第29話 ノアの過去『呪われた少年3』
ノアの3歳の誕生日、父親が家から出ていった。
専業主婦だった母親にとって、彼は生活に必要なお金をちゃんと稼いできてくれる大事な人材だった。
しかし、そんな彼が出ていってしまった。
母親が収入を得られる職に就くため、その日からすぐに仕事を探し始めたが、そんなすぐに働き始めることなど到底叶わず、最初のうちは貯金を切り崩しながら生活する羽目になっていた。
母親は尽力していた。
シングルマザーとして子供を育てながら、仕事も両立することだけで充分大変なのに、子供がレアケースな為、より慎重な育児を求められることとなっていた。
そうした生活を続け、ノアは7歳の誕生日を迎えることになった。
「お誕生日おめでとうノア」
早朝から自分の部屋で本を読んでいるノアの耳に、母親の優しい声が入ってきた。
「誕生日……ありがとう、お母さん」
ノアは6歳の時点で、かなり大人びた性格をしていた。
児童施設にも幼稚園にも行っていない為、同年代との関わりがなく、しかも家の中には絵本が少なく、小説ばかり読んでいたので、無理もなかった。
「誕生日プレゼント、何か欲しいものある?」
母親は毎年同じように、ノアに直接欲しいものを聞いた。
「別に大丈夫。僕にあげるプレゼントにお金を使うくらいなら、お母さんが少しでも楽になるために使ってよ」
ノアも毎年同じようにこう答えた。
「そう……わかったわ……ありがとうノア」
毎年同じ会話を繰り返し、その日は終わる。
母親は、ノアの気持ちを無下にするわけにもいかず、プレゼントは要らないと言われれば、あっさり承諾するようにしていた。
「それじゃあ……お母さんはお仕事に行ってくるから、良い子にして待っててね」
誕生日を迎え、誕生日プレゼントをあげることはなく、そのまま仕事に行き、ノアが寝付いた頃の夜に帰宅する。
これが、母親のテンプレート化された一連の流れだった。
ノアもその流れをよく知っていた。
しかし、今日になって初めて、その流れを断ち切ることとなった。
「……たまには、お弁当以外も食べたい」
その言葉は、部屋を出ていこうとしていた母親の足を止め、同時に母親を驚かせた。
「お母さん、毎日夜遅くに帰ってくるから、お母さんとは朝しか話せないし、昼と夕方もずっと1人だから面白くない」
母親は、まさかノアがそんなことを考えていたとは思わず、数年忘れていた感動を思い出したような気がした。
「あいつがいなくなってから、お母さんずっと忙しそうだし、たまにはお仕事休んで、どこか出かけたりしたい」
ノアの言うあいつとは、あの父親のことだった。
すっかり恨みを持ってしまい、まともに親とすら呼んでくれなくなってしまったのだ。
「……わかったわ。今日は、早く帰れるように頼んでみるね。でも、もし帰ってこれなかったら、お弁当食べてて。別の日に絶対に早く帰ってくるって約束するから。それと、お父さんのこと、あいつって言わないの」
そう言って母親は部屋を出ていった。
ノアは一見落ち着いた様子だが、その内心は、お願いを聞いて貰えた子供そのものであり、母親が昼頃に帰ってくるのをとても楽しみにしていた。
しばらくすると、玄関の扉が開いた音がして、同時にノアは部屋の窓から外を見た。
仕事場に向かう母親の姿を見ながら、母親が早く帰ってこれるようにと天に願う。
その空模様は、早朝なのにも関わらず、どんよりとした曇り空だった。
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家のリビングの壁にかかっている時計を確認し、15時を過ぎているのを知った。
14時を過ぎてから、薄々理解していた。
でも、お母さんが約束を守ってくれるって信じたかった。
ノアの心はそれだけだった。
初めてお願いした誕生日プレゼントは、徐々に約束の刻限を過ぎていき、ノアの心をどんどん曇らせていった。
「……きっと……大丈夫……」
1人しかいないその家の中で、ノアの独り言がやけに響く。
16時を過ぎてもなお、ノアはリビングに滞在し、母親の帰りを待ち続けていた。
食卓テーブルの上には、昼飯用と晩飯用の弁当箱が2つ置かれたままだった。
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「勘弁してくれよ……」
「すいません……でも、本当に外せない用事なんです……」
職場の上司に早退を相談しながら、壁にかかっている時計を一瞬見て確認する。
12時半を過ぎていた。
(ノア……)
「ただでさえうちは今忙しいのに、君に早退されると人手が足りなくなるんだ。普段からいつも一生懸命働いてくれてるのは分かってるけどさぁ……給料も他の人より多めに出してるし……ねぇ?」
嫌味な圧が、母親を襲った。
確かに、母親は人より給料は少し多めに出されている。
しかし、それは対価に見合った代金として当然なのだ。
母親は、他の職員の2倍は優に超えた仕事量を行っている。
別に母親の働いている職場が特別ブラックというわけではない。
誰だって、自分にとって都合のいい手駒があれば、使い倒したいと思うものなのだから。
「ですが──」
「こうやって言い争ってる時間だけでも、君ならすぐに仕事を終えられるだろう? 早く帰りたいなら、早く仕事を終えればいい。そうしてくれれば、私からも言うことはないよ」
人一倍仕事が多い人間に、早く終えれば良いという暴論を言い捨てる。
しかし、話を聞いてくれそうもないと感じた母親は、それに納得してしまい、自分の仕事場に戻っていた。
(14時までには……)
そう思い、母親はいつもより早く作業を行った。
母親の仕事は言わば裏手の作業であり、ギルドの資料や、冒険者の情報を整理するという仕事であった。
コンピュータの普及していない世界で、情報を整理するのはかなり困難であり、皆が苦手とする作業だった。
しかしそれでも、母親は「安定してお金が稼げるなら」と思い、2年と半年間その仕事を続けていた。
「今日なんかいつも以上に張り切ってますね? フィリップスさん」
突然話しかけてきたのは、そこそこ親しいぐらいの同僚だった。
「ええ……理由がありまして……」
「それならちょっとお願いしたいんですけど、僕今日用事があって早く帰らなきゃいけないんですよ……なので、僕の分も少し手伝ってくれないですかね?」
「ああ……ええと、私も実は用事があって、早く仕事を終わらせないと……」
「だったら、僕の分が終わったら、フィリップスさんの分も手伝いますから、お互いに協力して早く終えちゃいましょうよ!」
効率が何も変わらない提案をされて、母親は少し戸惑ったが、変に別の案を考えるより、さっさと終わらせた方が良いと感じ、渋々了承した。
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母親は同僚の仕事を何とか終えた。
その頃には既に13時半を過ぎており、母親の心を焦らせた。
「それじゃあ……私の方の仕事を──」
「あっ!すいません! 約束の時間14時で、今から出ないと間に合わないかもしれないです! ごめんなさい!僕先に帰ります!」
そう言って、同僚は足早に荷物を持って帰っていった。
最初から、母親の仕事を手伝う気などなかったのだろう。
それを疑っている余裕は母親にはなかったのである。
母親は特に何も言うことなく、自分の仕事場へ急いで戻った。
しかし、自分の机の上を見ると、その違和感には一瞬で気づけた。
大量の紙の束の上にメモ用紙が1枚貼られていた。
[すいません!私も用事があるので、これ今日中にお願いします!]
母親には、文句を言う暇もなかった。
(ノア……ごめんなさい……)
曇っていた空からは、いつの間にか雨が降り出していた。
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ノア・フィリップス(7歳時)
レベル1
役職:銃剣士
体力:73
魔力:27
攻撃力:26
防御力:24
魔攻力:12
魔防力:15
素早さ:38
知力:21
アビリティ:食人,自然治癒【体】
称号:食人種
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固有魔法:不明




