北の魔女④
「ごめん、もう一回言って?」
耳を疑った、聞き間違いでなければ確かにこの魔女は「結婚したい」と言った。
「素敵な男性と結婚しぃ」
「あ、ちょっとまって」
「したい」
半裸の魔女は真顔でそう言った。
「結婚したひぃ!」
「ちょっとまって」
前のめりの魔女を静止する。
「それは、えーっと、どういう」
「そのままの意味だけど」
涙目でそう強調する魔女はむくれた顔で詰め寄る。その情けない顔は、世間が恐れる魔女の印象とは程遠く、ルルルンはますます毒気を抜かれていく。
「だってだってぇ、こんな辺境で一人、このままじゃ何時までたっても結婚できないでしょ?」
「そうなのかもしれないけど……え?冗談じゃなく?さては魔法のトラップとか?」
何かの罠かと周りを見渡すが、魔法の気配は全く感じられない。
「冗談だと……思う?」
とても冗談とは思えない、張り詰めた表情。ルルルンは魔女の言葉を疑う気にはなれなかった。
「えぇ……まじで?」
「まじだけどぉ」
ルルルンは小さく深呼吸をして、心を落ち着ける。
「まじなの?」
「本当だし!ごめんねぇこんなのが魔女で、全然あれよね、魔女っぽくないよね」
「いや、魔女にも色々あればいいんじゃないかな」
この魔女の真意を、もっと詳しく聞くべきかどうか。ルルルンは迷っていた。
「私が魔法を使えるってだけで、魔女ってだけで、みんなに怖がられて、避けられて、本当に散々だし……」
「まあ、気持ちは理解できるけど」
自分も疑われた手前、ルルルンはしょんぼりする魔女をフォローする。
「だよねぇ!分かってくれる!?」
「気持ちは分かるよ……でも、そう思われて仕方ない事をやってた……んだよね?」
「んー、んー、たまーに街に行って、イケメンを見つけたら魅了したりとかはしてたけど、魅了魔法で愛してるって言われてもなんだか空しくて、さ、最近は行ってないわ……行ってない、結界張って引きこもりの毎日よ、ほら!全然迷惑かけてないでしょ!」
どうにも調子の狂う魔女の言動、事実被害が出てる事を悪いと思っていないのか、とぼけた態度で目を逸らす。
「……魅了魔法使ってるから十分迷惑かけてるだろ?」
「そうなの……?」
「それについ最近、ミザドで魔法使っただろ?」
ギクゥ、という擬音が聞こえた。
「ソ、ソンナコトナイケドナァ、ソレハキットベツノマジョデハ?」
「はぁ……」
ここ最近の街での犯人は間違いなく、目の前でスッとボケているこの魔女である。しかし理由が本当に結婚相手を探してだとすれば、ますますこの魔女の悪性が薄れてしまう。
「まあ、人の心を操作するのは良くない事だと思う……かな」
ルルルンも街の人の記憶操作を行っている手前、偉そうな事は言えない、その言葉に強みはまったくなかった。
「だって、そうでもしないと、愛してもらえないし、魔女だって隠してそういう関係になりたくないし、だから」
「なんで魔女だという事を隠したくないんだ?」
「ありのままの私を愛してほしいから!魔法を使うのは出会いの導入をスムーズにしたいからでぇ、悪意はないからっ!」
「理由がしょうもないっ!!!」
「ごめんなさい……」
ルルルンの強めの突っ込みに、魔女はしょんぼりと肩を落とす。
あまりの害のなさに同情すらしてしまう、ルルルンが慰めようとした瞬間、北の魔女は何か閃いたのか目をクワッ!と見開き。
「だったらいい男を紹介して!!!」
そう言った。
「え?」
「結婚相手なんて贅沢は言わない、せめて彼氏になってくれるいい男を紹介して!!!」
本気の目でルルルンに男を紹介しろと懇願する魔女に、もはや魔女の威厳等は感じられなかった。
「生まれた時から、たまたま魔法を使えるってだけで魔女扱いされて、こんな辺境で一人寂しく生活してるなんて、酷いと思わない?」
「じゃあ、魔法を使わずに普通に暮らせばいいのでは?」
「それは嫌!魔法は使う、だって便利だし、なんで使えない人間に私が合わせなきゃいけないのか納得できない!魔法も合わせて私なんだから、そこは譲らない!!」
なんという我儘、はぁ……と頭を抱えたルルルンは、思いつく限りの提案をする。
「紹介できるかは分からないけど、誤解を解く手伝いは出来るかもしれない」
「誤解を解く?」
「ああ、だからまずは結界を解いて、自分は危険じゃない、悪意もないってアピールして、それから……」
ルルルンの提案に魔女は少し悩む素振りを見せる。
「それはできない」
「なんで?」
いままでの素振りから予想して、ルルルンの提案に乗るかと思った北の魔女だが、その答えは意外にもNOであった。