聖帝様①
【大教会】
それは、魔女、ひいてはこの世界の脅威からこの世界を守る「聖帝騎士団」の総本山である。
「なんで自分呼び出されたんですかね?」
移動の馬車の中、ルルルンは同伴するカインに問う。
「こっちが聞きたい」
聖帝からの名指しによる謁見要請。
ルルルンにも思い当たる節がないわけではないが、あまりにも突然の話。
気分としては、いきなりラスボス戦に突入するようなものだった。
「お前、なにをやらかしたんだ?聖帝様が名指しで人と会うなんて、聞いたことがないぞ」
「まぁ、見た目がいいし、マギリア食堂の看板娘に会いたくなったんじゃないです?」
「……見た目がいいのは認めるが、ただの看板娘と謁見なんて、ありえん」
「ライネスの愛人で、パイセンとも仲良しだし。もう“ただの”看板娘じゃないでしょ?」
「……それは、まあ、そうだが」
「てか看板娘なのは認めてくれてるんだ」
「見た目がいいのは事実だからな!」
「ありがとパイセン」
「不安しかないぞ、俺は……」
「そう?」
カインが心配そうに眉をひそめる横で、ルルルンはどこか楽しそうだ。
まさか聖帝と直接話せるなんて——そんなワクワクした気持ちが勝っていた。
「着いたぞ」
そんなやりとりをしているうちに、馬車は目的地に到着する。
「へええええええ!!」
馬車から降りたルルルンは、教会を見上げて思わず声を上げた。
「ここが大教会だ」
その名にふさわしい威容。
天を突くような尖塔に、石造りの重厚な門、そして煌びやかなステンドグラス。
そのスケールに、ルルルンはただただ圧倒される。
「それにしても立派な建物ですね」
「それだけこの世界に貢献しているということだ」
「なるほどねぇ……」
ふと周囲に視線を巡らせたルルルンは、建物の規模に対して人の気配が少ないことに気づく。
「ねぇパイセン」
「なんだ?」
「なんで警備とかいないの?」
「あぁ、聖帝様の指示でそうなってる」
「指示?」
「“来る者拒まず”。聖帝様は、誰に対しても門を開いておられる」
「なるほど、みんなの聖帝様ってわけね」
納得したように頷きながら、あたりを見回すルルルンに、カインが小声で注意を促す。
「あまりキョロキョロするな、私が恥ずかしいだろ」
「いや、こんなすごい建物見たらキョロキョロするよ普通」
「言葉!」
「ああ、ごめん、目移りしちゃいますわ、普通に」
移動中馬車の中で打ち合わせた
【聖帝様に失礼がないよう言葉使いに気を付ける】
を少しも気にしていないルルルンに、カインはため息を漏らす。
「……頼むから、くれぐれも失礼のないようにしてくれよ」
「大丈夫、大丈夫。俺、営業得意ですから」
「営業ってなんだ……?」
これから会う、聖帝といえば、聖帝騎士団の頂点。
ライネスやカインのような騎士たちが全幅の信頼を置く存在。
ルルルンも、もちろん興味がないわけではなかった。
「ところで、聖帝様ってのはどんな人なんです?」
「は?」
「すいません、そこまで詳しくなくて」
「お前本気か?」
「そんなドン引きしなくても」
「少なからず騎士団に関係ある仕事をしている身だろ?」
「屯所の管理に聖帝様関係ないでしょ?」
カインは呆れたようにため息をつき、言葉を整え直して説明を始める。
「聖帝様は、魔女の脅威から世界を守るため、数年で世界各地の力を持つ者を集めて聖帝騎士団として立ち上げた、すごい方だよ、はじめは少人数だったが、魔獣や眷族を討伐していくうちに、感銘を受けた人間が集まって今やここまで大きくなった」
「へー、カインぱいせんもその一人なんですね」
「俺は、ライネス様に……いや、そうだ!聖帝様に感銘を受けてだな!!」
「ふーん」
「そういうことだ!」
「ふーん!」
照れるカインをからかいつつも、ルルルンの質問は続くいた。
「でも、そうなると聖帝様は騎士団を一人で立ち上げたってこと?」
「正確にはゼロから作った訳ではなく、元々存在していた、中央国の騎士団を母体としている」
「あぁ、旧騎士団ってやつですね」
「それは知っているんだな」
「ライネスに聞きました」
「とにかく、聖帝様はかつての魔女大戦において、たった一人で南の魔女と戦い、それを退けた英雄なのだ。」
カインのプレゼンが良いのか、まだ見ぬ聖帝様の好感度がぐんぐん上がる。
一人で組織を立ち上げる苦労———
ルルルンにはその気持ちが痛いほど理解できた。
「聖帝様まじですごいんですね!パイセン!」
「ああ、すごい人だ……あのな、そのパイセンっての止めてくれるか?」
「え、でもカインパイセンはパイセンだし」
「いや、俺はお前の先輩ではないし」
「いいんですよ、なんかパイセンはパイセンって感じだし」
「なんだそれは」
「いいのいいのパイセン」
「いや、もういい、勝手にしろ」
照れながら投げやりに言う姿は、なんだかライネスみたいだと思うルルルンは、カインの事を「やっぱり好きだなぁ」とニコニコしながら見つめていた。
「気持ち悪い目で見るな!」
「いやぁ、パイセンと話してると楽しいから」
「ば、ばか!俺にはライネス様と言う心に決めた方がいる!!そんな勘違いを招く発言を不用意にするんじゃあない!!」
「気を付けまぁす」
「まったく!お前は見てくれは良いんだから、そういう態度は慎め、罪だぞ!」
ルルルンのからかいを真面目にリアクションするカインに、ルルルンが質問を続ける。
「聖帝様って、国王ではないんですよね」
「国王ではないが、各国の国王に認められた国王の次に発言権のあるお方だ、【カノン】【ウルザ】【ロクジ】【ゼイホン】【オーゾ】全ての秩序を守る正義の騎士、それが聖帝騎士団。それのトップ、そういう立場になるのが必然だろ?」
「なるほど、すっごい人なんですね」
そんな存在が、自分に会いたいと言っている——。
その理由は、ライネスが「聖帝様には報告する」と言っていた一件か。
問題は、どこまで話してしまったか、だ。
案内役をカインにしたことも、少し引っかかっている。
北の魔女の件であれば、おそらくライネスと同伴になるはずなのに……
ルルルンはもしかしての可能性を考慮して、心の準備を整える。
しばらく大教会内をしばらく歩き、大きな扉の前に到着する。
「ここだ」
カインがこの扉が目的地である事を告げる。
「くれぐれも無礼のないように」
念押しでカインに言われると、大きな扉が神々しく開く。
「聖帝様、ルルルンをお連れいたしました」
カインは深々と頭を下げ、格式高く言葉を述べる。
その態度から、彼がいかに聖帝を尊敬しているかがわかる。
促されるまま、ルルルンが一歩を踏み出すと——
「ようこそ、ルルルンさん」
そこにいたのは、透き通るような緑髪を持つ、美しき男性だった。