第33話 リノの過去『悪夢を呼ぶ少女2』
「ああ……あぁぁぁ……ああああああああぁぁぁアアアアアア!!!!」
女のいる病室で、元ホームレスの男は叫んでいた。
「──ここは病院です! お静かに……!」
医者が男の行動を抑制するも、男の気の動転が収まることはなかった。
「違う違う違う違う!! 俺はなんてことを忘れていたんだ!! 何もかも間違ってたんじゃないか!! 俺に必要だったのは、新しい家庭を築くことじゃない! もう2度と家庭を築かないこと! いや、それも違う? 家庭を築いても、その家庭を大事に……? 何が……何が正解なんだよォッ!」
「…………」
男が悶える中、女は1人黙り込んでいた。
(どうして……こんなホームレスの子供を産んだの……? どうしてこんなヤツと…………なんで? なんでどうして……)
男の気が動転した今、女はやっと今までの違和感を感じることができた。
しかし、結果的に手遅れの事実が、男と共に女の気も狂わせていた。
「……わからない。わからない。わからないわからなイわカらなイわカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ!」
そう言うと男は、何を思ったか病室の窓を開け、身を乗り出した。
「──何を! 早まっては駄目だ!」
医者が即座に止めに入ろうとしたが、男の身は既に、4階にある病室から、空中へと投げ出されていた。
「ああ……ああ……こんな……ことに……」
医者は、落下した無惨な死体を見て、絶望の表情を浮かべた。
「こんなのは……夢だ……悪夢だ……」
医者はその窓の際に座り込み、悶え始めた。
女も、男が落ちるのを見ていたが、それを気にしていられる余裕は、心になかった。
(なに? 何が起きてるの? あのホームレスとの子供が生まれて、でもそれが…………しかも、そのホームレスは今…………どうしたらいいの……)
先ほどまで騒がしかった病室は、いきなり静まり返った。
その静かな部屋が、ギルドの救助車のサイレン音でまた騒がしくなったのは、それからすぐのことだった。
* * * * * * * * * * * *
──数時間前
「それにしても、まさか子供ができたなんて……今でも信じられない。お互いに知り合ったのは、あんな偶然だったって言うのに」
「ホントにねぇ」
病室のベッドの上で安静にしている女と、それを横で見ている男は、すっかり夫婦の仲だった。
年の差はそれなりにあるものの、2人共そのようなことを気にしていなかった。
「それにしても、先生はまだ来ないのか? 早く娘に会いたいのに……」
「何か……手間取ってるのかな……」
そんなことを話していれば、タイミングを見計らったかのようにドアがノックされた。
「……失礼します……ええ、遅れて申し訳ありません。お2人の娘さんの事なのですが……」
やってきた医者は単刀直入に話を切り出すと、しばらく男の顔を見て、何かを察したような表情をした。
「その……つかぬ事を聞くようですが、旦那さんのお名前は、カールソン・デイビスさん……でよろしいんですよね?」
それを聞いた男と女は、お互いに顔を見合わせ、しばらくした後に医者に事実を伝えた。
「ええと……実はなんですが、私は記憶喪失でして……名前は私と妻で考えたもので、苗字は妻のものを……」
本来ならば驚くべき発言だが、医者は確信を掴んだような様子で、さらに険しい表情になった。
「であれば納得がいく……いってしまう」
医者の表情はより深刻になり、その雰囲気が、何となく2人も険しい表情にさせた。
「どうか……したんですか?」
重い間に耐えられず、男から切り出した。
「その……落ち着いて聞いて欲しいのですが……あなたは……ジャック・フィリップスさんなのではないでしょうか?」
──ジャック・フィリップス、それは、3年前にこの病院で『食人種』の子を持った父親の名だった。
「……ジャック…………フィリップス……?」
男はその名前に心当たりがあったようで、途端に頭を抱えだした。
そして同時に、女にも異変が生まれた。
(……なに?この感じ……なんか……落ち着かない……)
「そして……フィリップスさん……実はあの日以来、私たちはあなたとあなたの奥さんの血縁を調べてみたんです……その結果、あなたのご親族に、かつて『食人種』だったと思われる人がいたことが判明しました……そしてそれは……あなたの息子さんのノア君だけでなく……たった今産まれた娘さんにも……」
「食……人種…………ノア……」
(なんなのこれ……この男は……)
2人が次第に不安になっていき……言葉を無くしていった。
「この事実は……つい先日分かり、その日にフィリップスさんのお宅へ便箋にてご連絡したのですが……」
医者は落ち着きながら話すことを心がけるも、院内で2度目の食人種を抱えながら、その目に虚ろを取り戻しつつある男相手に、息を荒くせざるを得なかった。
「そうだ……そうだった……私は……俺は…………」
男の目に虚ろが戻ると、女にかかっていた洗脳もどきのそれも完全に解けた。
(…………なんで……アタシ……)
かつてノアが産まれた時に、母親を無理に納得させた固有魔法
──俺たちの子供です。安楽死なんて、そんな酷いこと……冗談よしてくださいよ……なあ?
──え、ええ……そうよね……
しかし、今ベッドの上にいるこの女の説得は、己の意思でしたのではない。
記憶を失っていたことによる、孤独と不安を無意識に埋めようとした結果だった。
その事に全て気づいた男は、次第に狂っていき、己の目的を忘れ、その命を断つこととなった。
今までの謎の安心感が全て消え去った女は、男が残していった娘の存在と、今後の自分とで板挟みになった。
* * * * * * * * * * * *
女が台所で料理を作っていると、リビングの奥から可愛らしい声が聞こえた。
「ごはん、まだ~?」
「もうちょっと……待っててね……」
絵本を読んでいた少女は、その言葉を聞くとすぐに笑顔になり、また絵本を読み進めた。
その日は久々の晴天であり、少女の心はますます明るくなっていた。
「──はい」
言葉少なに昼食を少女に出し、少女はスプーンを取って勢いよく食べ始めた。
「──美味しい!!」
一瞬で汚れた口で笑いながら、大きな声で言ってて見せた。
「……そう……」
女は、喜びの感情を一切見せることなく、そのまま少女の傍から離れていった。
少女自身はそれを気にすることなく、また勢いよく食べ始める。
少女から離れ、自室に来た女は、引き出しから"とある紙"を取り出し、そこに書いてある内容を確認する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人身取引
年齢:4歳以上
取引時刻:奇数月、第3土曜日、13時
取引場所:この紙が貼られてあった路地裏
取引報酬:その場にて査定
補足:取引場所に来た時点で、取引は成立したものとする
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少女はまだ昼食を食べていた。
自分に何が起きるかなど、知る由もなく。
==========
ジャック・フィリップス
レベル1
役職:建築士
体力:100
魔力:12
攻撃力:30
防御力:29
魔攻力:7
魔防力:5
素早さ:20
知力:41
アビリティ:なし
称号:なし
==========
固有魔法:説得




