誤解VS誤解
明らかに様子のおかしいサクラが、飄々としていた以前の雰囲気からは想像もつかないほど、怒気を帯びたオーラを放っていた。
その異様な気配を感じ取ったライネスは、すぐに事態を察知する。
「貴様、北の魔女だな?」
「だったら、なによっ!」
すでに喧嘩腰。サクラの誤解は簡単に解けそうにない。
「あ、ちょっと待って、ライネス!」
「ケイスケは休んでいろ」
ルルルンが慌てて制止しようとするが、ライネスにはもうその声は届かない。
やさしくルルルンを地面に降ろすと、ライネスは静かに剣を構えた。
まずい。この状況は明らかに誤解が生んだ危機だった。
サクラは【ライネスがルルルンを傷つけた】と誤認し。
逆にライネスは【北の魔女が急襲してきた】と誤認している。
ルルルンはそれに気づき、なんとか止めようとするが——
「あ、ちょっと、待って、ふたりともぁ……あががぁ……」
回復が間に合わず、声がかすれ、身体が崩れ落ちる。
「ダーリン!!」
崩れるルルルンを見てサクラが心配の声を上げる。
「もう一度聞く。貴様は北の魔女なのか?」
「そんなの、お前たち騎士団が勝手につけた呼び名でしょうが!」
「その返答、肯定と受け取るぞ?」
「だったらどうするのよっ!!!」
誤解に誤解が重なり、修羅場が加速する。
「ダーリンを傷つけた……絶対に許さない!!」
「さっきから誰のことを“ダーリン”と呼んでいる?」
「ダーリンはダーリンに決まってるでしょ!」
サクラははっきりと、その指でルルルンを示した。
だがライネスの視線は、ルルルンの奥、転がっているキャリバーン人形に注がれていた。
「……あれか。あの騎士モドキの人形は、貴様の仕業か」
「は?」
「え、ライネス?」
「あんな異形を“ダーリン”と呼び使役するなど……やはり魔女は討つべき存在」
「ライネスさんーーーーーー!?」
互いの誤解はついに臨界点を越え、本気の構えでにらみ合う。
ルルルンはなんとか止めようと、二人の間に割って入ろうとするが、体が言うことを聞かずその場に転倒。
『ケイスケはじっとしてて!!』
二人が同時に警告。
『はぁ!?』
同時に同じ名前を呼んだ相手を威嚇して、火花が散る。
「なんであんたがケイスケなんて呼んでんのよ!?意味わかんない!馴れ馴れしい!!」
「貴様こそ、魔女のくせに、穢れた声でその名を呼ぶな!」
「はあ!?穢れてなんかないし! 私の声はクリスタルだから!!」
罵声と怒気が交錯する。
冷や汗を流しながらルルルンは必死に訴える。
「ふたりとも、誤解ですってばぁぁぁ!!」
だが、
「はぁぁぁぁあああああああ!!!」
「うぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
二人は本格的にぶつかり合った。
ライネスの聖剣とサクラの魔法が、真っ向から激突する。
激しい衝撃が周囲の木々を揺らし、大地を震わせる。
おそらく、この世界でも最上位に位置する二人の力。
ルルルンはそれを、ただ見上げるしかなかった。
「でりゃああああああああああああ!!!」
ライネスの剣撃が振り下ろされるが、サクラは即座に速度低下の魔法で対応する。
「なに?」
「攻撃は苦手でも、嫌がらせは得意なの!!」
魔法を無効化するはずの鎧の加護が発動しない。
「どうして?」
「気が付いてないの?アンチマジックは無効化されてるし!発動!デストロ!」
隙を突いて放たれた光弾が、ライネスに直撃する。
「ぐあっ!!!!」
「ライネス!!」
ライネスの鎧には、低位魔法を打ち消すアンチマジックの加護が宿っていた。
しかし、ヘブンズフォールの下、あらゆる防御魔法は無効になっていた。
魔法の直撃を受けるも、ライネスへの決定的ダメージにはなっておらず、ライネスはすぐに体制を立て直す。
「魔法のレベルが低いな、私はもっと強力な魔法使いを知っているぞ!!」
「うるさい!!インチキ騎士!!やせ我慢すんな!!」
「だれがインチキ騎士だ!!!!!」
二人の激突は、ますます苛烈さを増す。
そして、その間でルルルンは、地面に手をつきながらも叫んだ。
「誤解なんだってばあああああああああああ!!!」