転生者カオリ①
ルルルンがカインからひとしきりお説教を受けている間に、聖帝カオリはすっかり気持ちを落ち着かせ、いつもの神人めいた雰囲気を取り戻していた。
そしてその後、聖帝騎士団のトップらしく、きっちりとした口調でカインに退出を命じ、ルルルンとの密談が静かに始まる。
「改めまして、師匠、無事で良かったです、本当に」
「いやぁ、ほんとそれな」
「ほんと、それですよ」
思わず、ふたりの口元に笑みがこぼれる。
「で、なんでカオリが聖帝なんかやってるの?」
「え?それ聞きます?すっごく長くなりますよ」
「長くてもめちゃくちゃ重要な事なんだけど」
「私の話より師匠の話しません?めちゃくちゃ興味あります」
「どうでもいいけど聖帝の時とキャラ変わりすぎだろ」
「一応ね、聖帝なんで私、みんなの前ではちゃんとしますよ、それに見た目はイケメンの男だし言葉使いも気にしてますよ!」
「あぁ、そう」
「それより師匠!」
カオリの瞳がきらきらと輝く。ルルルンの話を心から楽しみにしているのが伝わってくる。
懐かしい嬉しい気持ちとは裏腹に……なんだろうか、今まで培った偉大なる聖帝像が崩れていく。
世界中から尊敬され、ライネスからは神のような扱いを受けている聖帝が、まさか自分の弟子であり元部下だとは……。
ギャップの激しさも相まって、ルルルンは複雑な気持ちを抱えながらも、自分が転生してからの出来事をかいつまんで語っていく。
「———というわけ」
「なるほど、その節はライネスがご迷惑をおかけしました……」
「いや、ライネスには感謝しかないよ。最初はまあ、あんな出会いだったけど、今は一番の理解者だ、ライネスと会ってなかったら俺は何も分からないまま、今頃なにやってたか、感謝してもしきれない」
「ふーん……」
「……なんだよ」
「なるほど、なるほど、大体の状況は理解しました、それにしても……」
カオリは改めてルルルンの姿になったヨコイケイスケをまじまじと見つめる。
「いや、そんな目で見られても、自分が一番分かんないだよ、なんでルルルンなんだろうな?」
「私は嬉しいですよ、師匠がルルルンで」
当たり前じゃないですか、みたいな表情でカオリは話す。
「まあ、お前はそうだろうな」
「むふー、だってルルルンかわいいじゃないですか、青い髪、澄んだ瞳、しなやかなボディ!非の打ちどころがない、完璧な美少女!こうやって実際に受肉して理解できるその完璧さ!!!!!中身は師匠ですけどね」
「生みの親目線だな」
「そりゃそうです、ルルルンは私の娘みたいなもんですから!!あ、おっぱい触ってもいいですか?」
「だめだよっ!!!その見た目で言っちゃいけないセリフだよっ!!!」
ルルルンのデザインや設定のほとんどは、カオリの素案に基づいて作られたキャラクターだ、キャリバーンに関しては100ヨコイケイスケだが、ルルルンはカオリと一緒に作り出したと言っていい。
だからこそ、ルルルンはカオリにとって特別な存在であり、愛着も深い。
「時に師匠は、ルルルンの身体で興奮とか……するんですか?」
「しないよ。慣れって怖いな」
「まぁ、気持ちは分かります、はい」
「……お前も大変だったよな」
「ほんと、それです」
お互いにしか分からない気持ちを共有し、カオリは話を本題に戻す。
「ライネスから名前を聞いた時、びっくりしましたよ!」
「そりゃそうだ」
「たまたま同じ名前かと思ったんですけど、報告書には青い髪の女性ってあって……どう考えてもルルルンでしょ?ってなって……気になって気になって」
「で、聖帝の権力使って一般市民のしがない街娘を直接呼び出したってことね」
「言い方良くないです!」
「事実!」
「まぁ、結果オーライだし、なんなら転生してから一番の最良って思ってます」
「まあ、そうだな、確かに最良だ」
「でしょでしょ?もっと褒めていいですよ!」
あぁ、やっぱりミズノカオリだ……。
聖帝と呼ばれ、自分と同じく性別も姿も変わってしまったけど、ルルルンの目に映る彼女は、間違いなく自分のよく知るミズノカオリなんだと、ルルルンは改めて感じていた。
「ほんとうに師匠なんですね……」
「え?あぁ」
その感情はカオリも同じである、奇跡の再開を果たした自分の師匠を前に、また飛びつきそうになるが、ぐっと堪える。
「ダメダメ、ちゃんと話してから抱き着きます」
「抱き着くの禁止にしていい?」
「禁止でも抱き着きます!」
「で?なにから話す?」
「まず、最初に話しておかないといけないのが、転生したタイミングです」
「タイミング?」
「はい、師匠が転生したのは、話を聞くに、つい最近だと思うんですが、私がこの世界に転生したのは15年前なんです」
「え?」
「15年前です」
「ええええええええ!!??」
「異世界先輩になります」
驚愕の事実だが、確かにライネスの話等を紐解くと、聖帝がトップとして聖帝騎士団を結成したのが10年前なのだから、そうでなければつじつまが合わない話である。
「じゃぁ今カオリは何歳なの?」
「え?それセクハラですよ!」
「ごめんなさい」
「冗談ですよ、今は25~30くらいだと思います」
「曖昧だな」
笑みを浮かべながらも、カオリは淡々と話を続ける。
「転生した私は、子供の姿でした」
「子供?」
「はい、多分12歳とかそれくらいで、転生してここがどこかも分からず魔獣に襲われていたところを、旧騎士団の団長に助けられ、保護されました。ははは、師匠と同じですね」
「旧騎士団、聞いた事あるぞ、聖帝騎士団の前身のような団だよな」
「その認識で大丈夫です、団長のレイダスは身寄りのない私に、実の子のように接してくれて、良ければ家で暮らさないかと提案してくれました」
カオリは思い出を語る度、口元が優しく、幸せそうに言葉を紡ぐ。
「団長の家族は奥さんと小さな娘さんが一人、得体の知れない厄介者の私に本当に親切で、感謝しかありません、団長の家族と暮らす毎日は本当に幸せでした」
「そうか、いい人達だったんだな」
「はい、とてもいい人達でした」
カオリの表情が曇る。口ぶりから察するにつまりは、そう言う事なんだろう、ルルルンは覚悟して話に耳を傾ける。