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第23話 『痛みを超えて』

「ウィズアエラス!」


 そう言い放ち、僕は空高く舞い上がってみせた。

 見下ろすと、僕が元いたと思われる場所では既に、あの牛が大斧を振り下ろしていた。

 初速こそ遅かったが、やはり牛だからか、加速力は半端ではなかったらしい。

 そうして、牛が僕の飛び上がった方向を見上げる。

 その時には既に、僕は"それ"の照準を牛に定めていた。


* * * * * * * * * * * *


──グリフィン大洞窟にて


 洞窟の最奥で、ルーシュは下半身が無惨な姿になって倒れている。

 そこに、文字通りの透明肌にスーツを着た男が現れた。


「……これはこれは……何とも……フフッ」


 魔人はその勇者の姿を嘲るように笑った。


「腕に変な物も付属していますし、よほど必死だったんでしょうかねぇ」


 ルーシュの腕には、例のスピアガンがぶら下がったままだった。

 スピアガンとは言えど、見た目は小さく、重量も軽いため、どちらかと言えばフックショットの方が近いかもしれない。


「まあ……本当の所有者は存じ上げませんし、こちらは勇者様の戦利品ということにしておきましょうかねぇ……フフッ」


 そう言って、魔人は勇者の腕からスピアガンを容赦なく抜き、衣服の中にそれを入れ込んだ。


* * * * * * * * * * * *


 魔人がこの銃を捨てていなくて良かった。

 なんのつもりで持たせたままにしているのかは知らないが、これがあれば相手に毒を付与することができる。

 詳しい使い方などはまだ1度も使ったことがないので分からないが、とりあえずはトリガーを引けばいいはず。


 そうして、思い切り銃のトリガーを引いた。

 ──すると、銃口からシャトルが勢い良く発射され、数百メートル下の牛まで一切のブレのない弾道を描いて見せた。


 さすがの牛も、突然そんな物が飛んでくるとは予想していなかったらしく、自身の初速の遅さを視野に入れてか、腕で防御せざるを得なかった。

 しかし、僕は知っている。

 あのシャトルがどれだけ鋭く、かつどれだけ自分で抜くことが困難かを。

 僕は身をもって知っている。


 予想通り、シャトルは牛の腕に突き刺さり、その隆々とした筋肉の中に深く潜り込んだ。


「クソッ! こんなモン──!……抜けねェ……」


 僕自身がこの牛の体力を切らせて勝利することは間違いなく無理だろう。

 実際どれだけ体力があるのかは知らないが、あのタイプの魔物だ、膨大な量あるに違いない。

 だから、少し卑怯ではあるけど、毒を使わせてもらう。

 あいつに毒耐性がなければ、耐久戦でなら勝てる可能性がある。

 牛は未だに、シャトルを精一杯抜こうとしている。

 あれだけの筋肉を持ち合わせながら抜けないとは……中々に恐ろしい武器かもしれない。

 しかし、抵抗され続けて万が一抜けでもしたら困るので、僕も阻止させてもらう。


「空中なら、もっと抜きにくいんじゃないか?」


 そう言って、銃のレバーを引き、ロープを巻き上げ始める。

 最初は僕自身が牛側に引っ張られたが、途中から牛も引力に耐えることが出来なくなったようで、地面から足を離していた。


(距離はまだ充分ある。力を精一杯込めてこの銃を力点にして振り回せば、流石の牛でも空中で遠心力に耐えられるはずがない)


「──はあッ!」


 かなり重い銃を、思い切り右に振ってみせた。

 そうすると、頑丈なくせによくしなるロープは、牛を離さないまま弧を描くように綺麗に湾曲した。

 その様子はまるで、一種のおもちゃのようだった。


「にしても、これだけ振り回しても抜けないなんて……どんな力で抜いたんだよ……あの魔人」


 独り言をぼやきながら、牛を振り回し続ける。

 振り回した時の遠心力が強過ぎたせいか、ロープの巻き上げは止まっていた。

 気分を悪くしてギブアップとかしてくれれば助かるのだが、多分そんな気はさらさらないのだろう。

 地上まではまだまだ距離があるため、あと4往復ぐらいできそうだが、あの牛はこのまま振り回され続けるつもりなのだろうか?


 そういえば、僕は牛の戦闘スタイルどころか、アビリティ、ステータス、名前さえも知らない。

 戦う前にこっそり見ておけば良かったかもしれない。

 しかし、牛は俯き、ただ僕の思うがままに振り回されている。


(諦めているのか? あの性格でもう諦めるなんて……そんなわけないはず……)


 若干の警戒は保ちながらも、行動は止めない。

 すると、たまたま地上の馬が僕の視界に入った。


(あれは……何をしているんだ?)


 地上まで距離があり過ぎて、馬の様子が上手く見えない。

 ただ、何かをしている。


「……耳を…………覆って?」


 つい言葉に出てしまった。

 馬のその行動が何を意味するのか理解するのは、難しいようで簡単だった。

 まさかと思い、僕も咄嗟に片手で片耳を塞ごうとする。

 しかし──


「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 相手は既に行動を起こしていた。

 牛の災害レベルの叫び声は、僕の耳の中にナイフのように突き刺さり、結果として鼓膜を切り裂いた。

 僕の片手は間に合わず、耳を塞いだ時には、既に掌に血が付着していた。


「──ぐあぁッ!」


 片耳は塞ぎ遅れ、もう片耳に関しては塞ぐことすら出来なかった。

 というより、あれだけの声量を出せるなら、耳を塞いでも意味はなかったような気がする。

 僕の両耳からは痛みは既に消えて、微かな生暖かさを感じ、難聴と今までで1番の耳鳴りに襲われていた。

 鼓膜は破られたが、それでも銃は離さなかった。

 どうやら、今までの経験から、多少の忍耐力は勝手に身についていたらしい。


「──くっ! でも……1度破れれば、お前のその叫び声は意味を成さないだろ……?」


 ここに来る直前まで、下半身全てが潰れていたのだ。それに比べれば、この程度まだ痛みに入らない。

 そう思っていた。


「──ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」


 牛の声は、音楽記号のクレシェンドのように、叫び続けながら大きくなっていく。

 どんな声帯をしていれば、そのようなことが可能なのか分からない。

 しかし、問題はそこじゃない。

 僕は既に鼓膜が破れていて、牛の本来は大声であるはずの声も、あまりよく聞こえていなかったのだ。

 それなのにも関わらず、それが大声なのだと次第に嫌でも伝わってきた。

 耳の中で、塞がっていなければならない空間全てが切り裂かれていくような感覚を覚える。

 痛みは少なかったはずだった。

 しかし、どれだけ耳の奥まで刺激しようと大きくなり続けるその声は、とうとう僕の脳神経まで到達した。

 少なかったはずの痛みは、電撃のような殴打のような、とにかく鋭く重い痛みとなって脳内に広がりだした。


「──お゛あ゛あ゛!!」


 これは勝てない。

 僕のダメージを受けた脳みそは決断を下し、手に持っていた銃を捨てていた。

 そして、静かに落下していく。

 今の僕に、落下音など聞こえるはずも無く。

==========

ルーシュ・ラナタイト(回想中)

レベル77

役職(ジョブ)魔法騎士(ルーンナイト)

 体力:902

 魔力:673

攻撃力:392

防御力:299

魔攻力:406

魔防力:351

素早さ:417

 知力:381

アビリティ:王家,勇者,転生者,捕食,自然治癒【体】,自然治癒【魔】,生物感知・極,魔力感知・極,魔導・極,物理耐性・極,魔法耐性・極,毒耐性・極,陽炎・極,水月・極,疾風・極,慈悲・極,個性・極,達人・極

 称号:勇者,美食家

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固有魔法:不明

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