戦いの果て
ルルルンとキャリバーン、お互いに吹き飛び、両者ともに地面に叩きつけられる。
空を見上げるルルルンの目には、巨大な魔法陣が映る。
『ヘブンスフォール』はまだ効果を失っていないらしい。フワフワとした感覚が意識を白く混濁させていた。
痛みで完全に麻痺している左腕に、感覚はない。
「ぐ……あ……」
左腕側に顔を向けると、白く濁った視界に赤い液体がうっすら映る。
左腕から流れた自分の血だろうか。ぼんやりとする意識の中、今起こっている事実を確認する。
ルルルンの左腕は、エクスキャリバーンに切り飛ばされていた。出血を止めるため、咄嗟に発動した回復魔法が、かろうじて彼女の命を繋ぎ止めている。
異世界に転生する前も似たような感覚を体験しているルルルンは、この状況がいかに不味いか理解していた。理解はしているが、行動する力が残っていない。
「しまったなぁ……エクスキャリバーン……強くしすぎたなぁ……」
自業自得とはいえ、いまさら設定を悔やむルルルン。
突如現れたエクスキャリバーン。
なぜこの世界に出現し、魔女を倒すと息巻いていたのか?
彼に与えた設定は、正義の味方であること。そしてもう一つ──魔法少女に熱いライバル心を持ち、とりわけルルルンを『宿命のライバル』とみなしていること。
それが、なぜこんな結末に繋がるのか。
いくつか可能性は思い浮かぶ。だが——
「これは……単純じゃなさそう……だな……」
思考をまとめるには、あまりにも意識が朦朧としすぎていた。
そして。
「流石だなルルルン!しぶとさも互角とはな!!!」
威勢のいい声が、空気を裂くように響く。
「危うく死にかけたぜ!あの状況で俺様をここまでにしてくれるとは、さすがライバルよ!」
顔面の半分が吹き飛んでいながら、エクスキャリバーンはぴんぴんしていた。
その姿は人間サイズに縮んでいたが、明らかに先ほどまで死闘を繰り広げていた巨体そのものだ。
「あれ?……なんで小さくなってんの?」
火花を散らしながらも、エクスキャリバーンは悠々と歩み寄る。
「身体のサイズは自由に変えられるんだよ!おかげでギリギリ助かった」
ストリムランスの直撃寸前、自らのサイズを小さくすることで、致命傷を回避していたのだ。
「そ、そんな……設定あったっけ?」
「フフフ、創造主から頂いた裏設定ってやつだ!」
おそらくはミズノカオリがこっそり追加した裏設定。
ルルルンは呆れ混じりに、脳裏に浮かんだ元部下の顔へため息をついた。
「ミズノォ……」
『すいませんテヘペロ』と誤魔化す彼女の姿が、容易に思い浮かぶ。
「ついに!!!年貢の納め時だなっ!!!!!!」
顔の火花がさらに激しくなり、迫るキャリバーン。
相手も限界は近いが、それでもなお勝機は見えない。
「やはり俺のライバル、油断ならない奴だ!!ちょっとびっくりしたぞ!!」
じりじりと距離を詰めてくるキャリバーン。その姿に、背筋が冷える。
このままでは、自分の『憧れのロボット』に殺されてしまう。
「あのさ、キャリバーン」
「なんだ?」
「命乞いとか……してもいい?」
藁にもすがる気持ちで、ダメ元のお願いを聞いてみる。
「命乞い?なんだ?一言許す」
一言分だけ許されたルルルンは、残された最後の賭けに出る。
「俺、実は……お前の創造主のヨコイケイスケで、ルルルンじゃないんだ……」
沈黙。
一瞬、キャリバーンの動きが止まる。しかし——
「見苦しいっ!!!!!」
「そうなるよね……」
「命惜しさになんたる醜態!!!!!」
怒りで震えるように、キャリバーンは声を荒げる。
「我が主の名を騙るとは、不届き千万!そんなウソを命乞いに使うなど、やはり貴様は悪の魔女!」
聖剣が、ルルルンへと突きつけられる。
「あ、でも……ヨコイケイスケを……マスターって認識してるのか?」
「当然だ!俺を創造した主!マスター!!この世の全てよ!!」
「ミズノじゃなくて?」
「ミズノカオリ様も同じくこの世の全て!!!」
「だったら……」
わずかな希望が灯る。
だが——
「その高貴なる存在を騙るなど、絶対に許すわけにはいかん!!!」
「俺はヨコイケイスケだ!!!」
「くどい!!!!」
キャリバーンの怒気が爆発する。
「穢れた魂を、我が聖剣で浄化する!この剣が貴様を救う救済の剣となろう!!」
「だめ……か……」
輝きを帯びた聖剣が、止めを刺さんと振り上げられる。
ルルルンは、静かに目を閉じた。
自分の作ったキャラクターに殺されるなら、それも運命かと。
走馬灯に備え、覚悟を決めたその時——
目の前に、懐かしき稲妻が走った。