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北の魔女⑧

「だって、私は魔女なのよ。魔女は畏怖される……怖いって言われる、そういう存在なのよ……。だから、魔法を使えない人間と一緒に暮らすなんて不可能よ。魔法を使えない人間にとって、魔法を使える私たちは恐怖の対象でしかない。正体を明かして、今まで通りにできるなんて、本気で思ってるの?」


「それは……」


 できるとは思わない。それは、この世界に来たときから分かっている。


「だから!」


 魔女は言葉の勢いのまま、ルルルンに詰め寄る。


「私と一緒にここで暮らせばいい。そうすれば人間たちと関わることもない。静かに暮らせる。貴方がいれば、私だって孤独じゃない。だから、この際見た目が女でも構わない!だから……私と一緒になってよ!」


 きっとこの世界の人間全員がライネスのように理解してくれるわけじゃない。常識レベルで浸透している魔女への差別意識は、そう簡単には変えられない。そんなことは前の世界で、吐き気がするほど見てきた。


 ルルルンは思い、考える。この世界にとっての魔女とは、魔法とはいったい何なのか。

 溝が深いのは間違いない。どうにもならないことかもしれない。

 しかし、ルルルンの脳裏に、ライネスの顔が浮かぶ。


「ライネス……」


 ライネスは理解してくれた。魔法がイコールで悪ではないことを。対話すれば分かり合えると、自分が証明したではないか。

 ルルルンは、諦めの言葉を握りつぶし、魔女に思いをぶつける。


「魔女が怖いなんて、実際に会って話せば変わるかもしれない」

「キレイごとじゃん、そんなの! なまじ力があると、頭がお花畑になるの?」

「聖帝騎士団にも、話せば分かるやつがいる。だから──」

「そんな小さな話をしてるんじゃない!! あなたは何も分かってない!」

「分かってないけど、それでも理解してくれる人はいるって事実を知ってほしいんだ!」

「それでも、魔女が『悪』ってレッテルはなくならない」

「それでも!!!! 俺は──お前のことを『悪い魔女』だなんて思えない!」


 その一言に、魔女の表情が変わる。


「なにそれ……。貴方は普通の人間じゃないでしょ。同じ立場だから、そんな……そんなこと言えるだけ。私に悪意がなくても、魔法で誰かを傷つけて利用してきた。世の中は、それを許さない」

「自分を守るためにやったことだろ?」

「そんなの、証明できない」

「ちゃんと話せば、分かってもらえる」

「ただ結婚したいだけの発情女でも、私は魔女なの! 魔法が使える女は許されない!!世界はそう思ってくれない!」

「世界がそうでも、そんなの俺には関係ない! お前は魔女だとしても、『悪』じゃない!」

「あなたには関係なくても、世界はそうならないって話をしてるの!!!」


 二人の思いは平行線を辿り、一向に結びつかない。そもそもの考え方、価値観が違うのだ。

 甘っちょろい希望だけを口にするルルルンに、この世界の現実を知る魔女の怒りは収まらず、まくし立てるように言葉を吐き出す。


「世界は、良し悪しで魔女を判断しない!世界の理を乱す存在は『悪』。生まれ持った力は邪悪なものなの、異質なの!この世界の人間じゃない貴方には理解できない、できるはずもない。望んでいない力のせいで、男を愛することすら許されないなんて──そういう、そういうふうにこの世界はできてるのよ!!」

「そんなこと……」


 ルルルンの否定の言葉に被せるように、魔女は続ける。


「わかる? 魔女であることは『呪い』なの。生まれたときから、私はずっと差別され、嫌悪され、憎まれ続けた!私は何もしていないのに!魔法が使えるだけで、そうだった!これを呪いと言わなくて、なんて言うの?ねえ?呪いじゃない!?こんなの……。私はずっと違うって言ってきた。他の魔女とは違うって……ずっと、ずっと!でも……」


 魔女は思い出す。かつて自分が受けた仕打ちを。

 自分のせいで、両親までもが差別され、結果、自分は捨てられた記憶を。

 『悪い魔女』かどうかなんて、重要ではなかった。


「どれだけ叫んでも、世界は私の言葉を聞いてくれなかった……」


 魔女は『悪』なのだ。そう決まっている。自分はそういう存在で、これからもずっとそうなのだ。だったら、魔女らしく『悪』であればいい。それでいい。今までもそうしてきた。だから、これからもそうするだけ。魔女は『呪い』なのだから。


「私は……ずっと、呪われた悪の……魔女なのよ!!」


 強い語気で言い放たれた言葉のはずなのに、それはとても、悲しげで──。


「だったら」


 彼女の思いを、否定する。


「なんで、そんな顔するんだよ」

「なにが!?」

「『悪の魔女だ』なんて、そんな顔して言うことじゃないだろ……」


 彼女の言葉を受け止めたルルルンは、正直な思いを伝える。

 それは、世界に絶望している人間の顔じゃない。諦めている人の声じゃない。それは、見たことがある。


 かつてヨコイケイスケの手から零れた、救いを求められて、救えなかった人たちの顔だった。


「そんな顔? あなたを脅迫して楽しんでるだけよ。勘違いしないで」

「自分のこと、『魔女』だなんて……そんな顔で言うなって言ってるんだ!」

「うるさいっ!これ以上何を話しても無駄でしょ」

「違う」

「もう帰って」

「違うだろ」


 ―――――そうだ。そんなことは分かってる。答えは、最初から出てる。


『最初からそのために、世界一の魔法使いになったんだ』


 ルルルンは部屋から去ろうとする彼女の手を掴む。


「ちょっと!放して!」

「聞いてくれ」


 不意を突かれた彼女はバランスを崩し、ルルルンの胸へ顔をぶつけるように倒れかかる。


「ちょっと!」


 突然の行動に対応できない北の魔女を、ルルルンは抱きしめ、力強く告げる。


「俺と一緒に来い」

「え?」

「俺が必ず、魔女とか魔法とか、そんなことで差別されない世の中を──『俺が』作ってやる!!」

「!?」

「この世界の、そんなくだらない価値観、絶対に俺が変える!!約束する!!俺が、お前を救ってやる」


 それは、ルルルンの──ヨコイケイスケの『生きる意味』。

 くだらない世の中の格差をなくすこと。魔法を、人が喜ぶことのために使い、世界を魔法の力で発展させる。

 そのために会社を作り、少しでも目的を果たすために努力してきたのだ。


 目の前に、差別に目をつむって諦めている人がいる。そんな相手に手を差し伸べなくて、何が『格差をなくす』だ!何が『人のための魔法』だ!!


 ルルルンは、北の魔女の『世界の仕組みに諦めている』そんな目を見て──勝手にしろと突き放すことなど、できなかった。


「ちょっと……なんで……え?」

「だからもう、そんな顔しないでくれ」


 ルルルンの胸の中で、妖艶な雰囲気は霧散する。

 顔を真っ赤にした魔女と呼ばれた女性は、少女のように激しく狼狽していた。


「え?ちょっと、でも、え?それって結婚?」

「違う!」


 そこはちゃんと否定した。

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