ギルド最強剣士が逃げた顛末
「つまりな、もっといろんな事をやってもらわなきゃいかん。
ソロに固執しているのもそうだし、護衛とか他の仕事も出来るような奴じゃなきゃ、これ以上ランクは上げられんのだ。
ソロで討伐以外をする気が無いなら、このままずっとDランクだぞ」
15歳で冒険者になって3年。
俺はかなり強いモンスターを倒しているのに、一向にランクが上がらない。俺より弱い連中にも、ずいぶん先に行かれてしまった。
そう思った俺は、ギルドの職員に文句を言いに行った。
その結果、返ってきた答えがこれだ。
「確かになぁ。ソロでワイバーンを討伐できるのは凄い事だ。この冒険者ギルドにそんなCランクはいないし、他の所のCランクの連中でも、それが出来る奴はそうはいないだろう。
でもな、そんな連中でも、商人の護衛とかが出来るんだよ。お前に出来ないことが出来るんだ。だから、Cランクなんだよ」
俺はこの冒険者ギルドでは、最強の男であると自負している。
北の山脈に棲んでいるワイバーンをソロで討伐できる、この冒険者ギルドで唯一の男だ。パーティだって、安定してワイバーンを狩れる奴らなどいないだろうに。
つまり、相応の評価をされても良いと思う。
他の冒険者ギルドには俺よりも強い奴が居るだろうが、それでも、俺の価値が下がる訳じゃない。
そんな俺が、なぜDランクに甘んじてなきゃいけないんだ。
ソロで何が悪い。
下手に実力が違う奴と組めば、事故が起きかねないじゃないか。
一時的に教導って事で教えるのは構わないが、仲間に俺と同等の実力を求めることの何が悪い。
「その協調性の無さが問題なんだよ。
お前とは、安心して組めない」
そうかい。
だったらこんなギルド、もう辞めてやるよ。
俺は俺を評価してくれるところで頑張らせてもらう。
「新しいところでは上手くやれよ」
言われるまでもない。
こうして冒険者ギルドを辞めた俺は、剣の腕だけで評価される職場を探すことになった。
冒険者であれば、剣士としての腕一本で成り上がれると思っていたのだが、アテが外れた格好になる。
冒険者は自由にやれて、実力主義の職場だと聞いていたから選んだ仕事だったが、それは間違いだったようだ。実力主義と言っても剣の腕以外も求められ、しかもそれが戦いに関係しないとなると、俺のする事じゃないと思ってしまうので、どこが自由なんだと言ってやりたい。
特にソロは駄目だと言われるのは納得できなかった。
ソロでもそこらのパーティ以上に結果を出して実力を証明していたというのに、それは評価の対象外と切り捨てられてしまった。
だったらせめてパーティを組めと言われるのだが、何人かと組んでみたが実力が違うので、寄生されて終わりなのだ。
運が悪かっただけかもしれないが、何度も失敗すれば苦手意識も出てくる。
俺はソロでやれることを証明したかったのだが、見向きもされず、ギルドでは評価される以前の扱いだったと思う。
できればソロでそのままやりたかったので、衛兵とか、商人の専属護衛とか、そういった仕事はやりたくない。
行き着いた先は、商人の専属調達人という、一風変わった仕事だった。
「定期的にこちらの指定するモンスターの素材を卸して下さい。方法は問いませんよ」
要は、冒険者ギルドを挟まない、モンスター素材の売却の仕事だ。
冒険者であれば自分の判断でやりたい時にできる仕事を請け負い、ギルドに売却するだけで収入になる。
専属調達人の場合は、商人がいつ・どこで・どのモンスターを狩るのか指定してくる。スケジュールに自由が無いのだ。
俺の場合、そうやって管理されあれこれ言われるのはそこまで苦にならない為、それで問題無かった。
やり方、ソロで戦うことに口出しさえされなければ、それで良いのだ。
「いやー。腕の良い調達人が来てくれて助かりますよ。ワイバーンの尻尾の毒針の調達、またお願いしますね。
ああ、そうだ。他の素材はどうしていますか?」
基本的に、その場で廃棄処分をしているよ。
残すと獣が寄ってきて、他の人の迷惑になるかもしれないだろう?
「――できれば、それも回収したいですね」
なら、別の連中に頼んでくれ。
俺は他の連中と組みたくないけど、そいつらが何をするのも気にせんよ。
「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます。
それにしても、冒険者ギルドも馬鹿なことをしたものですよね。貴方のような剣士を手放すだなんて。
少しぐらい融通を利かせれば、これほど良い人材もないというのに」
俺もそう思うよ。
俺が冒険者ギルドを辞めてから1年経った。
俺は商人からランクに縛られない評価を得て、冒険者時代よりもずっと実入りが良くなったことで、莫大とは言わないが、それなりの財を得ることになった。
現状に満足し、これで良かったと思った矢先、事件が起きた。
「モンスターが来るぞ! スタンピードだ!!」
俺のいる街を、大量のモンスターが襲ってきたのだ。
「お前も冒険者として参加してくれ! 頼む!」
かつて俺をCランク冒険者に相応しくないと言った男が頭を下げている。
戦力としてアテにしてきたらしい。
いや、引き受ける訳がないだろうが。
「ランクは上げる! Cランク、いや、Bランクだ!
どうだ、それなら問題無いだろう?」
それ以前だ。
ランクを上げたかったのは以前の話で、今は新しい職場で上手くやっているので、冒険者に戻る気などサラサラ無い。
Bランク冒険者になってどうするんだよ。
「っ!? そうか、なら、金を出す! これぐらいで――」
「話にならない端金ですね」
冒険者ギルドの使いの男が俺を連れて行こうと交渉している場に、今の雇い主が現れた。
そして馬鹿にしたような顔で男をあざ笑う。
「だいたい、こちらが依頼をする時の半額程度ですね。モンスターを一回討伐すれば余裕で稼げるような金額で、ウチの主力を引き抜くつもりですか。
しかも、私どもに何の説明も無しに」
雇い主はキレていた。
俺を雇っているのだから、自分に話をするのが筋だろうと。
冒険者ギルドに仁義はないのかと、本当に怒っていた。
俺が怒られている訳ではないが、居心地の悪さを感じる。
「申し訳ありません! ですが、緊急事態なんですよ! この人を引っ張っていかないと、街にどれだけの被害が出るか……」
使いの男は俺の時と違い、態度を一変させた。ウチの雇い主の商会はかなり大きいので、無礼はできないという事だろう。俺は適当に扱っていいのかと問い詰めてやりたい。
使いの男は雇い主にしどろもどろで弁明するが、雇い主はそれを一刀の下、切り捨てた。
「彼は以前、Dランク冒険者だったと聞いています。Dランクと言えば、一人前でも下の方の実力しか無いという評価のはずですよね? しかも、Cランクには上げられないという程度の評価だった。
だったら、そこまで気にしなくても良いでしょう。だって、Dランク相応の実力しかない男一人、いてもそこまで大きく戦局に影響しませんから」
「違います! 彼は冒険者ギルドでも特に強いと言われて、いて、その……」
使いは弁明するが、雇い主に睨まれ、次第に声が小さくなる。
強くてもランクは上げない。
だが、その強さは利用する。
やっている事の節操のなさに、自分でも気が付いているからだ。
ウチのボスが言っているが、低評価であれば、働きも相応のもので構わないはずなのだ。
高評価であれば、相応に報いるのが正しい雇用関係だろう。
奴隷のように安くこき使うことが、健全なはずがない。
俺をまともに扱わなかったのだから今の状況がある。
それは、今さら言っても仕方のない話なのだ。
「私どももこの街の住人ですからね。人を貸してほしいというなら、適正な対価で貸し出すとしましょう。
具体的には、これぐらいで」
「そんな!? そこまでの予算がありませんよ!
第一、私にそこまでの権限はありません!!」
「ならば、権限のある人に話をしなさい」
「ひぃっ!? はいぃ!! 分かりました!!」
その後、俺は商人の雇われとしてスタンピードの防衛に参加し、かなり活躍した。
俺が以前、冒険者ギルドでDランクでしかなかった話を誰かが吹聴して、冒険者ギルドのDランクの基準を大いに間違わせることとなった。
Dランクの冒険者にCランク以上の依頼金で仕事をするようにと言われるらしく、受付業務が滞り、頭を抱えているらしい。
その件に俺は関わっていないので、知った話ではないが。
活躍した俺は、街の英雄として名声を得たが、一番名を売ったのは俺の雇い主である。
腕の良い剣士を雇っているという事で、金になる仕事がいくつも回されみたいだよ。それだけの信頼を得たって事だ。
逆に、冒険者ギルドは俺を冷遇したことで評判を大いに下げてしまったようだ。
ついでに、俺を借り受けるときの支払いで泣きそうになっているらしい。ざまぁ。
今回の件について、雇い主はこんな事を言っていた。
「貴方を使いこなす事はそこまで難しくなかったのに、従来のシステムに拘り過ぎた。
状況は常に変動しているのにそれを理解せず、昔から上手くいっているからと言って変化を嫌い、改善や改革を怠った。
彼らの罪をあえて一つ挙げるのであれば、怠惰だったという事ですよ」
俺の雇い主は、中々言う事が厳しい。
まぁ、その被害者だった俺も組織の中での柔軟性が足りなかったわけではあるが。
「従来の基準でしか評価せず、冷遇して、逃げられた。それを悪いとは言いませんよ。ただ、相応の行動をした結果、ああなったというだけです。
つまり彼らは罰など受けていません。今の状況はただの結果です。どれだけ悪しき様に言われようと、それは罰ではなく、正当な評価です。
いい結果が欲しければ、相応に行動しなければいけないと、ただそれだけなのですから。
貴方の場合は、ギルドに見切りをつけて、自分が自分のまま生きられるように行動したからこそ、今があるんじゃないですか? 逃げるという選択を選べる柔軟性と行動力があったんです」
……まぁね。
あそこで冒険者に固執し続けていたら、こうはならなかっただろうよ。
ギルドに評価を奪われて、ただのDランク冒険者のままだっただろうな。
「彼らは現実を見ず、動くのが遅すぎた。それだけですよ」
そうだね。違いない。