聖帝様②
予想を裏切る聖帝の姿に呆気にとられるルルルンの頭を、カインがぐいっと押さえて強引に下げる。
「結構若いんですね」
「馬鹿者!ちゃんと頭を下げんか!!」
頭を下げると、聖帝はすぐに「顔を上げてください」と優しく促してくれる。
「忙しい中、こんな遠いところに呼び出して申し訳なかった」
「いえ、仕事を休む分の手当がちゃんとでるので、それは構ません」
今回の呼び出しにあたり、しっかりと休職手当がつくあたり、聖帝騎士団は素晴らしくWhiteな組織なんだと、ルルルンの中での評価は爆上がりであった。
「カイン」
「はっ」
聖帝の口調が一転する。ルルルンに向けていた柔らかい声とは打って変わって、凛とした命令口調だった。
「ルルルンさんと二人で話がしたい、案内してくれたのに申し訳ないんだが、少し席を外してくれるか?」
「ふたりで……?」
いきなりのマンツーマンに、ルルルンの心拍が跳ね上がる。やはりただの呼び出しではない、そう直感する。
素直に部屋を出ていくカイン。重厚な扉が閉じると、部屋は静寂に包まれる。
聖帝は応接のソファを指し示した。
「まあ座って下さい」
「は、はぁ……」
促されるままに席につき、備え付けのティーセットを使い聖帝がお茶を入れる。
読めない、全く読めない展開にルルルンは緊張し続けていた。
「まぁまぁ、そんなに緊張しないで」
「は、はい」
差し出された紅茶を手に取ると、世間話が始まる。
「ライネスがお世話になっているみたいで」
「ええ?お世話?」
「えぇ、ライネスから貴方の話をよく聞きます、あんなに楽しそうに話すライネスは見たことがない……よほどお世話になっているんでしょうね、容易に想像がつきます」
(ライネスはいったい何を話しているんだ……)
内心ざわつきつつ、ルルルンは恐縮しながら聖帝に頭を下げた。
「あの子があんなにも笑顔でいること自体、奇跡に近い、私ではあの笑顔を与えてあげることはできなかった、改めてお礼を言いたい、本当にありがとう」
世界で二番目に偉いと言われている人間が、ルルルンに謝辞を述べ頭を下げる。
「い、いえ、お世話になってるのはむしろ自分のほうで、私は田舎者ゆえ、世界の事に疎く……いつも助けてもらっています」
「そうですか……ライネスは人の為にしっかりと勤めを果たしているのですね」
「はい、ライネスも、カインも、ミーリスも、みんな良くしてくれます、本当に感謝してます」
「そうですか」
聖帝は柔らかく微笑み、紅茶をひとくち。
すべてを包み込むような優しさが、言葉の端々からにじみ出ていた。
「ところで」
「はい」
柔らかな表情のまま聖帝が話し始める。
「魔女の件、ライネスから聞いています」
「へーそうなんですか……え?」
「魔女を懐柔なさったと聞きました」
「ブーーーーーーーーーーー!!!!」
聖帝は、誰も知らないはずの事をさらりと口にする。
ルルルンは思わず口にした飲み物を全て霧に変えた。
「え?あのぉ……聖帝様ってどこまでご存じなのですか?」
「ご安心を。ライネスから強く“他言無用”と言われていますので、誰にも話しませんよ」
そうは言っても──と、ルルルンは焦る。
魔女を匿っていると知れたら、それこそ反逆罪では?
ルルルンは慎重に言葉を選ぶ。
「あ、あの……聖帝騎士団にとって魔女は倒すべき敵なのでは?」
「そうですね」
「だったら自分のやっていることは騎士団への反逆行為なのでは?」
聖帝はうーんと少し悩むと、表情を変えることなく答える。
「時と場合による」
「えぇ?」
あまりにも柔軟過ぎる返答に、ルルルンは驚く。
「魔女の本質を私たちは測り切れていない、だけど、あなたは魔女より、はるかに強いと聞いている」
「え?あの……」
「隠さなくていい、全部聞いています。あのライネスが手も足も出ない時点で、君はこの世界で最強と言っても過言ではない」
「それはまぁ、確かに」
「おや、否定しないんですね」
「あ、いや、そういうわけでは」
思わず口元が綻びそうになる。ライネスを引き合いに出されると、どうしても気が緩んでしまう。
「だったら、そんなあなたが責任をもって魔女を管理する、それは私たちにとっても間違っていない判断だと考えるが、違うかな?」
「でも……」
それはそうなのだが、ルルルンはどこか納得いかず戸惑っていると。
「私の作った、誇りある聖帝騎士団。その中でも最も信頼できるライネスが、“無条件で信用しろ”とまで言った相手が、あなたです」
「え?」
「だから、私はあなたを信用します。──ルルルンさんは、愛されてますね」
「はい、愛されて……いや、そんなんじゃないです」
やや茶化すような調子に、ルルルンも思わず苦笑いで紅茶を啜る。
──だがその空気は、ふいに変わった。
「ところで」
聖帝は、カップをソーサーに静かに置くと、まっすぐにルルルンを見つめて言った。
「どうして貴方はルルルンの姿をしているのかな?」
談笑の雰囲気は一変し、ルルルンはその質問の意味を理解するのに、少しだけ時間を要した。
「どういう……意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ」
「そのまま?」
「《《ルルルンでしょ?それ》》」
聖帝の言葉は、思考の核心を突き刺す。
聖帝様に、自分が“魔法少女ルルルン”だとは伝えていない。
ライネスがそこまで話すとも思えない。
(じゃあ……なんで?)
ルルルンの背筋を、冷たい悪寒が走る。
「ねえ……《《魔法少女ルルルン》》?」
優しかったはずの聖帝の声が、圧となってルルルンを追い詰めていた。