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第30話 ノアの過去『呪われた少年4』

 壁にかかっている時計は19時を過ぎていた。

 雨の勢いはさらに増していて、家の窓越しでもややうるさく感じた。

 ノアは、リビングを出ており、自分の部屋の中で昼飯用を食べていた。

 母親が帰ってこないという不満を、"食べる"ことによって解消するように。

 ノアは食事をしているのに、その部屋の中では雨音が響いていて、とても生活音は聞こえなかった。


「……お母さん……」


 そんな空間のせいで、弱々しい声も響かなかった。

 もう希望がないと半ば諦めて、昼飯用を食べ始めたのに、心の底ではまだ母親の帰りを待っていたのである。


「……ぅ……うぅ……」


 雨音にかき消されそうなほど弱々しい涙声だった。

 そうやってただ、雨は降るばかりだった。


* * * * * * * * * * * *


 職場の時計は19時を過ぎていた。

 ようやく仕事が終わり、母親は帰宅の準備を始めていた。

 19時ならばまだ残っている人は数人いたが、普段の母親なら自分の分の仕事だけでも21時までかかるため、人が残っている間に帰るというのは新鮮だった。


「……ノア……」


 そんなことよりも、母親の思考は早くに帰宅するということだけで埋め尽くされており、帰宅の準備が整うと、足早に職場を後にした。


 外は雨が降っており、傘を差さなければ秒でびしょ濡れになってしまうほどだった。

 雨の降る中、母親はひたすら走っていた。

 普段からあまり運動をしていない人間の足の速さや体力など、たかが知れていたが、それでも、1秒でも早く帰る理由が母親にはあった。


「……ノア……まだ、起きてるかしら……」


 ノアの待つ家と母親の職場は不幸にも7km以上はあった。

 交通機関の存在しないこの世界では、何kmあろうと歩くか走るかしかない。

 そうして走っていても、やはり長くは続かず、母親は呼吸を整えながら早歩きへと切り替えた。

 前しか見ていなかったため気づかなかったが、母親は道の反対側に2人の男女がいることに気がついた。

 それに気づいたと同時に、その男女の話し声が聞こえてきた。


「せっかく仕事終わらせて早く帰れたのに、雨降ってくるとか最悪じゃ~ん」


「お前はフィリップスさんに仕事押し付けただけだろ~? 俺はちゃんと終わらせたからな! フィリップスさんに手伝ってもらったけど」


「絶対おばさんが全部やったやつじゃんそれ~」


「失礼なこと言うなよ~。あと、フィリップスさんのことおばさんってお前……多分お前とそんなに年離れてねえぞ?」


「ええ、嘘!? 職場の女の子たちみんなおばさんって呼んでるよ?」


「あっそうなの? なら俺もおばさんって呼ぶわ~」


 2人の格好を見るに、どうやら遊び帰りらしい。

 母親はその会話を聞いて、つい足を止めてしまった。

 しかし、数秒後にはまた歩き始めた。

 母親にはそれを気にする余裕は残されていない。

 家で待つ我が子のためならば、煮えくり返りそうな怒りさえも抑えることができた。

 雨雲は暗さを増し、より激しく雨を振らせていた。


* * * * * * * * * * * *


 ノアは時計の時刻を確認するのを止めていた。

 その作業をすると、より虚しさを彷彿とさせるからだ。

 それに、確認しようとしまいと、どっちにしろ既に夜遅くなのには変わりない。

 それを知っていれば、確認する必要がなかった。

 ノアは、いつも通り自分の部屋で本を読んでいた。

 ノアの父親も母親も本が好きで、お互いの読んでいた本が新居に集まっているため、本の在庫は充分だった。

 本のページを1ページずつめくる度、虚しさを忘れられるような気がしていた。

 あくまで気がしていただけで、当のノア自身が孤独であることに何ら変わりはなかった。

 ノアの傍らには、その日だけで既に読み終わった本が10冊以上は置いてあった。

 これでもまだ少ない方であり、朝から寝る時までずっと本を読んでいるのだから、普段であれば1日20冊は優に読み終わる。

 今日に限っては、昼間にリビングで母親を待ち続けていたため、本を読んでいなかったのである。


「……明日は……大丈夫だよね……」


 読んでいた本をパタンと閉じて、ぼそっと言い放った。

 晩飯用も既に食べて終えており、切りよく本を読み終えれば、後は寝るのみだった。

 ノアは、やはり寝る直前にもう一度時間を確認しておこうと思い、リビングに向かった。


「……お母さん……まだ帰って来てない……」


 そう言いながら、壁の時計を見てみれば、時刻は22時を過ぎていた。

 ノアは普段は21時に寝るため、母親が帰ってくる頃には既に眠っている。

 しかし、自分が寝てから1時間経っても帰ってきていなかったとは知らず、やや驚く。


「……ごめんなさい……お母さん……」


 ノアは、自分でも無意識的に心の声を漏らしていた。

 特に何に謝ろうという気もなかったが、何故かその言葉が漏れ出た。

 そう言って、自分の部屋に戻り、ベッドの上へ寝込んだ。

 ノアの心の中には、希望と不安が入り交じっていた。

 明日こそは早く帰ってきてくれるのではないかという希望。

 今日がこれでは、明日も早く帰ってくるのは無理ではないかという不安。

 対義する2つの気持ちは、その部屋の中で唯一音を立て続けている物の影響で少し和らいだ。


「雨……大丈夫なのかな……」


 昼間から降り出していた雨は、晩になると何倍もの激しさに変わっていた。

 これだけ雨が降っていれば、風もそこそこ強くなっているだろうし、遠くの職場まで行っている母親がより心配になった。

 しかし、どれだけ自分が心配しようと、母親が早く帰ってきたりはしない。

 結果そんな考えに行き着いてしまい、ノアの心は雨雲と同じように暗く染まっていった。


 でも、明日の朝になれば、またお母さんが自分の食事を用意して待ってくれている。

 最早それだけが、ノアの希望だった。


「明日さえ……来れば……」


 色々なことを考えた末に、ノアは眠りについた。


* * * * * * * * * * * *


 外の雨は止んでいた。

 しかし、まだ雲が残っていて、早朝の日差しを浴びることは叶わなかった。

 ノアが起床してすぐに考えたのはそんなことだった。

 しかし、その数秒後にすぐ違和感を覚えた。


 家の中が、とても静かだった。


 ノアは無言でベッドを降り、部屋の扉を開けた。

 まさかそんなことはありえないと思った。

 今までそんなことは1度もなかったから。

 それが真実なのかどうかをいち早く確かめたくて、でも真実だった時が怖くて、部屋からリビングまでの歩みが遅くなってしまう。

 違うと言ってほしい、いつもと変わらないでいてほしい、そんな願いばかりがノアの頭を埋め尽くす。

 遅い歩みで、1歩ずつ進んでいると、壁の時計がギリギリ見えるようになった。

 5時を過ぎていた。

 いつもと同じ時間に起きている。

 だから、絶対にいるはずだ。


 リビングまでの最後の1歩を踏み出したところで、ノアは気付かされることになった。


「……お母さん……」


 台所には洗われていない弁当箱が2つ。

 その台所にも、リビングの椅子にも、どこにも人の姿がない。


 母親は、家には帰ってこなかったのだ。

==========

ノア・フィリップス(7歳時)

レベル1

役職(ジョブ)銃剣士(バヨネイト)

 体力:73

 魔力:27

攻撃力:26

防御力:24

魔攻力:12

魔防力:15

素早さ:38

 知力:21

アビリティ:食人,自然治癒【体】

 称号:食人種

==========


固有魔法:不明

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