黒衣の陰謀②
エクスキャリバーンが、淡々と語ったあの一言。
【……目を覚ましたら、目の前に誰かがいたんですよ。黒い恰好をした男か女か……その誰かが言うんですよ、「お前に命を吹き込んだ」って】
そのフレーズが、ルルルンの脳裏に焼きつく。
──黒衣の男。
強烈に、そのイメージと結びついてしまう。
「なんか思い当たる事があるって顔してません?」
「え?」
「ウルサでの一件、師匠隠してる事あるでしょ?」
「え?いや」
言うべきか。
“黒衣の男”のことを、ここで話すべきか。
聖帝──いや、カオリに話せば、確実に事態は動き出すだろう。それが“正解”なのか? ルルルンの胸に疑念が残る。
「なにもないよ!!」
「ふーん」
明らかに嘘だと分かっていながら、カオリはそれ以上追及しなかった。
「いいです、師匠が話したくなったら話してください」
「うん、ごめん、そうする」
「いや、師匠……はぁ、もういいです」
「ん?」
下手な駆け引きに、カオリは溜息をつき、話題を打ち切った
「とにかく、この話はあくまでも何の確証もない妄想です、異世界から転生した自分だから考えうる可能性の話」
「そうだな妄想はカオリの得意分野だもんな」
「そうです、私の得意分野です!そしてそれは外れたことがあまりない!」
「うん」
「いつか必ず真相にたどり着きます!!!」
勝ち誇ったように胸を張るカオリに、ルルルンは曖昧に頷きながら、やはり黒衣の男の話は胸にしまっておこうと決意を固めた。
「師匠はこれからどうするんです?」
「どうする?」
「この世界で、魔女なんか匿いながら、なにをしていくんです?」
「起業だけど」
「え?」
「いろいろと準備は進んでるよ、少しずつだけど」
「え?え?」
カオリは目を丸くした。
「なんですかそれ!!!!!!!!!」
「そんなに驚くこと?」
「驚くっていうか、そんなの、いや、でも私は、ぐぬぬぬ」
「聖帝やってなかったら、カオリも誘うんだけどね」
「えー!それ!ズルい!!それ言うのズルい!!!!」
ぎゃーぎゃーと喚くカオリ、そこに聖帝の威厳は微塵も感じられなかった。
「お前は聖帝としてがんばってんだから、いいんだって、俺もカオリ見習って頑張ろうって今日思えたよ」
「でも、私は、聖帝である前に、あなたの弟子で部下のミズノカオリです、ズルいって思うのはどうしようもないです」
「でも聖帝やめるわけにはいかないだろ?」
「それはそうです」
「だったら、応援だけしてくれ、それが一番俺には効果的だ」
「はい……」
しぶしぶといった感じで頷くカオリの様子に、ルルルンは弟子として厳しく指導していた頃の記憶を思い出す。
「立派になったと思ったけど、やっぱりカオリはカオリなんだな」
「師匠……一応10年この世界では先輩なんで!そこを忘れないで下さいね!!」
「わかったわかった」
二人が懐かしさを分け合いながら談笑していると、扉の向こうからノックが聞こえた。
「聖帝様、そろそろお時間です」
従者の一人が頭を下げ、静かに告げる。
「わかった、すぐに行く」
「聖帝様だね」
「ええ、こう見えても私、聖帝ですから」
そう言ってニコリと笑い、カオリは部屋を後にした。
その振る舞いは、先ほどまで泣きじゃくっていた彼女とは別人のようで──確かに“聖帝”そのものだった。
聖帝と入れ替わりで、心配そうなカインが入ってくる。
「おい、聖帝様に無礼は無かっただろうな」
「うん、無かったよパイセン」
「そうか、ならいい」
「聖帝って、すごいんだね」
「は?なにを当たり前の事を」
「聖帝様を助けてやってねパイセン」
「なんだそれは、偉そうに」
思わず、親心のような感情でカインにお願いをしてしまう。
──聖帝との再会は、ルルルンの心に“光”と“闇”、両方を残していった。
「(黒衣の男ね……)」
胸の奥に刻まれたその影が、やがてこの世界を混乱に巻き込む。
その時は、確実に近づいていた──。