策謀のマギリア⑫
「では、次に会うときは正面からお伺いします」
フェイツは悪びれる様子もなく、丁寧に別れの挨拶をする。
「お友達みたいな感覚で来るなって」
「シアさんがあなたならきっと仲良くしてくれると言ってくれましたから」
「シアなら言いそうだけど、いや、ちょっとまって、シアとそんな会話したの?」
「なので、次は……」
「いや、もう来なくていいよ」
面倒くさいと、あしらうも、シアへの対応や言動を見るに、フェイツの事をそこまで悪人ではないようにルルルンは感じていた。
『いや……そうは言っても俺を殺そうとはしてたし、実際シアを誘拐してるけど……』悪である事に間違いはないのだが、違和感がある……。
それが何かまでは明確に掴めないが、自分が見てきた悪とは少し毛色が違うような、そんな気がする、あくまでも気がするだけで確信ではないが、フェイツが仕えている東の魔女には、何等かの具体的な目的があるのでは……?ルルルンはそう考えていた。
「……シアさんに」
「シア?」
「いえ……なんでも」
「あ、そう」
「それでは、また……」
「いや、だから来るなって!」
フェイツはそう言い残すと、自分の影の中に沈んでいく。ルルルンとフェイツとのやり取りを静観していたカインはその状況を見て慌てて気が付く。
「あ、待て!!!お前を逃がす分けには!!」
ルルルンがカインが慌てて取り押さえようとするも、フェイツを飲み込んだ影はあっという間に消えて、前のめりに空振りする。
「あー!!!!せっかくの情報源んんん!!!!」
「あ、ごめん」
「ごめんじゃない!!貴重な魔女の情報だったんだぞ!!」
「え、ごめん」
「私がいながら、みすみす逃すとはぁ、ライネス様に合わす顔が無い!!!ひぃん!!!!!!」
貴重な情報源なのは分かるが、影魔法の使い手が相手では仕方がない。影に逃げられたら追跡のしようがない。そう言おうとするも、ルルルンは口を噤む。
フェイツの本当の目的が、自分の魔法使いとしての実力を計りに来たという事は理解できる、新型魔人機を着ていたモブの男、彼はルルルンに分子分解された魔人機に乗っていた悪漢、フェイツがあの男を使ったのは、あの件を知っているというメッセージなのであろう。力を計ってその先の目的までは分からないが……
「ごめんねパイセン、なんか巻き込んじゃって」
「巻き込んだ?私が自主的にした事だ、気にするな……だが、一つ聞かせろ」
「何?」
「なんで魔女の関係者に狙われていた?」
カインは直球で核心を突く。
「あー……その……さっきあいつが言ってたでしょ?俺ってほら、すっごい美人だし、魔女に会いたいって思われるとか、すごいよねぇ」
当然の疑念だが、どう説明したものか、ルルルンは逃げ腰に返答をはぐらかす。
「あの眷属も魔人機も、団長クラスでなければ対処できるか怪しいレベルだ、そんな奴らにそんな理由で狙われるなんて、普通では考えられない」
「ええぇっと、あのぉ……その、つまりですね」
言い逃れが難しい、思いつくのは苦し紛れの言い訳のみ。ルルルンは覚悟を決めて言い訳を始める。
「あ、ほら、俺ってライネスと愛人設定でしょ?」
「設定な」
「だからほら、ライネスの弱点って思われてるんじゃないかなぁって、愛人だし」
「お前を人質にライネス様を?」
「そうそう」
「だったらシアではなく直接お前を誘拐すればいいのでは?」
ぐうの音もでないくらい、その通りだった。
「え???そうだね、なんでだろうね」
「お前をおびき出すために、シアを人質にとって、呼び出したお前を人質にする……随分と非効率な方法を選択するんだな」
「け、警戒してるんだって、魔女も意外と慎重派なんだね!」
かなり苦しい。
「そうか……なるほど、それほどまでに魔女はライネス様を警戒しているという事か」
「あ……え?」
予想外のリアクションが返ってきた。
「そうだね、すごいよねライネス」
ルルルンは勢いで乗っかる事にする。
「まったくだ魔女にこれほどまでに警戒されているライネス様、さすがだ!!」
カインが脳筋で本当に良かったと心底思うルルルンであった。
「(それにしたって、聖帝騎士団もとんでもない奴ばっかりなんだな)」
ガハハと納得して笑っているカインを横目に、ルルルンは改めて聖帝騎士団という存在にも関心を持つことになる。カインが見せたルルルンが知らない技術、魔法に近い力を発揮する、聖剣と呼ばれる物。会える機会があれば聖帝様にも会ってみたいと思うが、会いたい気持ちと面倒くさいという気持ちと綱引きをしている。
「ライネスに聞けばいいか」
魔女も聖帝もできることなら絡まずに、平穏に暮らしたい、ルルルンはあくまでも人のためになる会社を作る事が目標なのだから。絡まれたら対応するが、自分からアプローチをする事はない……ただ、魔女という存在だけは、ルルルンにとって無視できるものではないのかもしれない、今回の件はルルルンにそう思わせるに足る、それほどに考えさせる一件だった。
「シア、シア、大丈夫か?」
気を失っているシアを抱きかかえて声をかける。か細い声を漏らし、ゆっくりシアが目を覚ます。
「ルルさん……?」
「迎えに来たよ」
シアの目に映るルルルンは、あまりのイケメンぶりに、キラキラと輝いていた。
「わわわわわぁ」
抱かれている状況を認識するとシアは顔を真っ赤にして、行く当てのない手をパタパタと動かしている。
「ごめんな、俺のせいで怖い目に合わせて」
「え、いえ、そんな、私怖くなかったですし……それに」
「それに?」
「サイツさん、あ、私をここに連れてきたキレイな方ですけど」
「さっきまでいたよ、シアに何か言おうとしてたけど、何かあったの?」
「あ、いえ、なにかあったとかじゃないんですけど、優しくしてくれたので」
人質を丁重に扱ったのか、それとも他意があったのか、優しくの中に込められた目的を深読みするが、シアの純粋な表情を見ていると、余計な考えは邪推だなとルルルンは考えを改める。
「あの女は魔女の眷属だった、シアさんは我々をおびき寄せるための人質だったという訳だ」
「カイン様!?」
「カインパイセンが眷属と戦ってくれたんだ」
「ええええ!!あ、ありがとうございます」
「騎士団として当たり前の職務を果たしただけだ」
深々と頭を下げるシアに謙虚な姿勢でいやいやと対応するカイン、二人のやり取りをルルルンは笑顔で見つめる。
「ちゃんと向き合わないとだめかなぁ」
周りを巻き込んでしまった事実、重く受け止めなければならない。この世界と魔女と魔法と、それらと無関係ではいられない位置に自分がいる事実を、まざまざと突き付けられ、ルルルンは自分が異分子であることを再認識する。
これからの事、考えなければと思いつつも、今はただ、シアの無事をバルカンに伝えたいという気持ちが一番の最優先であった。