二人の決意①
ルルルンは、ライネスにぐいぐいと手を引かれ、マギリアの街を歩く。
マギリアの街を二人で周り、買い物をしたり、おいしいランチを食べたり、あれやこれやと、休日を満喫する。
そんなマギリアを歩いてルルルンはふと思う。
「マギリアって……いい所だよな」
「どうした、改まって?」
「空気もいいし、キレイだし、人もいい、平和で街中が活気にあふれてる」
「平和なのは良い事だ」
「ほんとそれだよな」
平和という言葉に反応してしまう。
「争いなんかないほうがいいよ、全部が平等なんて絵空事とは分かってるけど、一人ひとりが幸せで、尊重しあえる世界であれば、それが一番だ」
「随分と感傷的だな」
「全部を救うなんて傲慢だったんだよ、今こうやって街の人達を見てるとさ、目に映る物を守っていければそれでいいやって思えてくる」
「ケイスケ……」
この街の景色はルルルンの理想だった、憎しみも差別もない、この街で生きる事が幸せだと感じているのが伝わる世界。毎日が負の感情との戦いだったヨコイケイスケにとって、それは夢の様な風景だ。
「だから俺は、この街でみんなの役に立ちたい、何でも屋を立ち上げて、みんなを助けたい」
「私も……」
「ライネス?」
「いや、なんでもない」
ライネスは何かを言いかけて口を噤む。憂いた雰囲気に安易に軽い言葉が出そうになったが、そんな簡単な話ではない、自分がルルルンにしてあげられるのは、この騎士団として世界の平和を守る事で、隣で笑顔になる事ではないのだ。そんな事は騎士団に入った時に覚悟していた話、ルルルンには目の前を幸せを成就してほしいが、自分は違う、目の前ではなく先を見据えなければ世界を守る事はできないのだから。
「俺なんか変な事言った?」
「いや、何もいってないぞ」
「何か難しそうな顔してたから」
「してたか?」
「してたよ!せっかくオフな感じでかわいいんだから、もったいないよ」
「世辞はよせ、かわいいなどと、ありえん」
「お世辞じゃないよ、ライネスはかわいいでしょ」
「お前は……まったく」
調子が狂う、決意を胸にいつだって世界のために、民のためにと考えているはずなのに、ルルルンの前だと色んな感情が緩くなってしまう。それは決して不愉快ではない、むしろ心地よい。ライネスは正体の掴めないこの気持ちが正直な所「悪くない」と感じていた。
自分の目的と、ルルルンの目的、行き着く先は違うだろう、だけど、今だけは目の前の幸せを感じていよう、ゆっくりと一緒にいけるところまでは一緒に歩いて行こう。
ライネスはルルルンに笑顔を向ける。
「目的を達成するのは時間がかかるかもしれないが、のんびり行こうじゃないか、ケイスケ」
ルルルンはライネスから意外な一言をかけられた事に少し驚く。
「ライネスからそんな風に言われるとは思わなかったなぁ」
「そうか?私はそんなに生き急いでいるように見えるか?」
「いや、そこまで言ってないだろ」
「ケイスケの顔にそう書いてあった」
「ライネスの場合、人一倍努力してるって言う方が正しいかな」
「上手い例えだな」
初めて出会ったライネスは、余裕が無い印象というのがルルルンの本音だ、それこそライネスの言うように、生き急いでいるような激情が感じられたが、交流を深めてからはそういった印象は少しずつ薄まっている。ライネスの中で魔女についての考え方が変わったからなのか、ルルルンの影響なのか、自分自身が魔法を習得したからなのか、彼女の中で何か変化があったのは間違いないのだが、それはまた別の話。
「ライネス様~」
小さな子供がライネスに駆け寄ってくる。
「私ね、最近剣のお稽古を始めたの!」
「そうか、それは素晴らしい……」
ライネスは嬉しそうにその子の頭を撫でる
「ライネス様みたいに強くなりたいから、毎日剣を振ってるの!!強くなってみんなを守りたいから!!」
「手を見せてくれるか?」
「はい」
少女の手は剣の素振りをしているのか、多くのマメができていた、ライネスはその手のひらにそっと手を添える。
「素敵な手だ、君はきっと強くなれる」
「ほんとに?」
「本当だ、家族を守るため、訓練を怠るな」
「はい!!!」
バイバーイと少女は手を振り家族の元に戻っていく、家族は会釈し、ライネスはそれに応え手を振る。
「イケメンすぎない?」
「なにがだ?」
「いや別に」
傍から見れば、本当にただのイケメンでしかない、美しい顔立ち、振る舞い、全てが完璧だ。
「ライネス様、こんにちわ」
「こんにちわ」
「ライネス様ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ライネス様」
「ライネス様!!」
二人が歩いていると、街の人達はライネスに挨拶をしたり、感謝をしたりと、とにかくよく声を掛けられる。ライネスがいかにこの街にとって重要で、尊敬される存在なのか、改めてルルルンは実感する。
「どうした?」
「あ、いや、ライネスはやっぱりすごいなって」
「別にすごくない」
ライネスは謙遜するが、自分が認めているすごい奴が、やっぱりすごい奴だと実感できることがルルルンには誇らしかった。
「こんな風に一緒に歩いた事なんかなかったし、改めて知るライネスのすごさって言うか、みんなに信頼されてるんだなぁって」
「そうだな、信頼か……確かに信頼されているという事は、誇らしいと思う、我々のやっている事への正当な評価なんだろう……だが半面、それを裏切ってしまえばその信頼は地に落ちる、一瞬でな。私たち騎士団の信頼は、勝ち続けなければ支えられない歪な物なんだよ」
その話を聞いて、ルルルンはかつての自分を思う、世界一の魔法使いと期待され、期待され、世界に持て囃されたが、魔法が使えなくなった瞬間、その期待は裏切りに変わり、世界から蔑まれた。世間とは悲しいかなそんなものだ、だがそれを理解してなお、ライネスは世界のために職務を全うする。ルルルンはその意気を心底尊敬し、応援したいと思っていた。
「なあ、ライネス」
「なんだ?」
「俺、魔女の件関わらないって言ったけどさ、もし関わったら怒るか?」
思ってもいない事にライネスは面食らう。
「どうした?なにか心境が変わったのか?」
あー、と言い淀むが、ルルルンは話を続ける。
「この前のシアの件でさ、魔女の眷属が俺を明確に狙ってきたんだよ、魔法の事が魔女の誰かにどうもバレてるっぽい」
「そうか……カインからの報告を聞いて、そうじゃないかとは思っていた」
「ライネスと初めて会った時に懲らしめた魔女会の奴が、魔人機の鎧を着てカインと戦っていた、多分あいつが俺の魔法の事を魔女に報告したんだと思う、認識阻害魔法をあいつにはかけていなかったから」
「なるほど、そういうことか」
「だから魔女に目をつけられたんだろうな」
神妙な空気が二人を覆う。
「シアを巻き込んで、これはまずいなって思ったんだ」
「気持ちはわかる」
「含みあるね」
「その件を踏まえても、ケイスケの姿勢としては「魔女討伐には関わらない」でも自分の周りに迷惑がかかるのは望むところではない……だから、対話を試みたい、だろ?」
全てお見通しなのか、ライネスはルルルン考えを全て代弁する。
「迷惑かけたくないから、個人的に魔女と会って色々と話しをしようかと思ってる」
「できる相手ではない」
「俺は……そう思わない、さっきの話に出てきた魔女に近しい眷属は、少なくとも会話する余地があった……魔女側にもなにか思惑がって、それが行動原理になってるはずだ、じゃなきゃ俺をわざわざ狙ったりしないだろ?」
「それでも賛成はできない」
そう言われると思った。のでルルルンは確信を突く。
「魔女討伐、本当にやるのか?」
「!?」
思いがけない言葉に、ライネスが驚いた表情を見せる。