散らばったのだ。


「やはり不意を打つのは誤ったな……『恐怖』が刻まれていない……」


 吸血鬼は不満な様子で、エドワードの生首を持ち上げていた。


「……そんな…………何故だ…………」


 絶望に打ち拉がれ、フレディは膝をついて倒れた。


「……殺して……くれ……」


 戦いを仕事とする兵士としては、仲間が死ぬことなど既に慣れていたはずだった。

 しかし、今回の場合は違った。

 圧倒的な力の前に為す術が無く、結果として仲間を全員殺された今、生きている資格を見いだせなかった。


「……素晴らしい」


「…………」


「──素晴らしいぞ! なんだその表情は! 未だかつて見たことがない! それは……『恐怖』か?『悲痛』か?いや、『絶望』か? やはりこの兵士を殺して正解だったか!」


 フレディとは裏腹に、吸血鬼は愉悦していた。


「貴様を殺すのは惜しい。いつかまた我の目の前に現れ、我にその表情を見せてくれ! そうだな、これらは褒美としてくれてやる」


 そう言って吸血鬼は、エドワードの生首をフレディの前に放り投げた。

 エドワードの首の断面から、まだ僅かに血が飛び散り、余計にフレディの心をすり減らした。


「……殺して……くれ……」


 絶望の淵に突き落とされ、己の『無力』を思い知ったフレディには、そう懇願することしかできなかった。


「気に入った……気に入ったぞ! 貴様の顔は覚えておこう。自害されても迷惑だ、その剣は粉々にしておこう」


 そう言うと、吸血鬼は手に持っていた文字通りの『血球』を、フレディの腰元の剣に投げた。

 すると、腰元の剣は血を纏い、次第に金属が変形する音を鳴らし、「パキッ」と音を立てて、鞘から飛び出た柄のみが地面に転がった。


「では、またの機会に会おう! 見知らぬ兵士よ」


 そうしてその吸血鬼は、森林の方へと姿を消した。

 フレディは独り残されたまま、言葉に表しようのない悲しみに襲われていた。


* * * * * * * * * * * * *


──クロドール王国にて


「……すまなかった……本当に申し訳ない……」


 謝罪するフレディの前には、ソフィアがいた。


「嘘……ですよね? エドが……そんな……」


 フレディの態度から、それが冗談でないことくらい、ソフィアには分かっていた。

 しかし、それを信じられない、信じたくないこともまた当たり前の事だった。


「なんで……軽い任務って言ったじゃないですか! それなのになんで!エドが……!」


「……本当に……!すまなかった……!」


* * * * * * * * * * * * *


 フレディはあの事件の後、しばらくあの廃村にいた。

 しかし、いつまで経っても任務から帰還しないフレディ達の部隊を捜索することになり、フレディと身体がバラバラになったエドワード・ハリスのみが発見された。

 しかし、王国に帰還後のフレディが報告した、森で襲われた兵士、頸動脈を切断された兵士は、発見されることがなかった。

 そのため、フレディにはの報告には虚言が混じっているとされ、フレディには精神障害があると判断された。


──クロドール王国にて


 フレディは城の廊下を歩いていた。


「うわっ、見ろよ。精神障害持ちのフレディ中隊長だ」


「なんでまだ仕事続けてんだろうな? 精神障害でまともに仕事なんてできるわけねぇだろうに」


「しかも知ってるか? あの中隊長、なんかの任務で部下全員死なせて、自分だけ生き残ったんだと」


「あー知ってる知ってる! その後、あの中隊長の部隊抜けたやつとか、自殺したやつもいるって話だよな?」


「部下に見放されまくって、寄る辺なんてねえだろうにね……」

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