第31話 ノアの過去『呪われた少年5』
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして
ノアはその場に立ったまま動けなかった。
頭が破裂しそうなほどに思考を繰り返す。
仕事がそんなに大変なの?
早く帰ってきてほしかったのが、そんなに悪いことだったの?
今日に限って、何で帰ってきてくれないの?
どうして僕を1人にするの?
お母さんまで、僕を見捨てるの?
ノアの心は崩壊寸前だった。
母親が自分を見捨てたのか、それとも何か帰ってこられない理由があるのか。
無論、ノアは後者を信じていた。
信じていたかった。
だから、ノアは待ち続けた。
母親が帰ってこなくなったその日から、習慣の読書も忘れて、ただただ意味の無い時間だけが流れていく日々を過ごした。
しかし、それが長く続くはずもなかった。
ノアがどれだけ待とうとも、冷蔵庫の中身の食材は、日が経つ度に減っていく。
調理法などは知るはずもなく、野菜や魚に限らず、肉までも生で食した。
そんなことをしても体調を崩さずにいられるのは、彼の生まれ持った個性が影響している。
しかし、ノア自身は自分が『食人種』なのだとは知らない。
教えられていないのだ、両親から、ステータスの見方さえも。
というより、ステータスなんて物があることさえ、知らずに生きてきてしまった。
ノアが知っているのは、習慣の読書で培った物のみ。
それ以外の事など、世間から隔離されて生きてきたノアが知る由もなかった。
しかし、ノアは知ることとなったのは、母親が帰ってこなくなってからすぐのことだった。
* * * * * * * * * * * *
冷蔵庫の中にあった生肉を取り出し、噛み付いた。
何肉かはノアは知らない。
しかし、それは問題ではない。
母親が帰ってくるまで、ノアは死ぬわけにはいかなかった。
飢えを凌ぐためには仕方のないこと、そう言って、味のない肉を胃に入れる。
元々ノアはそれほどたくさん食べる方ではなかったので、その肉を1枚食べれば、その日1日は問題なかった。
無言で食し続けるノアは、常に母親のことを考えていた。
いつ帰ってくるのか、帰ってきたらどんな話をしようか。
ノアは、母親が帰ってくる前提で考えるしかなかった。
そうでもしなければ、とても耐えられる現状ではなかったからだ。
そんなことしか考えていなかったはずなのに、たまたまその時は、ノアの視界に入ったとあるものに思考を一瞬奪われた。
「……お母さんの部屋……」
それは、母親の部屋だった。
ノアにはこれまでの6年間で、言いつけられた教えが2つだけある。
外には絶対1人で出ないこと。
両親の部屋には絶対入らないこと。
今では片親なため、母親の部屋となったが、未だに入ることを禁じられている。
かと言って、特別施錠されているわけでもないため、ノアが入ろうと思えば、すんなり入ることができたのだ。
ノアは頭で考えながら、無意識的にその部屋の方向へ向かっていた。
もしかしたら、お母さんが帰ってこない理由が分かるかもしれない。
お母さんがいつ帰ってくるのか分かるかもしれない。
脳内は一瞬のうちにそんな考えで埋まり、気づけばその部屋のドアノブに手をかけていた。
今まで破ったことのなかった言いつけを、今日初めて破ることになる。
緊張感こそ感じたものの、ノアにはそれを気にしている余裕はなかった。
そうして、その扉を開けた。
部屋の中は、それほど汚くもなく、綺麗でもない。
掃除する時間があまり取れていないのがわかる部屋だった。
しかし、内装こそ普通で、本棚と作業机が1つ、ベッドが2つ、それなりに広い部屋だった。
それほど充実した家具が揃っているわけではなく、言ってしまえば、ノアの部屋より少し広い程度だった。
本棚の中には、ノアの知っている本もあれば、知らない本もある。
その中に、明らかに本が1冊抜けたであろうスペースがあった。
それと同時に、作業机の上に1冊の本が置いてあった。
抜けた本の正体はこれで間違いないのだろう。
それがふと気になったので、ノアは作業机に近づき、その本の表紙を見た。
「……『しょくじんしゅ』……」
ノアは、その言葉を初めて聞き、どんな本なのかは全く想像がつかなかった。
作業机の上に置いてあったということは、母親が 直前まで読んでいたのだろうと推測し、ノアもページを開いてみた。
どうやらその本は絵本だったようで、ページ数もそれほど多くなく、子供向けの本であった。
* * * * * * * * * * * *
とあるふうふのあいだに、げんきなおとこのこがうまれました。
でも、そのこはどうやら『しょくじんしゅ』だったようです。
うまれてすぐに、そのおとこのこはおとうさんをたべてしまいました。
それをみたおかあさんは、そのおとこのこをこわがりました。
ですが、おとこのこはおかあさんをにがさず、そのままたべてしまいました。
おなかいっぱいになったおとこのこでしたが、つぎのひからたべるものがなくなってしまい、そのおとこのこは、おなかをすかせてしんでしまいました。
* * * * * * * * * * * *
これほどの奇妙な物語を何故母親が読んでいたのか、数分で読み終えたノアは疑問に思った。
決して子供向けとは言えないのに、絵本というカテゴリー、様々な疑問が次々に浮かんだが、所詮はフィクションであり、子供の頃であれば、人の生死などそれほど考えるものでもないと思うと、確かにこういった絵本もありなのだと納得した。
その本を作業机の上に戻し、もう一度部屋を見回すが、それほど気になる物はもうなかった。
そうして、部屋を後にしたノアは、今度は玄関の扉に目がいった。
既に言いつけを破ったために、ノアは大した緊張もせず、玄関の扉に向かい、その戸を開いた。
母親が帰ってこなかった日から、ずっと曇りが続いていた。
陽の光がほとんど差さず、げんなりとした空模様。
ノア自身は、外に出るのは初めてではなく、親2人が出かける時は、ノアも連れていく事があった。
しかし、片親になってからは、そのような機会はなくなり、結果ノアは3年振りの外となった。
そうして外に出てノアだったが、これといった目的もなく外に出てしまっていた事に気づき、案の定何をしたら良いか分からなくなる。
その時──
「どうしたの?」
ノアの左奥に、壮年の女性が立っていた。
「……あれ? 君もしかしてノア君?」
女性は隣に住んでいる人で、ノアの親とも交流があった。
ノア自身は女性を知らなかったが、母親から話は聞いていたため、すぐに察することができた。
それは、女性も同様だった。
「……はい……」
親以外と話したことがなかったノアは、少し無愛想な返事をしてしまった。
「やっぱり! というか、フィリップスさんの家の前にいるんだから当たり前だったわね。それで、どうしたの? お母さんは?」
女性がノアの今の問題を知る由もなく、気にすることなく続けた。
「……ええと……」
ノアが困りながらも、真実を話した。
「お母さんが、ずっと帰ってこない」
それを聞いた女性は、分かりやすく驚いた様子を見せ、
「まあ大変! いつから帰ってきてないの? お腹すいたでしょ? とりあえずうちに上がって。ご飯何か作ってあげるから」
さっき食べたばかりだったので、さほど腹は減っていなかったが、ノアは流れに身を任せることにした。
* * * * * * * * * * * *
「そう……1週間も……大変だったでしょ……これ、余り物で作ったものだけど、良かったら食べて?」
そう言って、女性はテーブルの上に食事を出し、ノアは床は座り、ゆっくりと食べ始めた。
女性もノアの傍らに座り、それを見ていた。
「おばさん、ずっと1人で暮らしてたから、自分の口に合うものしか作ったことないんだけど……どうかしら?」
「……美味しい」
本心では、母親の料理の方が美味いと思っていたが、出したもらった料理に文句を言うほど、礼儀のないノアではなかった。
「ほんとに!? それなら良かったわぁ~」
女性はまた分かりやすく感情を出した。
「あ、そうそう。お母さんが帰ってくるまでは、ここにいていいからね? ここなら、お母さんが帰ってきたかどうかもすぐ分かるし」
ノアは、こんなにも本心から人に優しくしてもらったことに、感動を覚えた。
表情にこそ出なかったものの、昔の懐かしい生活を取り戻したように思えた。
しかし、
「そうだ! ノア君は将来どんな人になるのかな? 戦う人? お仕事する人?」
「……分からない」
「分からない? どうして? ステータスに書いてると思うけど……」
「ステータス?」
「うん! ほら、こうやって……」
女性は、勝手にノアのステータスを見始めた。
「へぇ~銃剣士かぁ~、珍しい役職…………え?」
女性は気づいてしまった。
ノアはまだ、気づいていない。
「なに……これ……『食人種』?……フィリップスさんの噂って、本当だったの? というか……あなた……」
女性はまた、分かりやすく感情を出した。
ノアは、ついさっき母親の部屋の中で見た本のタイトルを、何故この女性が知っているのか疑問に思うだけだった。
「どうして、その言葉を──」
ノアが聞こうとしたその時だった。
「いやあ!! 近づかないで! 出ていって!」
何が起こっているのか分からなかった。
女性は後ろに後ずさりし、ノアから距離をとった。
急に怯えだした様子の女性を心配するように、ノアは女性に手を伸ばした。
しかし、
「──来ないで! 襲わないで化け物!」
そう言うと女性は立ち上がり、台所に向かった。
ノアは現状を理解できず、その場に留まったままだった。
どうして急に女性が僕を遠ざけ始めたのか、僕は何かしてしまったのだろうか、そんなことを考えていると、ノアの頭に重い衝撃が飛んできた。
「──うっ!」
何かと思い正面を見ると、女性がフライパンを持ち高く上げ、ノアの方を見ていた。
近くを見ると、それとはまた別のフライパンが近くに落ちていた。
どうやら、女性が投げたらしい。
「早く出ていって! 母親が帰ってこないのも、どうせあなたが殺したからでしょ!」
そう言って女性は次々と台所の調理器具を投げつける。
命中しないものもあれば、見事に頭にぶつかるものもあり、ノアは自分を守るので精一杯だった。
頭を守るために手で触ると、手が少し濡れた。
きっと血が出ている。
しかし、それを気にしている暇はない。
「やめて……ください……何で……」
「──出ていって『食人種』! 私を食べないで!殺さないで!」
その一言で、やっと察することができた。
今思えば、今まで察しが悪すぎたのだと感じた。
というよりは、気づきたくなかったのだ、自分がそのおぞましい存在であることに。
「僕が……『食人種』……」
ノアは全て理解したような気がした。
父親のあの言葉の意味も、
──お前さえいなければ!
母親が帰ってこなくなった理由も、
──今日は、早く帰れるように頼んでみるね?
全部自分のせいだったのだと。
自分が、『食人種』として生まれてきたからなのだと。
あの絵本の男の子のように、『食人種』は人を襲うから、自分が恐れられているのだと。
理解したノアは立ち上がり、女性の方を見た。
「──やめて! 来ないで!」
そう言って女性は、調理器具を持とうとするが、もう残っていたのは包丁のみだった。
流石の女性も、これを投げればどうなるか理解できた。
包丁を持ちはしたものの、投げるのにはかなり躊躇っている様子だった。
「それ以上近づいたら……これを……」
女性は脅すように包丁を構えたが、ノアはそれに動じなかった。
そして、
「──ごめんなさい」
ノアはそれだけ言って、踵を返しその家を出ていった。
「え?」
女性はその行動を理解できなかったが、あまりの安心に、腰を崩してその場に座り込んでしまった。
* * * * * * * * * * * *
これからどうすれば良いのだろうか。
自分は人に関わってはいけない存在だと自覚した今、自分のすべきことが分からなかった。
ノアは、自分のステータスを開いた。
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ノア・フィリップス
レベル1
役職:銃剣士
体力:43
魔力:24
攻撃力:21
防御力:21
魔攻力:10
魔防力:14
素早さ:31
知力:9
アビリティ:食人,自然治癒【体】
称号:食人種
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『食人種』という言葉が、今まで自分にかかっていた呪いであり、両親を失った原因。
でも、自分は好きでこんな風に生まれたのではない。
絵本の男の子のように、人を食べたこともない。
それなのに、どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。
その日を過ぎても、曇り空に陽が差すことはなかった。
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ノア・フィリップス(7歳時)
レベル1
役職:銃剣士
体力:73
魔力:27
攻撃力:26
防御力:24
魔攻力:12
魔防力:15
素早さ:38
知力:21
アビリティ:食人,自然治癒【体】
称号:食人種
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固有魔法:不明




