番外 ???の記憶1『万年に一度』
──???にて
突然目が覚めた。
辺りは暗く、目が闇に慣れても、何も見えなかった。
耳を澄ましても、何も聞こえない。
空間から遮断されたかのように、これほどまでにない無音を体感した。
「……あっ…………」
声を発することはできる。
そして、自分自身の声が、その無音を断ち切ることができる。
どうやら空間から遮断されたわけではなかったらしい。
しかし、声を上手く言葉にできない。
生後間もない赤ん坊のように、言葉による意思表示ができないのだ。
だが、そこは今大きい問題じゃない。
音が聞こえるということは、自分は今、何らかの状態で存在しているということになる。
視界が常に闇なのは、真っ暗な場所にいるせいなのか、盲目なのか、それとも……
視覚を頼ることができないので、今度は触覚が使えるか試してみる。
というより、その答えは既に出ている。
声を発した時ぐらいから自分は、無意識的に辺りを手を使って探っていた。
冷たく、硬く、表面が少しざらついている壁と床。
その壁と床に囲まれたこの空間の体積は、およそ1~2立方メートルぐらいだろうか。
視覚が使えない分、他の感覚がより研ぎ澄まされているような気がした。
ここまでの情報で、自分は今、何らかの生物として存在していることは確かだろう。
闇のせいで自分の体が見えず、どんな姿をしているのかわからない。
そして、自分がどこにいるのかさえも。
この状況そのものの答えを出すまでには、一切至っていなかった。
すると、今まで無音だったはずのこの空間に、わずかに音が聞こえた。
すぐさま耳を澄まし、より音を鮮明に聞こうとする。
「──まで、──が攻め────ます! 我々が──止め──ので、──様は──様の────をお守り──さい!」
「わかった! 絶対に──でないぞ!」
ほとんど何を言っているのか聞こえない。
耳を澄ましていると、次第に1つの足音が近づいてきているのがわかった。
その足音が響く度に、自分の中の恐怖を被った好奇心が強まっていくのを感じた。
そして、足音が耳を澄まさずとも聞こえるまで近づいた時、その音は止まり、代わりに誰かの声が鮮明に聞こえた。
「いいか? 絶対に目を開けてはならないぞ!」
状況的に自分に言われているのだと言うことはわかった。
しかし、こんなにも暗いと、自分が目を開けているのか閉じているのかもわからない。
瞼の感覚というのは、触覚だけではわかりにくいことに今更気づく。
自分の瞼を軽く触って確認しようと、ゆっくりと手を眼前まで持っていく。
その時──
──大きな物音を立てて、目の前の石壁が破壊された。
あまりにも眩しく、数秒間はそこにいるはずの人の姿すらうまく目視できなかった。
そうして、それと同時に、自分が本当は目を閉じられていなかったことに気づく。
慌てて目を閉じたが、どうやら少し問題だったことは、自分の前にいると思われる人の発言から理解した。
「──くっ! いや……この程度……!」
石が破壊される音が遅れてもう1つやってきた。
この目の前にいる人が何かしたのだろう。
この人に詳細を聞かなければ……
「……ああ…………あ……」
そうだった、自分は言葉が使えない。
どうにかして意思を伝えられないか尽力していると、頭を上から掴まれ、下に向けられた。
そして、
「怪我などは……ないようだな。いいか? 目を開けずに聞くのだ。ここはもう危険だ。私とて心苦しいことだが、お前をここから遠く離れた場所へ避難させなくてはならない。私は、できる限り遠くの安全な地にお前を連れて行くつもりだが……もし、私の身に何かあった場合は、自分自身で問題を対処しなければならない。どの道、私はもう長くないからな……」
僕に淡々と言葉をぶつけるその男の声は、かなり焦っている様子だった。
言葉の内容的にも、きっと何か良くないことが起きているのだろう。
「なんと言ったってお前は……いや、まだわからないか…………とにかく、お前を安全な場所へ連れて行く! 絶対に目は開けてはならないからな!」
フリかと思えるほど言われているが、この焦りからして、恐らく本当に開けてはまずいのだろう。
間髪入れずに男の腕が腹部に回り込み、担がれた。
そして、すぐさま男が走り出したのがわかった。
「ここらの安全な場所は……」
「いたぞ!」
「くっ──」
僕のすぐ近くで一体何が起こっているのか、一切わからない。
響き続ける崩壊音に、 鳴り止まない足音。
1つが走り、それを追いかけるようにその他も走る。
「しつこい奴らめ──!」
その瞬間、禍々しい気配をこの男から感じた。
「──ぐあああ!!」
同時に、その他の方から叫び声が聞こえた。
この男が何かをしたということで間違いないだろう。
「この様子なら……出入口から出るのは無理そうだな……ここの窓を使──!」
突然銃声に似通った音が聞こえ、男の言葉が途切れた。
すると、男はその場に座り込んでしまった。
「あっ……ああ……」
何があったのか聞きたくても聞けない。
そして、何者かの足音が近づいてくる。
さっきまでの男の足音じゃない。
「捕縛対象、無事です」
その言葉と同時に、自分を別の誰かがまた持ち上げた。
さっきまでのとは違い、守るためではなく、連れ去るために持ち上げているのが、触覚から伝わってくる。
その瞬間──
「──目を開けるのだ!」
あの男のことをいつの間にか信頼してしまっていたのか、その言葉を聞いた時、反射的に目を開けていた。
「なッ! やめろッ!──」
目の前には、特殊な格好をして、クロスボウらしき物を持った人間がいた。
黒いプレートアーマーらしき物を身に付けているが、目元だけ開いていて視認できる。
「──ぐああ! キ……サマァ……!」
──その瞬間、自分に蹴りが飛んできた。
「……あ……あ!」
言葉には出ないものの、苦しい様は誰でも見ればわかるだろう。
かなり痛かったし、身体の内もなんだか熱い。
起き上がってもう一度その男の方を見ると、かなり飛ばされていたようで、距離が大きく離れていた。
「──やめろォ! 見るなァ! やめ──!……」
男が僕に手を伸ばしていたが、言葉が途絶えた途端、男の生物としての威勢すら失われたような気がした。
恐らく死んだのだろう。
プレートで覆われたその身体が一体どうなっているのかはわからないが、きっと……
しばらくその場に腰を下ろしたまま、状況を把握しようとすると、
「よくやった……お前はその力を上手く扱えるようにならなくてはならない。もうわかっていると思うが、お前は『見た生物を石化させる』特別な目を持っている。これはお前のアビリティでも、固有魔法でもない。お前自身の最大の武器なのだ。これから出会う者達には、散々なことを言われるかもしれないが、お前が気に病む必要など、何一つないのだ」
背後からその声が聞こえたと共に、アイマスクのように布を頭に巻かれた。
「悪いが……私はもうもたなそうだ……お前を遠くの平原に転送する。どうにかして、長生きしてくれ……難しい願いなのは承知だ」
そうして、足元が段々と謎の力で包まれていくのを感じた。
まだ、何もわかっていない。
この状況も、自分に何が起きているのかも。
──この世界のことも……




