北の魔女①
ライネスとのやり取りから数日が経った夜。
ルルルンは一人で身支度を整え、どこかへ出かけようとしていた。仕事に支障が出ないよう、休暇の申請もしっかり済ませてある。理由を明かしていなかったため、バルカンにはかなり文句を言われたが、なんとか押し切った。申し訳なさを感じつつも、今回ばかりは許してほしい……ルルルンは心の中でバルカンに謝罪する。
ライネスたち第一騎士団は、すでにウルザへ向けて出立しており、おそらく今ごろは到着している頃だろう。本来ならルルルン自身が先に現地入りして、事を片付けておきたかった。だが、ルルルンのプライドが「不義理(無断欠勤)」を良しとしなかったのだ。
これまであえて触れずにきた存在との接触、その行動は、誰にも悟られてはならない。だからこそ、目につきにくい夜のうちに動く必要があった。
「よし、行くか」
そう呟くと。周囲をよく確認してから魔法を詠唱する。
「浮遊」
ルルルンは浮遊魔法で浮かび上がる。ある程度の高さまで浮かぶと、ルルルンは地図を広げ【ウルサ】の方角を向く。
「目印になるのは、このでっかい山か」
地図に描かれている大きな山、その近くにウルサの主都が確認できる。
「行けば分かるか」
土地勘がない以上、とにかく行ってみなければ分かるはずがない。マギリアには魔法でマーキングを施してあるため、帰りはマーキングした場所へ瞬時に移動できる魔法を使用できるので問題ない。だが、一度も行ったことのない場所へは、さすがにそうはいかない。
「高速飛行」
それは高速で飛行する魔法だったが、ルルルンの唱えたそれは「高速」と呼ぶにはあまりに速すぎた。周囲の景色が、目にも止まらぬ勢いで変わっていく。どこまでがマギリアで、どこからがウルザなのかは定かではない。ただ、風景は次第に雪景色へとグラデーションを描きながら移り変わっていく。
ウルザは、マギリアの北方に位置する、年中雪の残る厳しい土地。それでも多くの人々がたくましく暮らしている。
しばらく空から周囲を探索していると、目的地である大きな山が姿を現し、そのふもとに門を構えるウルザの主都「ミザド」が、ルルルンを出迎えた。
「ここがミザドか」
ゆっくりとミザドの街に降り立つ。
首都「ミザド」は、マギリアに勝るとも劣らない賑わいをみせる。ここで商売をするのも悪くないかも……などと考えるくらいには魅力的に感じる素晴らし街、しかしながら今回の目的は観光ではない。
「よし!やるか」
気合を入れてルルルンは、ウルサ全体の規模で魔力探知を実行する。
「広範囲探知」
探しているのは、魔女が残した魔力の痕跡だ。
魔導器を使わない魔力の痕跡を見つけるのは容易ではないが、ルルルンの探知魔法は常識を超えている。さらに、魔導器による痕跡は除外できるため、探知の対象は限定されており、魔女の痕跡を見つけ出すのは不可能ではない。ルルルンはそう判断していた。
探知を始めてから数分後。
「見つけた」
それは魔導器のものとは異なる魔力。おそらく、魔女の残した痕跡だ。
ルルルンはその魔力を手がかりに、さらに探知の範囲を広げていく。シアが誘拐されたときに使おうとしていた追跡魔法を唱える。
「拡張追跡」
ルルルンの脳内で、痕跡から糸を引くように追跡が始まる。
ウルサの街の外、痕跡は更に北の山奥へと向かうが、途中何かに阻まれるように魔法が消失した。
「結界か」
高度な結界が山奥に張られている事を確認すると、ルルルンはその方角を見据える。
今回の目的は『魔女と対話をする為』いざ本当に討伐が始まってからでは遅いと判断したからだ。始まる前に、魔女の存在とその目的を確かめておかなければいけない。ルルルンには、魔女に対していまだに拭えない可能性を感じていた。
【魔女は本当に悪なのか?】
ライネスの話を聞く限り、南の魔女は間違いなく悪意を持った存在だろう。無差別な破壊行為、そんなものが許されるはずもない。
しかし、本当に全員が同じ「悪」なのか?どうしても引っかかる点がいくつかある。
なぜ、四人の魔女は結託していないのか。なぜ、それぞれが四つの地域に領域を築きながらも、積極的に世に姿を現さないのか。領域を作ることが、自身の魔力を高めるために必要なのは理解できる。だが、領域の外に出たからといって、魔法が使えなくなるわけではないはずだ。
何か理由があるのか、それとも聖帝騎士団の抑止力が効いているのか。どちらにしても、今のルルルンには想像の域を出ない。
だからこそ、自分の目で確かめなければならない。余計なお世話かもしれない。だが、同じ魔法使いとして、どうしても知りたいのだ。
魔女たちが、魔法を使う本当の目的と、その真意を。
「おっと」
結界の目前、ルルルンは足を止める。
そこには確かに光の壁のようなものが存在していた。
「結界魔法か、となると、やっぱり超界以上の魔法は使えるわけね」
この規模の結界魔法となると、ライネス達が認識している界位より上位、限りなく絶界に近い魔法である。
「先に来ておいてよかった」
何も知らないまま討伐が始まっていたら、ライネスたちに何かあったかもしれない。魔女が「超界」以上の魔法を使えるというのは、非常に重要な情報だ。
だが、今回の目的は討伐ではなく、対話。ライネスたちが危険に晒されているわけでもなければ、魔女と戦うつもりもない。
「目的は話合いだ」
ルルルンは結界を無視してその中へ侵入する。
この結界自体に殺傷能力はないが、侵入者の感覚を狂わせて迷わせ、自分の住処へは決してたどり着けないようにする。そんな幻惑を強制的にかける、高度な結界魔法である。
しかしルルルンは、絶界までの魔法を無効化する術式を常に展開しているため、たとえ高度な結界であっても幻惑にかかることなく、難なく内部へと足を踏み入れることができた。
「魔法無効は有効、さて、魔女はどこかな?」
ルルルンの目に魔法刻印が浮かび上がる。千里眼の魔法は、はるか彼方の指定対象を発見する事が出来る魔法、指定対象は「上位の魔法使い」
「千里眼」
ひとしきり周りを見渡すと、それらしき対象が一つ。それもかなり上位の魔法使い。十中八九、魔女だと思われる。
「まあ、これが魔女じゃなかったらそれはそれで興味あるけど、とりあえず行くか」
あたりを付けたルルルンは、対象に向かい転移を試みる。
「転移」
一瞬で転移が成功すると、そこは魔女の住処の一室にあるベランダだった。ルルルンは物音を立てないようにそっと室内を覗き込む。中では一人の女性が椅子に腰かけ、髪を櫛で整えていた。ルルルンが静かに部屋の中へ足を踏み入れると、女性は振り向かないまま、ルルルンに声をかけてきた。
「こんな時間に来客なんて、珍しい、さっき結界を抜けてきたのはあなた?」
「多分そうだと思う」
「それにしても、ベランダから会いに来るなんて、随分失礼ね」
「正面から行っても相手にされないと思ったので」
「それはそうね」
「単刀直入に聞きますけど、貴方は魔女ですか?」
ルルルンは初対面の女性に対し魔女か?と問いかける、普通に考えたら随分と失礼な物言いである。
「人の名前を知りたいなら、自分から名乗る、そう教わらなかった?」
そういうと女性は振り返り、ルルルンと向かい合った。
「え?」
妖艶な雰囲気、整いすぎた顔立ち、サラリと靡く黒い髪、初めて出会う魔女の全容にルルルンは驚きを隠せない、なぜなら。
「なんで裸?」
美女はなぜか全裸であった。
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