信じるという事①
突然、ルルルンの頭に自慢の胸を押しつけながら、サクラが無邪気に抱きつく。
これこそが、ルルルンがライネスの視線を直視できなかった最大の理由である。
「私はこのとおり、ケイスケに懐柔された哀れな女。故に、私は無害。ね、ケイスケ?」
「だそうです……」
バキィィィンッ!!
凄まじい音を立て、ライネスが手をかけていた机が粉々に爆散した。
「“だそうです”じゃない!!」
「わわわわわ!!」
遠くで見ていたシアが涙目で声を上げる。
ライネスの表情は変わってないのに「納得してない」の文字が頭上に見える。
「では、どう懐柔されたのか、具体的に話してくれるか?」
「それはだな……」
「私とケイスケは婚約したの」
「な!?」
「は!?」
「えぇぇぇ!?」
流石のライネスも表情を変え立ち上がる。聞いていたシアも驚きを隠せず固まってしまう。
そして、なによりルルルンが一番驚いていた。
「お前、それは“結婚相手を紹介する”って話で……」
「こ、こ、婚約って……ど、どういう……!」
先ほどまでの冷徹な姿勢はどこへやら。ライネスが最も取り乱していた。
「そのまんまの意味だけど、もっと見せつけた方がいい?」
「おい、サクラお前いい加減に」
「だってケイスケ言ってくれたじゃない『俺と一緒にこい!』って」
「まあ、確かに言ったけど……」
「言ったのか!?」
「言ったんですか!?」
ライネスとシアが同時に詰め寄る。
確かに言ったことは言ったが、それ=婚約ではない。
ルルルンが弁明しようとするも、どう見ても言い逃れできない空気が流れていた。
「婚約ではないから!」
「そうやって照れて誤魔化すところも好きぃ」
否定しようが、この通り、サクラは柔らかな肌を擦り付け屈託ない笑顔を見せる。
魔女の呪いに絶望していたサクラを知っているルルルンとって、彼女のこの表情は喜ばしい事なのだが、ライネスには関係のない話だ。
「この際、ケイスケと貴様の関係には目を瞑ろう、目を瞑ろう!!」
「瞑っちゃだめですよライネス様!!」
シアがすかさず突っ込むが、ライネスは心を落ち着かせ話を進める。
「今問いただすべきはそこでは無い」
「じゃあなに?聖帝のワンコちゃん」
「お前は口を開くな!!」
恐らくこの世界で最強クラスの二人が、殺気をぶつけ合う。
シアは腰を抜かし、店の奥まで退散する。
店長は店の奥から出てきて「やってんなー」レベルの傍観を決め込む。
「店長、止めた方がぁ!」
「ほっとけほっとけ、店がぶっ壊れても騎士団に請求するだけだ、リフォームできるし逆に助かるってもんだ、がっはっは」
そういって店長は、また厨房へ引っ込んでいった。
「てんちょぉぉ!」
店長の後を追ってシアも厨房へ入っていく。
いい加減のタイミングで、二人の殺気を遮るようにルルルンが間に入る。
「喧嘩はしないって約束したろ」
約束———
エクスキャリバーンとの戦いの最中、大いなる誤解のもとで激突した二人。
魔力切れにより回復魔法の効果が切れ、ルルルンは死にかけた。
そんな彼を、サクラが治癒魔法で救った。
その様子をライネスが問いただしたところで、お互いの誤解が解けた……という訳ではないが、一旦の終息が訪れ、消えゆく意識の中で、ルルルンが二人に約束をさせた。
【喧嘩をしない】
魔女と聖騎士の関係上難しいのかもしれないが、ルルルンの言葉をお互いが信じた上での一時的和解。
今回マギリア食堂にて開催されている、この説明会という名のライネスによる尋問会は、それらを全て説明するための場であった。
納得してもらえる要素は少しもないが、ルルルンのプレゼンが始まった。