第28話 ノアの過去『呪われた少年2』
「──お父さん?」
母親の奥で、か弱そうに立っているノアがそこにいた。
ノアからはちょうど、母親の背中で彼の持っているナイフが見えなかった。
「おお、ノア。もっとこっちに来ていいぞ?」
それを聞き、ノアはのろのろと近づいていく。
母親はそれを見ていたが、悩んでいた。
──親を取るべきか、夫婦を取るべきか。
しかし、母親の隣まで歩いたノアは、そこで足を止めた。
「今日のお父さん、怖いよ?」
その言葉が、母親の見失いかけていた親としての心を再認識させた。
「──そうね、今日のお父さん、疲れてるみたい。あなた、今日はもう休んだら?」
母親は、見た目だけではあったが、ノアの目の前に出て、その場にしゃがんで、笑顔を作ってみせた。
その笑顔で、少なくともノアの心は穏やかになった。
しかし、もう1人の人物だけは、決して心を穏やかにすることはなかった。
それを聞いた彼は、包丁を握っていた手の力を緩めたと思いきや──
──ノアの前に立っていた母親の背中を切った。
「──お母さん!」
母親は声も出さず、静かに倒れた。
ノアの目の前には、先ほどの母親の笑顔とは相反した形相の彼が立っていた。
そして彼は、ノアの目を、その持っている包丁よりも鋭い眼差しで見つめた。
「……いなければ……」
「──え?」
「──お前さえいなければ……! お前さえいなければァッ!!」
ノアが生まれてから、常に虚ろだった彼の目は、その瞬間だけは、1つの感情に染まっていた。
ノアは、恐怖を通り越した何かのせいで、泣くことも、逃げることもできずにいた。
「ああぁ……アアアアァァァ!」
彼は、人間とは思えない叫びを上げ、頭を抑え始めた。
彼にはもう、何をしてよいのか、何をすればよいのか、何も分からなかった。
ただ彼には、目の前にいる存在が、自分たちの幸せを全て壊したノアが、何よりも恐ろしく、憎く、とにかく禍々しい何かとして映っていた。
混沌とした彼の脳内が、ひたすらぐちゃぐちゃになり続ける中で、脳裏によぎった手段の塊が、その手に持った包丁だった。
「──うわあああァァァ!!」
包丁を両手で握り、高く振り上げ、その数秒後には目の前のそれを刺すつもりだった。
しかし、頂点まで振り上げたところで、その動きは止まった。
「……」
彼の中の混沌、その中にあった1つが、彼の動きを止めた。
それは、彼が数分前に忘れてしまっていた、父親としての心。
その心を持って見れば、今のこの状況は、ただの虐待だった。
自分たちの生活を壊した相手を殺そうとしているのではない。
生活の制限を受けてきた可哀想な子供に、唯一理解をし続けてくれた2人のうちの1人である父親が、その子を裏切って虐待をしているだけだ。
「……はは……ああぁ……」
彼はもう、言葉を出せる状態ではなかった。
すっかり手の力が抜け、持っていた包丁を床に落とした。
……彼にはもう、何をしてよいか、何をすればよいのか、何も分からなかった。
その結果、彼はその足を動かし、目の前のノアを無視して、玄関まで向かった。
ノアは、それまでの流れをただ見ていただけだった。
元気の無い動きで、ドアのノブを回し、彼はその家から姿を消した。
その時、彼が考えていたことは、誰にも分からなかった。
それもそのはず、彼自身も、なぜその結果に落ち着いたのか、分かっていなかったからだ。
強いてあげるとすれば、母親を切り、子供にもあれだけ憎悪を見せた自分が、その子供を殺し、新しい生活を手に入れることなど到底叶わないと、無意識的に感じていたからだったかもしれない。
家に取り残されたノアは、母親の傷ついた体を見て、その意識を朦朧とさせていた。
それも無理もなく、子供ながらにして、先ほどまで父親だった人間から、あのような惨事を体験させられたのだ。
3歳の子供が、あの父親の思考を読み取れるわけもなく、彼がその出来事で覚えたことは、『大人は酷いことをする人間』ということだった。
しかし、そんな中でノアは、母親の心配をしていた。
「──お母さん!……お母さん……」
母親の体を揺すり、何度も呼びかける。
3歳の子供に傷の状態を判断し、それに対応することなどできない。
ノアはただ、酷い大人たちの中で、唯一自分を守ってくれる存在の母親を助けたい。
その一心で、何度も何度も、母親を呼び続けた。
「お母さん! ねえ!起きてよお母さん!」
ノアの弱った声が、空虚な家の中に響く。
しかし、誰にも届かない。
その現実が、ノアを心を苦しみで徐々に蝕んでいった。
「……お母さんも……僕を1人にするの……?」
弱り果てたその心が発した言葉もまた、家中に響く。
その時──
「……ごめんね……ノア……」
それは奇跡か、はたまた呪いか、その言葉が、母親を目覚めさせることに成功した。
「……お母さん……!」
ノアは心の底から喜びたかったが、傷ついた母親を目の前にして、それを抑制した。
「お母さんは大丈夫……ちょっと背中は痛いけど、すぐ治るから……」
実際、母親の背中の傷はそれほど深くなかった。
それを聞いて、ノアは喜びの感情を更に感じていた。
母親がいなくならない。
母親は、ずっと自分の傍にいてくれる。
それだけで、ノアは充分だった。
「お父さんは……きっと帰ってこないけど……でも、大丈夫よ」
それは、ノアにも分かっていた。
帰ってこないという喪失感よりも、ノアの中では、あんな父親はいなくなってほしいという欲望の方が強かった。
これからは、母親だけいれば大丈夫。
母親さえいれば、自分は1人じゃない。
幼稚園にも、学校にも行かなくてもいい。
自分を大切にしてくれる存在が1人いるだけで、それだけで良かった。
「大丈夫……大丈夫だからね……?」
そう言って、ノアの母は笑顔を作り、その顔をノアに向けた。
「……おかあ……さん……」
その顔を見て、ノアは唖然とした。
その笑顔は、母親が切られる前に作ったものと、なんら大差なかった。
しかし、ノアはすぐに気づいた。
大差のないその表情の中で、唯一違うところに。
「私は……あなたを見捨てたりしないわ……」
笑顔を作っている母親の表情……
その母親の目は……
彼女の目は、ノアも彼女自身もよく見ていたし、よく知っていた。
父親であり、旦那であったその人と全く同じ、虚ろな目だった。
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ノア・フィリップス(3歳時)
レベル1
役職:銃剣士
体力:43
魔力:24
攻撃力:21
防御力:21
魔攻力:10
魔防力:14
素早さ:31
知力:9
アビリティ:食人,自然治癒【体】
称号:食人種
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固有魔法:不明




