第32話 リノの過去『悪夢を呼ぶ少女1』
ある男と女の間に、少女が生まれた。
しかし、それは望まれない誕生だった。
男にとっても、女にとっても。
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「いらっしゃいませぇ、ヴァーミリオン・エデンへようこそぉ」
淫らな格好をした女が、店に入ってきた男を接客する。
「……3時間」
男はそれだけ言うと、女は口角を若干上げて、店の奥へと案内した。
「それではこちらへぇ」
この店は、言わば風俗店である。
街のギルドから撤退するように言われているが、長旅で疲れた冒険者が訪れたり、街の人々が趣味で訪れたり、さらにはギルドで働いてる人間すらも訪れる。
その為に、ギルドは命令こそするものの、その街の1番の売り上げが出ている施設を撤退させるわけにはいかず、結局何もせずに終わってしまうということを繰り返していた。
「お前の番だ、出ろ」
「はっ、はい!」
接客をした女が店の奥に行くと、休憩室ではガタイのいい男が、別の女を接客へと向かわせた。
その女は新人で、まだ色気のなさが目立ってはいたが、人手が足りず、研修というような形で出向くこととなった。
(大丈夫かな……アタシこんなことするの初めてだけど……変なことされそうになったら、あの人たちが助けてくれるよね?)
女はそう思いながら、オレンジ色のメッシュがはいった髪を弄りながら、次の来客を待っていた。
すると間もなく、この梅雨の季節にそぐわない薄汚れたジャンバーを着た男がやってきた。
「い、いらっしゃいませ! ヴァーミリオン・エデンへようこそ!」
女は少し張り切り過ぎてしまい、無駄に張りのある声が出てしまった。
「…………」
無精髭を生やしていたその男の姿は、言うなればホームレスそのものであり、金を持っているのか怪しいところであった。
「ええと……何時間……にしますか?」
(大丈夫なのこの人……アタシこんなヤツの相手したくないんだけど……)
内心に思っていることは言葉にせず、店員としての態度を見せる。
「…………」
先程からずっと黙っているその男は、何を考えているのか分からなかった。
「……あのぉ……」
(何なのコイツ? こんな店に来たんだから、どうせそういうことしたくて来たんじゃないの?)
若干の怒りが少し顔に出てしまいそうになるが、女はそれに耐えて、男の反応を待った。
「…………」
すると男は突然踵を返し、言葉を発さないまま店を出ていった。
「え!? あっ、ちょっと!」
女はつい驚いてしまったが、引き留める必要はないだろうと感じ、そのまま見送った。
(ホントになんだったのアイツ……)
すると、職員の部屋からさっきまで話していたガタイのいい男が出てきて、
「今日はもういい、帰れ」
当然それに女は疑問を感じ言い返す。
「ど、どうしてですか! さっきの人は、何も喋んなかったんです! よく分かんない人だったんですよ!」
「客を引き返させたお前に価値はない。今日はもう帰れ、お前のような新人はまだ山ほどいる」
理屈なようで理不尽な論に、女は何も言えなかった。
「……はい……分かり……ました」
職員の部屋に戻り、着替えを済ませ、自分の手荷物を持って、足早にその店を出ていった。
「もうなんなのよ……あの店と言い、さっきの客と言い……意味分かんない……」
日が暮れて薄暗くなった道を歩いていると、道端に座り込んでいる人が目に映りこんだ。
(……あれ……あの人、さっきの……)
その人は先程のホームレスのような男であり、寝ているのかなんなのか、その場で全く動かなかった。
(やっぱりホームレス……めんどくさいし、無視しよ……)
そうしてその男の横を通り過ぎようとした時だった。
「──助けて……ください」
今まで何も喋ることがなかった男が、無精髭の生えた口をやっと開いた。
「え?」
思わず言葉に反応してしまったが、女にホームレスを世話できる余裕などはなく、さらに歩速を速める。
「私は……何か…………大事な何かを……大切な存在を……失ってしまった……いや、私が捨ててしまったんです」
女はその場を立ち去ろうとしていたはずが、何故かその男の言葉に耳を傾けてしまい、無意識にも歩みを止めていた。
「ですが……それが何か思い出せない……私の帰るべき場所が……私が取り戻さなければならない場所が……」
女は、知らず知らずのうちに傾聴していた。
女にとって関連のある話でもない、ただのホームレスの相談なのに、なぜかその女を引き留めた。
「助けて……って言っても……」
すっかり男に寄り添って考えてしまった女は、真剣に考え始めていた。
「……こうやって、話を聞いていただくだけでも助かります……」
女は男のその言葉を聞いたが、男の窶れた表情を見て、放っておくことは出来ずにいた。
「とりあえず……生活できる場所がないと困るでしょうから、私の家で良ければ……」
「……! 助かります……」
そうして女は、なんの躊躇いもなしにその男を家へと案内した。
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「お食事からお風呂まで、大変助かりました」
「いえ……一人暮らしなものですから、寝る場所はないですけど……」
「リビングで寝ますから大丈夫ですよ。本当に、何から何まで……」
2人はそれなりに打ち解けていた。
男は特に何も感じてはいなかったが、女はそれに違和感を感じていた。
なぜこんなにもこの人を信頼してしまっているのだろう。
なぜ見知らぬ男性を家へ上がらせているのだろう。
しかし、疑問こそ生まれても、謎の安心感がそこにあり、男を見放すとまではいかなかった。
「じゃあ、私は寝るので、何かあったら教えてください」
「はい、本当に助かりました……」
男と別れ、ベッドの上に横たわる。
女は本当に何の不安も感じていなかった。
寝ようと思えば、そのまま眠りにつける。
得体の知れない安心感に違和感を覚えても、それをまた安心感が包む。
心地の良いような悪いような、そんな状態がしばらく続いていた。
(あの人のことはよく分からないけど……今はそれより、明日の仕事のこと考えなきゃ……)
そういえば、女は早退を命じられていた。
もう来るなということではないだろうが、今後は態度を改めなければならない。
問題はいくつかあるが、それらも全て、現状の安心へと遷移していた。
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そして、しばらくその生活が続いた。
女はそれなりの風俗嬢として勤めることができるようになり、男は仕事を探しながら、女の家事を手伝っていた。
そんな生活を繰り返し、いつしか2人の間には子供が生まれた。
その子名前は──




