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北の魔女⑦

 動揺するルルルンに、北の魔女が「好意を抱く異性がいるか?」という直球の質問の答えを催促する。


「ねぇ答えてよ?好きな人いる?」

「好きな人は……」


 なぜか言葉が詰まる、口から出る言葉は決まっているのに。


「……いない」

「だったら!」

「でも俺は『女』だ!」


 「いない」という返答に明るい表情を浮かべた魔女の言葉を、ルルルンが間髪入れずに遮る。

 びしっと手を突き出し、自分が女であることを主張するが、北の魔女はその手をそっと取り、自らの胸元へ導いた。


「ちょっとぉ!!!???」


 握った指の隙間から柔らかな感触があふれる。それはルルルンの冷静さを吹き飛ばすには、十分すぎる破壊力だった。


「あっ……」

「うぇえぁ!」


 思わずあがる甘い声に驚き、ルルルンは慌てて手を離す。顔を真っ赤にしながら、距離を取るが、魔女は豊満な胸を隠そうともしない。


「あれれ?女なら、恥ずかしがること……ないでしょ?」

「いや、だから、女でも恥ずかしい人だっている……だろ!」


 苦しい言い訳をする魔法少女に、魔女は追い打ちをかけるように。


「それにあなた――」


 魔女はルルルンを指さし、思いもよらぬ言葉を投げた。


「この世界の人間じゃないでしょ?」


 それはあまりにも突然で、意外すぎる一言。ルルルンの思考は一瞬でフリーズする。


「な??」

「うーん、そう!別の世界から来た異世界人って感じ?」


 ルルルンの素性をあっさりと見抜く魔女。その核心を突いた一言に、ルルルンは激しく動揺する。


「……す、すごい想像だな、異世界とか、そんなわけないだろ?」


 隠しきれない動揺が顔に出ていた。話題を逸らそうとフル回転で考えるが、うまく思いつかない。そんなルルルンをよそに、魔女は平然と話を続ける。


「そうねぇ、別の世界で貴方は男でぇ、その世界では優秀な魔法使いだった、って感じじゃない?」

「なんでそう……思った?」

「観察とほんの少しの勘ってやつ?」

「そんなので分かるのか?」

「喋り方とか仕草とか、全然女のそれじゃないもん、下手すぎぃ」


 出会って間もないというのに、ここまで見透かされるとは……魔法を使った様子もない。自分の魔力感知をすり抜けたとも思えない。本当に観察と勘だけで看破したのだとすれば、この魔女は相当な切れ者だ。

 自分の落ち度には一切触れず、ルルルンは内心で北の魔女に最大級の賛辞を贈る。

 ふざけた雰囲気に流されかけていたが、改めて目の前の女が「魔女」であることを、ルルルンは強く再認識した。


「人間世界にうまく溶け込んでるって思ってるみたいだけど……この世界から見れば、あなたは魔女なんだよ?」

「……自覚してるよ」

「あ、異世界のとこはもう否定しないんだ」


 あっさり認めたルルルンに、魔女はフーンと鼻を鳴らして姿勢を正す。


「しない、もうこうなったら対当の立場でお前と向き合う」

「じゃあ、やっぱり男なんだ」

「……そうだ」


 ルルルンは覚悟を決め正体を明かす。


「今は色々あって、こうだけど、元々は男だ」

「むふふふぅ、やっぱり!すごいじゃん、私!私すごい!見る眼ある!うぇい!」


 魔女は自らの判断に自画自賛を送り一人で盛り上がっている。 


「てか。魔法だけじゃなくて、男だって事も隠してるんだ」

「言う必要がないし、言ったところで妄想にしか思われない」

「自分の素性も、魔法が使える事も隠して普通に暮らしてるって事?」

「そうだ」

「なんでそんな事するの?」


 魔女は食い気味にルルルンに問いかける。


「なんで?魔法が使えることが分かれば魔女扱いされるだろ?」

「別にいいじゃん、そんなの貴方にしてみれば雑音でしょ?」

「雑音って……」

「だって、バレたところで、騎士団と敵対する位じゃない?」

「いやぁ、世界の悪みたいに扱われるのは……」


 あっけらかんと何が問題なのかと、魔女はルルルンの言葉を否定する。


「あなた、隠れてヒーローごっこをしたいの?こっそり世界の敵である私達魔女を倒して回るの?それで良い事をしたって、えー!あなただったの!すごーいって褒めてもらいたいの?」

「違う」

「じゃあ、お金が欲しいの? 地位が欲しいの? 魔法を隠して、幸せな生活を送りたいだけ?」

「違う!」


 その言葉には、一片の嘘もなかった。


「じゃあ……やっぱりぃ結婚したいの? 魔法が使えると魔女扱いされて結婚できないもんね。……あれ?でも男か」

「いや、それはもっと違う」


 そこはきっぱりと否定する。


「じゃあ何のために、隠すの?」

「それは……」

「隠し事をしてまで、普通の人間に紛れて生活をしたいの?」

「お前だってこそこそしてるだろ!」

「私がこそこそしてるのは、ちゃんと理由があるもの。あなたは、否定する全てを否定できる出来る力があるんでしょ?」

「それは」


 もしも、聖帝騎士団や世界がルルルンを否定して敵になったとしても、返り討ちにして自分がルールを決める事だってできる。ルルルンにはそれほどの力がある。魔女の言う事には説得力がある。


「お行儀よくしてるだけって感じるけど?」

「ぐぅ!」


 言い返せない。ルルルンの考えに嘘はない。正体を隠すべきだという判断も、間違っているとは思わない。だが、そこに強い信念があるかと問われれば――答えに詰まる。この世界に対して、自分はまだ《《漠然とした思い》》しか持てていないのだ。


「俺はまだ、この世界に来て数ヶ月しかたってない、ハッキリ言えば、今はこの世界を見定めてる状態だ」

「偉そうに、上から目線」

「自分の力を自覚してるからこその判断だ」

「私なんか比べ物にならない力があるのに、なんでそんな回りくどい事しちゃうの?魔法で記憶を全部書換えちゃえばいいのに」

「記憶操作の魔法は完璧じゃない、大きな書換えは、時間が立てば必ず戻るし、リスクが大きい」


 魔法は万能じゃない。ただ取り繕うだけなら、それでいいかもしれない。しかし、この世界で「生きる」と決めた以上、安易な手段は選べなかった。


「じゃあなんで?」

「魔法の力だけでは、世界は変わらないって知っているからだ」


 ルルルンは、自分の無力さを理解している。どれほど優れた魔法使いでも、人の本質を変えるのは難しい。力で押さえつければ反発が生まれる。それでは何も解決しない。彼が望むのは、対話による解決だ。

 もし魔女への偏見がこの世界の常識なら、その常識を覆してみせる。ライネスが理解してくれたように、せめて自分の周囲だけでも変えていきたい――それが、薄っぺらいと自覚しつつも、それがルルルンが信じる理想だった。


「だからこそ、今はまだこの世界の人間達と共に暮らしていきたい、自分の立ち位置がはっきりするまでは、余計な混乱をこの世界に与えたくないんだ」

「綺麗事ぉ」

「そうだとしても、今は自分の出来る事をやるだけだ、目の前の救える人達を救うのが、今の自分の役目なんだと思ってる、そのためにこうやって君と対話しにきた」


 この数ヶ月で出会った人々の優しさや悩み、そして世界の歪み。すべてを救うことはできなくても、自分の手が届く範囲だけでも救いたい。そう思っている。そしてそれは、ライネスたちに限らず、目の前の魔女だって例外ではない。


「でもさぁ、もしあなたの正体が魔女だってバレたらどうなっちゃうのかな?」


「……脅す気か?」

「正体を知っても周りのみんなは貴方を普通の人間として見てくれる?」

「それは、わからない」

「信頼してた人達がみんな敵になるかもしれないよぉ」

「なんでそんな事をする?そんな事をしても、お前になんのメリットもないだろ?」

「《《ただの嫉妬よ!!》》」


 むくれた顔で、魔女はぷいとそっぽを向く。


「なんだそれ……」

「魔女のくせに、普通にして、普通に暮らして、ちゃんと人間扱いされて、なんなのよ、ムカつく!」


 魔女は拳をぎゅっと握る。悔しさの滲むその震えは、隠しようのないものだった。

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