魔法少女になっちゃったんだけど
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
女、しかも自分の会社のマスコットキャラクター【ルルルン】になってしまった現実にケイスケは絶叫する。
フリルのついた衣装。風に舞う長い青髪。ぱっちりとした大きな瞳。これはどう見ても「魔法少女ルルルン」ミズノカオリが情熱を注いで作り上げた、社運すら背負うマスコットキャラクターだ。
「いや待て、落ち着け、そうだ!これは夢!まだ夢という可能性、可能性が……」
その希望にすがって全身を確認する。
ダメだ。女だ。
「どうかしたの?大丈夫?モンスターに襲われて動揺してる?話聞こうか?」
衛兵が下心全開で心配そうにケイスケの狼狽具合を眺めている。
「女ですか?」
「は?」
衛兵に確認する、自分の印象を客観的に。
「自分って女ですか?」
「女ですよ」
「かわいいですか?」
「すごくかわいい……です」
衛兵の隣にいた女兵士も、黙ってうなずいている。
「かわいい女……」
少し息を吐き、気を落ち着かせる。
そして、もう一度触る、見る、一回転してもう一度鏡を見る。
女だ。
どうやっても、どうゆう確認方法を試しても、女だ、女子の肉体である。ケイスケのしている確認行為は、ケイスケが自分が女になってしまった現実をハッキリとさせるだけであった。
「なんで、どうして?俺は、たしか、会社を出て……カオリと一緒に駅に向かって」
フラッシュバックする真っ赤な記憶。
恨みの末、果たされた復讐劇。それは確かな記憶としてケイスケは確実に認識している。
「俺たちは……俺を恨んでる競合会社の社長が運転するトラックに撥ねられて……」
トラックに撥ねられてという所でケイスケは気が付く。
「あぁ、これ」
気付き。思い至る。
「転生ってやつ?」
これこそが世にいう異世界転生、しかも性別変換のおまけつき、なんということでしょう。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
頭を抱え、天に叫ぶ。その叫びは諦めに近かったが、けして絶望ではなかった。
「ありがとう神様、形はどうあれ、俺は今生きてる!多分だけど、そう!生きてる!」
生の充足感がケイスケに前を向く力を与える。そうだ、生きてる。それだけでいい。魔法が使えなくても、ルルルンになってても、生きていればやり直せる。それだけで十分だ。
「すいません、ご心配おかけしました!私は大丈夫なので、あ、街、入っても大丈夫です?なにか証明とかいります?」
「え?え、ええ、そういう確認とかはないけど?」
「そうですか!!ありがとうございます!!」
「あ、お食事」
「先輩!」
衛兵同士のしょうもないやり取りが背中越しに聞こえる中、ケイスケは踵を返して足取り軽く街の門をくぐった。
未知なる世界が、目の前に広がっている。
「おおおお」
目の前に広がるのは、明らかにケイスケの知る世界とは違う景色だった。
中世風の石造りの街並みに、木組みの家々。ファンタジーRPGでよく見るような民族衣装を着た人々が行き交い、道端では香辛料の匂いと笑い声が混じり合っている。目に映るすべてが初めて見るものばかり。訳の分からない転生の事実を突きつけられたケイスケだったが、その光景はどこか心を落ち着かせてくれた。
街ゆく人々が、次々にケイスケの方を振り返る。驚きの視線か、あるいはその美貌ゆえか——理由はわからないが、注目されるのは悪い気分ではない。
「よくわかんないけど、俺は美人で可愛いってことね!さすがルルルン!」
自社のキャラクターが異世界でも通用していると勝手に解釈し、気分良く街を散策する。
その街には確かに「暮らし」があった、人々の会話、笑いや怒りの感情が躍る、それは夢ではなく現実である事を確かめるには十分な風景だった。
「本当に別の世界なんだな……」
異世界転生。性転換。どちらも驚きではあるが、もはや驚いてばかりはいられない。こういう時こそ慌てず機転を利かせる。そうやってケイスケは会社を経営してきた。過去の経験を思い出し、顔を上げる。
「原因は分からない、けど!そんなのどうでもいい、生きてる事実が重要だ、俺は今確実に【生きてる】」
なぜ転生したのか。この世界のルールは何か。そういった謎は追い追い調べればいい。そんな事より生きている事実のほうが何倍も重要だ。
だが、ふと胸に影が差す。
「だったらカオリは?」
自分が生きているという事は、あの時自分の胸の中にいたミズノカオリはどうなったのか?転生したのが自分だけなのか?カオリは助かったのか?真実は分からない、だがハッキリしているのは「今ここにカオリはいない」事だ。
こんなとき、もし魔法が使えたら、カオリの居場所くらいすぐに探せるのに——。
ケイスケは何気なく、魔法を使うような仕草をしてみた。すると、その瞬間。
「あれ?」
その違和感は、大気中に満ちていた。
「嘘だろ?」
ケイスケの中の忘れかけた感情を刺激する。
風の中に、大地の中に、《《あるはずのない》》、懐かしいものを感じる。
「ありえない」
——魔素。
魔法の源。それは五年前、ケイスケたちの世界から完全に消え去ったはずのもの。
「なんで、そんな……」
思考が追いつかない。だが、間違いない。これは魔素だ。
動揺しながらも、ケイスケは魔素を取り込み、魔法を発動させる手順を自然と始めようとした——そのとき。
「放して下さい!!!!!!!」
人で賑わう商店街の大通りから悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
ケイスケは魔法の準備を中断し声がした方に向かう。
人だかりの中心に騒ぎの元凶がいた。
「お願いです!やめてください!」
一人の女性が、粗暴な男たち数人に絡まれていたのだ。
「いいじゃねえか~ねえちゃん、俺たちと遊んでくれよ」
「やめてください」
「俺たち魔女会信徒よ、いいの?そんな態度してぇ」
如何にもな、あまりに如何にもな輩たち、100%テンプレートな悪漢が町の女性にこれまたテンプレートな絡みを披露している。
「私、これから仕事があるので……」
「いいじゃんいいじゃん、そんなのサボっちゃえよぉ」
「サボるなんて、ダメですよ!!」
「真面目かよ」
少女の真面目な反応に、悪漢達は大笑いし、嫌がる少女へ挑発を続ける。
「お前らなんか、聖帝騎士団がすぐに来て捕まるだけだ!」
勇気を出した住民が声を上げた。
「聖帝騎士団だぁ?」
「おい誰だ、いま言ったやつ!ああ?」
住人の言葉に反応した悪漢は、ニヤリと笑い大声で語る。
「いいぜ、連れてこいよ!聖帝騎士団を!俺たち魔女会が相手してやるぜ!!」
そういうと、魔女会を名乗る男たちはゲラゲラと笑う。
その声に、周囲の住民たちはざわめきながら後退する。口々に「なんで魔女会がこの街に……」と不安げにささやきあっていた。
「魔女会?なんだ?ヤクザみたいなもんか?」
魔女会だか、聖帝騎士団だか、この世界の事はよく理解していないケイスケだが、この状況でハッキリと分かる事がある。
「気に入らん!」
何か事情があるのかもしれないが、ケイスケは困っている人を見過ごす性根ではなかった。
「神様、わかるよ、そういうやつね」
異世界転生のお約束――その全てを神の采配と理解したケイスケは、下心全開で絡んでいる男たちと少女の間に、まるでテンプレの主人公のように颯爽と割って入った。
「なんだおめえは?」
「放せっ!!嫌がっているだろ!!(棒)」
「ああ?」
少女の手を掴んでいた男の腕を振り払い、青く美しい髪をなびかせながら、決まり文句を口にする。
「やめときな、これ以上やるなら、俺が相手をする」
「え?」
悪漢たちに動揺が広がる。無理もない。彼らの前に立ちはだかったのは、筋骨隆々の男でも、キザな色男でもない。
――誰が見ても美しく、可憐で、この世のものとは思えない少女。
「早く逃げて」
「あ……はい……」
少女を安全な場所へ逃がすと、ケイスケは男たちと対峙する。明らかに戦力差のある構図――だが、ルルルンの姿をした少女は一歩も引く様子はない。
「お、おい」
「なんだ?」
「その子」
悪漢たちがひそひそと相談を始める。
「どうした?びびってんのか?一人の女にしかイキれない根性無しかお前ら?」
「かわいい……」
返ってきたのは意外な一言だった。
「かわいい」
「は?」
「かわいいなぁ、おい!あんた、名前は?」
「名前?」
「そうだよ、さっきの女なんか目じゃねえ、あんたが俺たちと付き合ってくれよ!!!代わりに相手してくれるんだろ?」
「あ、え?いや、そういう意味じゃ」
「最高の美女だ!俺たちゃついてるな!!」
「いや、だからそういう意味じゃ」
「断ったらどうなるか、分かるよな?」
ぞっとする視線。いやというほど見てきた、下劣で私欲に塗れた眼差し。胸が悪くなる。ケイスケの表情が、明らかに曇った。
「俺は、お前らみたいなやつらが、大嫌いなんだよ」
ケイスケの全身から怒りのオーラが立ちあがるが、悪漢たちには逆効果だった。
「おほーいいね、強気な俺っ子、たまらないよ!」
「かわいい!」
「俺が貰うんだからな!」
「ばか!俺だよ!」
「かわいい!」
「嬢ちゃん!俺たちに逆らうと、痛い目にあうから、言う事聞いた方がいいよん」
そのうちの一人が呪文のような言葉を口にする。それは最初、ケイスケにはただのハッタリに聞こえた。だが次の瞬間――
「その力、大地を焦がす炎となれ刻印顕現!クラ・バーン」
「な????」
それは魔法であった、ケイスケの世界では失われた大いなる力、男は確かに手の平から魔法で炎を出した。
踊るような炎はケイスケの周囲を囲む。
「……な!?」
その炎は、明らかに《魔法》だった。かつて世界から消え去ったはずの、奇跡の力が目の前で実体化している。
「これは……魔法?」
見間違いではない。炎が踊り、ケイスケの周囲を包み込む。驚き言葉がでないケイスケを見て悪漢は嬉しそうに笑う。
「焼かれるか、俺たちのおもちゃになるか……さぁ、選べよ!」
だがケイスケは炎を恐れるどころか、燃えさかる掌にずかずかと近づき、その手をがっちりと掴んだ。
「おおう、なんだ?お前近いよ、距離感おかしくね?怖くねえのかよ?」
「おい、これはなんだ??」
よく見ると、男の手には水晶のような刻印が輝く手袋――魔導器が装着されていた。
「これ……魔導器か?……じゃあこの炎って、もしかして?」
「馬鹿かお前!!これは魔法だ!!魔法!!!俺様は奇跡の加護を授かった魔法使い!悪い事は言わねえ、言う事きかねえと、火傷しちゃうぜ」
魔法、それはケイスケの世界から失われた奇跡、失われた奇跡が今確かに目の前にある。
「魔法……」
「そうだ!魔法だ!」
心が熱くなる。
「魔法なんだよね?」
「魔法だっていってんだろ!」
心が震えて、爆発する。
「うっううう、うぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁっぁあああああ」
突然泣き始めた少女に男たちがギョッとする。
「ひぃぃぃぃんびゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「いや、なんで泣くんだよ」
「だって、だって、魔法だよ、魔法、信じられるか?お前魔法を使ってるんだぞ!!!」
「それがなんだってんだ!?魔法が怖けりゃ言う事をき/き」
「接続。突風。発動。」
男の言葉を遮って、突如巻き起こる突風。悪漢の一人が、まるで紙くずのように宙を舞い、はるか遠くへ吹き飛んでいった。
「え?」
あまりに突然の事にその場にいた誰もが静止した。
涙を拭いながら、ケイスケはそっと目を閉じ、魔素を取り込む。懐かしい、あまりに懐かしい、かつての力が身体にみなぎっていく。
「いまのは……なんだ?」
目の前の現実を受け止めることができない悪漢の一人がそう呟く。
悪漢達の目の前にいるその少女は魔法を使ったのだ。
掌に感じる何年振りかのその感覚にケイスケは打ち震える。
「この世界でも魔法使いってのは、憎まれ役なのか?」
明らかに異常な魔素を纏う少女の姿をしたそれは、かつて世界一の魔法使いだった【タンザナイト】の称号を持つ大魔法使い。
ヨコイケイスケは悪漢たちに強烈な圧をかけて言い放つ。
「魔法使いの端くれなら、俺をナンパすることがどれだけ命知らずの事か、分かるよな?」
悪漢はコクコクとうなずくと後ずさりし逃げようとするが
「あー、ちょっと待て!!」
「な、なんです?」
「おぼえてろよ!って言ってくれてもいいぞ!」
「……おぼえてろよー!!!あ、すいません・・・。」
ケイスケに許可を貰いテンプレートな捨て台詞を言い放ち申し訳なさそうに去っていった。
数ある作品の中から、この作品を選び読んでいただきありがとうございます。
面白い!続きが読んでみたいと思っていただけたなら幸せでございます。
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