信じるという事②
「北の魔女は、俺、ルルルンが保護、監視をする、もし人に危害を与えるのなら、責任を持って俺が対処する、ライネスには聖帝騎士団の代表としてそれを承認して、彼女に自由を与えてほしい」
ルルルンがライネスへ求める内容は3つ。
1:北の魔女サクライ・サクラの秘匿、保護。
2:監視はルルルンが行う、魔女に害意が認められた場合、ルルルンが早急に対処する、対処しなかった場合、それ相応の責任を取る。
3:聖帝騎士団 (というかライネス) はそれを認めるものとし、関与しない。
あまりに都合のいい提案であることは、ルルルンも理解していた。責任の所在も曖昧だ。だが、それでもライネスに隠し事をしたくなかった。だからこそ、誠実な“落としどころ”としてこの形を選んだ。
「そんなものに私が納得するとでも思っているのか?」
「思ってる、ライネスはそういう奴だって信じてる」
本気の話をするルルルンは、必ず相手の目を見て話す、その奥にある嘘偽りない真実はいつだって最強の説得力を持つ。
ライネスはもう、その目に対して抵抗できない、そんな目で自分の本質を信じているなどと言われれば、強く言い返すことなどできない。
「まったく、お前ってやつは……」
「私が無力化されるなんて、世界にとっては良い事なんじゃないの?」
「それはそうだが……お前が言うな!!」
「あ、でも勘違いしないでね、あくまで私はダーリンの味方なだけで、人間の味方になった訳じゃないから」
「貴様……」
サクラの挑発に、ライネスはいちいち反応してしまう、普段なら気にも留めない安い挑発なのに。
「ライネス、それは俺だって同じだ、もしかしたら俺が世界の敵になる可能性だってある」
「そんなわけ」
「置かれた状況で人は変わる、それが何時かなんて誰にも分からない、サクラと話してわりと確信したんだけど、魔女は全員が同じ方向を向いている訳じゃない、ただ幸せを望む者、ただ破壊を楽しむ者、目的は同じじゃないんだ」
「私みたいに、結婚相手を探してただけの、どうしょうもない魔女だっているって訳」
サクラはテヘッっと、自虐気味に笑う。
「そんな事を言われても、私は……」
ライネスはすぐに答えを出せずにいた。魔女に対しての自分の信念、執着、かつての自分であれば有無も言わず、目の前の魔女を殺そうと飛び掛かっているはず。
でも今は違う―――
ルルルンに出会った事で、魔法に対しての理解を深めた。
魔法が使える存在「魔女」=悪ではない事を知った。
自分の家族を奪った魔法と魔女への考え方が変わった……
変わったが――――
魔女が憎い事には変わりない。
憎いと思って居た魔女が、瀕死のルルルンを泣きながら治療した事実。
人類の敵である魔女が『自分の大切な人を助けてくれた』
分かっている、もしかしたらこの魔女は、自分の考えるような悪ではないのかもしれない。
だが、魔女がしてきた事を許す事ができない。
その程度で揺らぐ信念ではないのだ。
絶対に「許す」事ができないはずなのに。
この世界のルールに従うのであれば、魔女に分類されるルルルンを「許している」自分がいる。許すどころか、その気持ちは尊敬と呼んでもいい感情だ。
ルルルンは特別、矛盾している、そんな事は分かっている……。
ライネスの中で同居する憎しみと信頼がぶつかり合う。
「なーに、どうでもいい事で悩んでんのさ、あんたが反対しようが、私はダーリンの側から離れない、分かる?あんたの信念なんか、ダーリンを許してる時点で矛盾してるって話なの!わかる?聖帝のワンコちゃん」
「私は……」
どうしたらいい?と助けを求めるようにライネスはルルルンを見る、ルルルンに助けを乞う場面ではない事はわかっているのに、自分の信念と向き合うことができない。
迷うライネスを察したのか、ルルルンは優しい表情でライネスの目を見る。
『俺は、ライネスを信じている』
目があった瞬間、ライネスはその言葉を思い出す、信じるという事、その意味。
自分がルルルンに向けられている、信じるという意味。
ああ、そうか、その通りだ。ふと気が付く。魔女に対しての自分の気持ち、これからの向き合い方、迷う必要はなかった事に2つ気が付いた。
些細なきっかけ、皮肉にも答えはサクラの言葉にあった。
『どうでもいい』と
……ライネスはふと気がつき、言葉が漏れる。
「どうでもいい……」
ライネスらしからぬ、ぶっきらぼうに零れた言の葉。
「ライネス?」
「そうだ……どうでもいい、お前なんかどうでもいい、お前の事など知ったことか」
気でもふれたのか、ライネスはやけくそ気味に笑いながらそう言った。
「いいか、北の魔女、私は貴様の事など信じない、少しも信じてやらん、これからどれだけ徳を積んでも、絶対に信じる事は無い!!お前は変わることなく聖帝騎士団の敵だ!!!!」
サクラをびしっと指さし、ライネスは宣言する。
「あっそ、いいんじゃないそれで」
サクラはその言葉に、面白いと言った表情を浮かべ腕を組む。
そしてライネスはサクラに対して宣言した上で、改めてルルルンに向き、まっすぐな眼差しで更に宣言する。
「だが、私はルルルンを、ヨコイ・ケイスケを信じている、その信頼は絶対だ!」
「……ライネス?」
「私は、自分を信じている者を信じる、信じている者が信じる者を信じる」
「それって」
「ケイスケの提案を受け入れる」
「ライネス様ぁ!」
この言葉に一番目を輝かせていたのは何故かシアであった。
本人とルルルン以外には、告白にしか聞こえないその言葉に、サクラはライネスの事をやっぱり敵だなと再認識をする。
「あ、ありがとうライネス、ちょっと、びっくりしたけど」
「礼を言われる筋合いはないし、驚く必要もない!勘違いしないで欲しいが、私は”少しも納得していない”からな」
ふんっとルルルンにそっぽを向けるライネスの口元は少しだけ笑っていた。
「ただ、私の一存で決められないのも事実だ、教会はこの事実を許さないかもしれない、聖帝様には今回の件、嘘偽りなく報告し、然るべき対応を行う」
「分かってる、その時はちゃんと責任を取る」
「結婚してくれるってこと?」
『それは違う!!』
声をそろえてルルルンとライネスが叫んだ。
「聖帝様は、私が説得する、信じろ」
「ありがとう、ライネス」
「なにその相棒感、ワンコのくせに」
「だまれエロ魔女!!」
「狙ってエロなわけじゃないし!元々エロなだけだし!」
「公共の場の節度を守れと言っているんだ!」
「あんたに言われる筋合いないんだけど!!」
「筋合いの話ではない、常識の話をしている!」
バチバチとやり合う二人の様子を見て、シアが店の奥から顔を出す。
あまりの険悪さに、冷や冷やしながら止めに入るかを悩んでいるようだった。
「ルルさん、止めなくていいんですか?」
「いいよ、多分大丈夫だから」
ルルルンは、シアとは逆に安心した表情を浮かべていた。
「ルルさん、なんだか嬉しいそう」
「そうだね、なんていうか、俺はこういうのを夢見てたんだなぁて」
「この喧嘩をですか?」
「うん」
形はどうであれ、第一歩。
確実ではないが、この世界が変わっていくための一歩、ルルルンはこの二人のやり取りが、その一歩目だとなんとなく感じていた。
「やっぱり止めたほうがよくないですか?」
「そうだね」
嬉しそうにルルルンが二人を止める。
「二人とも、喧嘩は禁止!約束だろ」
こうして、北の魔女の一件は一旦幕を閉じたと思われた……。
――だが、数日後。
「ルルルン!!」
「どうしたのパイセン、そんなに慌てて」
息を切らせて駆け込んできたカインが、青ざめた表情で叫ぶ。
「聖帝様が――お前との謁見を求めておられる!」
「え……?」
「お前、一体何をやらかしたんだ!!??」
心当たりのない事件が、またルルルンを巻き込もうとしていた。