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駆ける稲妻

 ──戦いが始まる、少し前。

 ライネスは、静まり返った教会広場の片隅で、手のひらをじっと見つめていた。


 ウルザの主都「ミザド」の教会広場では魔女討伐の準備が進む中、第1から第4騎士団が集結し、騎士たちが慌ただしく動き回っている。

 張り詰めた空気が広場を満たし、誰もが決戦の緊張に無言のまま備えていた。


 そんな中、神妙な表情を浮かべるライネスの元へ、猫耳を揺らしながらミーリスが駆け寄る。


「どうしたんにゃ?ライネス様」

「どういう意味だ、ミーリス?」

「なんか、浮かない顔してにゃい?」

「そんなことはない。私はいつも通り……ほら、いつも通りだ」


 そう答えながら、ライネスは自分の頬を軽く叩き、表情を整える。

 だがミーリスは、なおも遠慮なく続けた。


「でもでも、念願の魔女討伐なのに、ライネス様から全然殺気が感じられないにゃ」

「殺気?」

「だってぇ、前なら『魔女は必ず殺す!絶対殺す!見つけ次第、私が八つ裂きにしてやる!!』とか血眼になってたにゃ」

「……そうだな、って、いや、そこまでは言ってないぞ」


 言い訳じみた声が自然と漏れる。

 だが確かに、その通りだった。

 かつてのライネスにとって魔女討伐は悲願。仇を討ち、世に平穏をもたらす戦いのはずだった。ライネスにとっての生きる意味と言っても過言ではないほどに。


 実力も手段も、十分に揃っている。

 力でも決して遅れは取らない。ルルルンに授かった魔法まである。

 全ては盤石のはず。


 なのに、心の奥がざわつく。


 手のひらに視線を落とし、刻まれた紋章を見つめる。

 心の中に、ひとつの問いが浮かんで消えない。


「私は……」

「どうしたにゃ?手のひらじーっと見つめて」

「なんでもない、気にしすぎだ!」


 ライネスはミーリスの頭を軽く小突き、足早に隊の指揮へと戻る。

 ミーリスはその背中を追いながら、悪びれずに言葉を続ける。


「ライネス様がおかしくなったの、ぜったいルルルンが現れてからにゃ〜。やっぱり恋の力はすごいにゃ〜」


「バ、バカを言うな!そんなよこしまな感情で人は変わったりしない!」

「え?でも実際、変わってるにゃ?」


 口では否定しても、ライネスは自分の変化を誰よりも理解していた。

 ルルルンとの出会いが、自分の世界を、生きる意味まで変えてしまったことを。


 魔法に対する姿勢、自分自身の限界、魔女という存在への認識——

 そして、ヨコイケイスケに対する感情。


「……変わったり、しないか」


 ふと浮かぶ、あの顔。

 この世界に来る前、最強の魔法使いだった頃のヨコイケイスケ。

 目の前にある常識が世界の全てではないと教えてくれた彼の存在が、今も頭から離れない。


『俺みたいに事情があるかもしれない』


 ルルルンなら、きっと今回の討伐を止めようとするだろう。

 もしくは、自分の手で何とかしようと動くはずだ。


 しかし、ルルルンには作戦のことは、あえて話さなかった。

 反対する事は分かっていたから。


 彼ならそういう反応をする事を分かっていた上で、話さず、今回の作戦を実行する事を決めた、覚悟も決意もあるはず……なのに、胸のざわめきが消えない。


「恋するのはいいけど、うかうかしてると、食堂のシアちゃんに泥棒ネコされるかもしれにゃいよ」

「進軍前にうるさいぞミーリス!」

「だってちょっと前だってルルルン、シアが欲しいとか言ってたにゃ」

「なんだそれは!?」

「二人とも真剣な眼差しで手を取り合って、あれはミーリスが止めてなきゃ、やっちゃってたにゃ、確実に」


 その一言で、ライネスの表情が曇る。


「だいたい、お前はこんな大事の前に、のんびり食堂に行ってる場合か!副隊長としての自覚をだな——」

「でもでも……ライネス様、ルルルンに今回の作戦、話したんにゃ?」

「……!」


 ミーリスの問いに、ライネスは一瞬言葉を失う。

 ゆっくりと目を逸らすミーリス。


「どういうことだ、ミーリス?」

「ミーリスの口は鋼鉄、そう、鋼鉄の口ですにゃ」

「ルルルンに話したのか?」

「ごめんにゃ……でも、あいつ、めちゃくちゃしつこく聞いてきたから、つい……」


 ルルルンが魔女討伐の話を知って動かないわけがない。

 この事実はライネスの想像を大きく狂わせる。


 ライネスはやれやれといった感じで、大きなため息をついた。


「はぁ……責めはしないが、おかげで余計な考え事が増えた」


『止めないけど、俺は俺で勝手に動くから』


 あいつのことだ。絶対にもう動いている。

 不安は尽きないが、願うしかない。何事もないことを。


「……何事もなければ、それでいい」


 だが、その瞬間だった。


「痛っ!!」


 ライネスの手の甲——刻印が強く弾けるように熱を帯びた。


「……なんだ?」


 突如として放たれる強い魔力。

 ルルルンから授かった刻印が、今までにない反応を示していた。


「ケイスケ……?」


 胸騒ぎが広がる。

 この魔力は、まぎれもなくルルルンのもの。


 さらに——


「あれ、なんだ?」


 騎士たちがざわめき始める。

 誰かが北の空を指さした。


「魔法陣……?」


 それは巨大な、見たこともない魔法陣だった。

 魔女の領地と思われる場所の、ちょうどその上空。

 ウルザ全体を包むのでは?と思うほどのその光景に、全員が息を呑む。


「ライネス様!! 魔女の領域です!」


 駆け寄ってきたカインの声に、ライネスは即座に反応する。


「分かっている……だが、これは……」

「なんですかあれは!?」


 ライネスは胸を押さえる。

 心臓が、早鐘のように鳴っていた。


「ライネス様!!?」


 迷いはあった。

 だが、行くしかない。

 この胸騒ぎを、無視するわけにはいかない。


「ミーリス、カイン。あとは任せた!私は『先』に行く!」

「ライネス様!?何を?ライネス様!!!!!」


 カインに制止させるタイミングすら与えず、ライネスは駆け出していた。

 驚異的な速さで駆け、跳び、あっという間に街の外へ出る。


 目的の場所までは距離がある、馬を使っても数時間はかかるかもしれない。

 だが、行く。少しでも早く。


 掌の刻印を握りしめ、ライネスは深く息を吸い、その刻印に刻まれた魔法を発動する。


『ラザリオン!!』


 凄まじい電撃が、彼女の身体を駆け抜ける。

 その魔法の力すべてを脚へ集中し、爆発するように地を蹴った。


 地面が抉れ、音速を超える轟音が空気を裂く。


「ケイスケ!!!!!!」


 不安を少しでもかき消したい想いで、ライネスは叫んでいた。

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