策謀のマギリア⑧
マギリアの地下には巨大な水路が存在する、街の水はけが悪く、水害が発生しやすい地形のため、街の治水のために作られた地下水路である。水路が完成して以降、水害は劇的に減り、この地下水路はマギリアの繁栄に大きく貢献していた。
水路は街の地下に迷路のように繋がっており、水を貯める目的で水路の中心地には大きな空間が広がっていた。規定値以上の降水があった場合、そこに水を溜め最終的に川へと放流するのが目的だ。
雨が降っていない場合、その貯水層に水は貯まっておらず、ただ広大な空間として存在している。
その大きな貯水槽の中央にそびえ立つ大きな柱の前で、シアは目を覚ました。
「ここは……?」
「おはよう、シアさん」
「誰……ですか?」
シアの前に立っていたのは、シアにとって見知らぬ女性、深々とフードを被り、スラリとした長身が特徴的だった。
よく観察すると、フードの奥から覗く顔はシアも見覚えのある顔であった。
「……フェイさん?」
「ごめんなさい、私はフェイじゃないの」
「どういう……」
「この顔は借りただけ」
借りただけ、そう言うと女は顔に手を当て、魔法を解除する。
すると、先ほどまでフェイだった顔が、見覚えのない顔へと変わる。
「え?」
「貴方たちと仲が良い人みたいだったから、ちょっと顔を借りたの」
「あなたフェイさんじゃないんですか?」
いまいち事態を飲み込めていないシアは食い気味に女に問いかける。
「…違うわよ」
「じゃあ貴方、誰なんですか?あ、私はシアっていいます、よろしくお願いします」
マイペースに話すシアに戸惑いながらも、女は自己紹介をする。
「私は東の魔女に使える眷属」
「名前は?」
「貴方にその情報は必要なのかしら?」
「必要だと思います、名前知ってたほうがお話しやすいですから」
ニッコリと笑顔でそう答えるシアに、変な女だと思いつつ女は名を名乗る。
「私の名前はサイツ、よろしくねシアさん」
「……サイツさん……あ、よろしくお願いします!」
フェイツは意図的に自分の名前を伏せ、偽名を名乗った。シアに対して不遜な態度を取るわけでなく、魔女の眷属であるフェイツはシアに対して礼儀正しく対応する。
「あなたに危害を加えるつもりはないの、私はただ、ルルルンさんに用事があって……貴方を人質にして穏便に終わらせるつもり」
「ルルさんに用ってなんです?」
「貴方には多分関係のない話ですね」
「え?そんな風に言われたら気になるじゃないですか?」
「いや、貴方すごくグイグイくるのね、人質の自覚ある?」
「あ、そうでしたね、出しゃばりました、すいません、ちゃんと人質します」
シアはフェイツになぜか謝罪をする。というのも、どういう理由か、シアは拘束の類を一切されておらず、自由に動ける状態で放置されていた。人質と呼ぶにはあまりにも相応しくないその様子は、シアがフェイツに付き添っているようにしか見えない。
「あ、あの……やっぱり気になるんですけどルルさんとはお知り合いなんですか?」
「二回ほど会った事がある程度ですけど、今日は、あえて言うなら品定めでしょうか?」
「品定め?」
「私の知り合いが優秀な人材を探していまして、噂でルルルンさんはとっても優秀だとお聞きして、一度お話しをしてみたいなと」
「ルルさんが優秀?」
「はい、違うんですか?」
「いえ……」
「いえ?」
「ルルさんはですね!!すっごく優秀なんですよ!!!!」
ルルルンを褒めるフェイツに、食いつくようにシアが反応する。
「シアさんはルルルンさんの事、詳しく知っているんですよね?」
「ええ!!詳しいですよ!!」
「じゃあ、少し聞かせてもらえるかしら?」
フェイツがそう言うと、シアの目の色が変わる。
「ルルさんは、なんでもできるし、優しいし、人望もあるし、一緒にいて楽しいし、私みたいなドジにも丁寧に色々教えてくれる、私はいつだってお荷物で、周りのみんなに邪魔もの扱いされてきた、ずっと見捨てられてきたんです、でもルルさんは私を見捨てず、優しく寄り添ってくれた、本当のお姉さんみたいな……私にとって、特別な人です」
捲し立てる様にシアが話す、想いが溢れて洪水のように言葉が溢れる、その言葉に一言も嘘はない。
しかし、魔女の眷属として生きてきたフェイツにとって、シアの感性は理解しがたいものであった。
眷属にとって「使えない」=「死」である、心の底から心酔する魔女は寄り添ってくれない、それが当たり前なのである。
東の魔女に生きる意味を与えられたフェイツにとって、魔女からの寵愛など期待していない、してはいけない、する理由がない。彼女にとって魔女は生きる意味その物なのだ。
だからこそ、シアの思想はフェイツにとって理解し難いものであった。
「特別?シアさんにとって、ルルルンは神のような存在なのですか?」
「いや、そんな神とかそんな高尚なものじゃなくて」
「じゃあなんなのです?」
「え?いや、その、あなたにもいませんか?一緒にいると、ドキドキしたり、その人のために何かしてあげたくなるような、特別な人?」
脳裏に東の魔女の顔が浮かぶ、フェイツにとっての特別な存在、だが、目の前の少女の言う特別とは決定的になにかが違う……が。
「私も……特別な人のために、ルルルンを探している、お前を人質にして」
「そんな事しなくても、ルルさんは会ってくれますよ!」
「いや、そういう意味では」
「ルルさんは、とってもいい人ですから!」
シアと話していると調子が狂う、フェイツは感じた事のない感情に、少しだけ苛立ちを覚える。
「サイツさんとも仲良くしてくれますよ!!」
「そんな悠長な目的だと、本当に思っているのですか?」
「悠長?」
平和ボケした少女にフェイツは怪訝な顔を見せる。
「私が、ルルルンを殺しに来たと言ったら?」
「え?いや、そんな事ないんじゃないですか?」
「……なぜそう思う?」
殺害が目的ではないのは事実だが、それを即答したシアに質問する。
「サイツさんはきっと悪い人じゃない」
「悪い人じゃない?」
その言葉にフェイツの思考が停止する。
「は?」
思わず声が出る、聞いた事もない言葉、フェイツの心が戸惑う。
「私、人を見る目だけは自信あるんです、自分の直感を信じてるんです」
「私は、あなたを理不尽に誘拐してるんですが?」
「特別な人のためなんじゃないんですか?誰かのためにやった事ですよね?だから悪い人じゃないです、誰かのためにって行動する気持ち、私わかりますから!!」
見透かされている、ほんの少しの会話で、自分の心を読み取っているようなシアの発言に、フェイツは恐怖を感じた。当のシアはそんな気もなく、自分の気持ちとフェイツの気持ちを重ねた結果の勘違いなのだが、フェイツには唯々不気味なだけである。
「あなた、能力者?」
「能力者?……いえ、私はあんまり役にたたない、ただの見習いウェイターです!能力者なんてとんでもないです、むしろ無能ですし、あははぁ……」
自覚がないのか?ただの偶然か、とぼけているとすれば、その態度に嘘の気配がまったくない。相当の手練れと警戒したフェイツは立ち上がり、シアに対して構えを取る。
「そのふざけた態度、油断させるのが目的か?」
「油断?ルルさんと会う前の息抜きって意味ですか?」
「とぼけるな!!」
かみ合わない会話に、フェイツの指輪が光り、魔法が行使される、フェイツの影が伸び、シアの首にまとわりつく。
「え?」
その影はシアの首をじわじわと締上げる。必死にそれを振りほどこうとするが、締め上げている影を掴む事は出来ない。
「く、くるしぃ……」
「ルルルンの仲間、貴様も魔女の一人か?」
「や、めて、サイ、ツさん」
「気安く名前を呼ぶな、人間風情が……」
冷静さを欠くフェイツの魔法の力が強まり、シアの首を絞める影の数が更に増えるが、シアにそれを振りほどく素振りはない。
「なぜ抵抗しない、魔女なら魔法を行使してみせろ」
「私は……そんなのじゃ……」
次第に力が抜けていくシアを見て、フェイツは自分の考えが誤りなのではと平静をとりもどす。
「お前は」
普段フェイツが気持ちを乱す事は無い、なぜ自分がこんなにも感情的になったのか、フェイツ自身が一番戸惑っていた。
魔法で締め上げたシアの弱弱しい声に苛立ちと動揺を同時に感じていた、その時だった。
「シア!!!!!!!!!!!!」
青と赤の魔法少女と騎士が、フェイツの待つ貯水槽に現れた。
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