サクライサクラ
「本当に、頭の中がお花畑なのね。馬鹿なの?」
顔を真っ赤にしながら、彼女は胸の中でほんの少し悪態をつく。
半裸の魔女を抱きしめている状況に気づき、ルルルンは慌てて手を離した。
「あああああ、ごめん!!気持ちが昂ってっ!!」
「強引な奴」
魔女は俯いたまま、会話を続ける。
「さっきの話、本気?」
「本気」
「めっちゃ綺麗事だし」
「綺麗事が好きなんだよ」
「悪趣味じゃん」
「分かってる。でも信じてほしい。俺は本気だ」
ルルルンの本気の言葉に、北の魔女は自分の頭をルルルンの胸に軽く沈める。
両手はどうするべきか決めかねていた。
「どうした?」
「どうもしない」
「全部を信じろなんて言わない。少しでいい、ほんの少し信じてほしい」
「……」
行き場を失っていた両手を、ルルルンの背中に回し、魔女はルルルンを優しく抱きしめる。
「信じない」
「そうか……」
その言葉を聞き、ルルルンが少し落ち込むも、魔女の言葉はそこで終わりではなかった。
「でも」
顔を上げ、魔女はルルルンの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「信じないけど、見届けたい」
態度とは裏腹なその一言に、ルルルンはハッとする。
お互いの瞳に、お互いが映る。驚きと覚悟が交差するその表情は、まるでシャッターで切り取ったかのように脳裏に刻まれた。
「貴方の綺麗事が失敗するところを、最前列で見届けてあげる」
「……それじゃあ」
「名前」
「え?」
「名前、教えろ」
ルルルンの口を人差し指で塞ぎながら、北の魔女は名乗るよう促す。
「名前、そうか。そういえば言ってなかった」
「未来の結婚相手の名前も知らないのは、困るでしょ?」
北の魔女は満面の笑みで、冗談めかして語りかける。
「いや、結婚はしないぞ」
「いいから、名前」
「えーっと…ルルルン」
「ちがう!」
「えぇ?」
「魔法少女のほうじゃなくて、本当の名前」
「え?なんで分かるの?」
「勘」
おそろしい勘だと観念し、ルルルンは本当の名前を明かす。
「ヨコイ・ケイスケ。それが本当の名前だ」
「ケイスケ……ケイスケか。ヨコイケイスケ…うん、ヨコイケイスケ」
魔女は確かめるようにその名を何度も口にする。
「次はおま」
「サクライ・サクラ」
ルルルンが名前を聞こうとした瞬間に、魔女が名乗る。
「それが私の本当の名前」
「サクライ・サクラ?」
イメージと違う、優しい名前。
優しい名前…
優しいと感じたことに、ルルルンは違和感を覚える。その響きは、ヨコイケイスケの世界でも聞き覚えがあった。
「気が付いた?」
「え?」
「似てるでしょ、名前」
「そう…だけど」
「この名前に、どんな意味があるのかは分からない。現に私はこの世界の人間だし、ケイスケの世界のことも知らない。でも、気づいた時に与えられていた名前はこれだった」
「両親が付けてくれたんじゃないのか?」
「たぶん違う。私の両親は本当の両親じゃないから」
「え?」
「私は捨て子で、名前は私と一緒に添えられてたって」
「だったら…サクラは」
二人が目を合わせた、その時だった。
「!!!」
サクラとルルルンは同時に異変に気づき、外を見る。
周囲の結界が破れ、霧散していた。
「なに?」
「結界が解除された……」
サクラがこの領域に貼っていた高位の結界が消えたのだ。
サクラの結界は、この世界で最高位以上の結界。ルルルンだからこそ侵入できたが、通常では不可能であり、解除には同等以上の魔法もしくは解呪力が必要となる。
「あの結界を解除できるって、相当だぞ?」
「解除した感じはなかったけど」
「心当たりは?」
「聖帝騎士団でしょ?」
まさか、早すぎる。
ルルルンの見立てでは、聖帝騎士団はまだ行動に移っていないはず。
「聞いた話より早く来たわね」
「それにしたって早すぎる。まだ出撃はしていないはずだ!」
「あなたに間違った情報を流してた、とかじゃないかしら?」
なるほど。ミーリスのように口の軽い者に情報を渡していたのは、そういうことか。
ルルルンはまんまとその情報に乗せられたということだ。
行動が少しでも遅れていたら、サクラと騎士団はすでに争っていただろう。
結界オーライ。ルルルンの働きで争いは回避された。
『いや違う』
引っかかる。ライネスがミーリスに嘘を教えるとは思えない。
ライネスはそういうことを嫌うはずだ。
ルルルンの違和感は、もっと根深いものだった。
「どうすればいい?」
サクラが少し心配そうに問いかける。
「戦わずに俺と逃げるってのが正解だと思うけど」
「できるの?」
「転移を使えば、ニアミスせずにここから離れられる」
転移で逃げれば解決。
そう考え、ルルルンは魔法を発動しようとする。
その時だった。
「なに?」
サクラが何かを感じ取る。
それはルルルンも同じだった。
「何この変な感じ」
「!?」
「なにか向かってきてる?」
ルルルンとサクラが同時に察知する。
こちらに向かってくる気配。
それは地上からではなく、空を飛行して一直線に迫っていた。
その速度は、ルルルンの飛行魔法に匹敵する。
それがどれだけ異常か、ルルルン自身が一番理解していた。
「!!??」
気配に気づいて数秒後、何かがルルルンとサクラの前に現れた。
―――――ドォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!!
空中で停止した衝撃で、ルルルンたちのいた建物が破壊される。
巻き上がるホコリで正体は見えない。
「何なんだ!?」
サクラが咳をしながら、ホコリを魔法で吹き飛ばすと、襲撃者の巨大な姿が現れた。
「魔人機?」
巨大な体に、巨大な剣。
「あんた誰よ!」
「俺か?よくぞ聞いてくれたぁ!!」
光り輝く鎧。
「刮目せよ!!!」
それが誰か、何者なのか、ルルルンはすぐに理解する。
「嘘だろ?」
見間違うはずがない。
「世界に悪が栄えし時、救世の使命が俺を呼ぶ!天と地と人を救うは光の太刀!極悪必殺!超絶無敵!俺様が!俺様こそが!!!機動騎士!!!」
誰よりも知り尽くした『世界を救う騎士』がそこにいた。
「エクスキャリバーン!!!!!!!!!!!」
それは間違いなく、ヨコイケイスケの会社のマスコットロボ。
【機動騎士エクスキャリバーン】だった。
「世界の悪よ!かかってきやがれぇ!!」