さまよう魔法少女
ヨコイケイスケがルルルンとして、この世界に転生して数日、ライネスとの大立ち回りの一件も街の住人の一部に認識阻害魔法をかけ、ルルルンが魔法を使っていたという事実は「緑のモヒカンがなんだかよく分からないとんでもない力で魔女会の悪漢達を懲らしめた」という事実に置き換わっていた。
が、ライネスの指示もあり、ほとぼりが冷めるまでルルルンは街を出て生活していた。
「会社を作る」
真面目なライネスの手前、ちょっとかっこいい事を言わねばと見栄を切ったルルルンだったが……正直、この世界で会社を作るため、なにから始めればいいのか全く分からず、完全に迷走していた。
この世界での起業ルールが、全く分からいのでは話にならない。
街を出て、最初にルルルンが行ったのは情報収集、この世界の事を理解しなければ何も始まらない。
そう!リスクヘッジはなによりも大切、行き当たりばったりではスタミナのある企業にはなれない。そのためには情報収集!!そう心に誓い、行動すること丸2日。
「起業の方法」という点では、まったくと言っていいほど成果を上げる事ができなかったが、ぶらり近辺を観測した結果分かった事がいくつかあった。
今、ルルルンのいる場所は世界の中央に位置する【カノン】で、その中でももっとも発展をしている街が、ここ「マギリア」だ。
【カノン】にはマギリア以外にも街はあり、それぞれの領土で風土や習慣の違い等あれど、最も栄え、人が多いのが「マギリア」である。文化としては西洋ファンタジーで見るような建築と服装、商業が盛んな地域である。
そして、それぞれの土地には教会と呼ばれる場所があり、その地域の管理をしている「聖帝騎士団」が駐屯している、魔女の被害から領土を守護しているのだ。この騎士団というのがライネス達の所属している組織である。
聖帝騎士団は、いくつかの隊で編成されおり、各領土に満遍なく配置されているらしい。
【カノン】にはライネス達第一騎士団とカインの第三騎士団、第六騎士団が駐屯している。聖帝騎士団の駐屯している領土はカノンの他にもいくつも存在しているが、各地の軍とは別の組織として扱われており、決まった領土への肩入れのようなものもなく、完全に魔女被害に対して特化した特殊な存在のようで、これまでの貢献度からなのか、どの土地でも感謝や尊敬の象徴のような存在で、領土付きの軍隊からすれば目の上のたんこぶのような存在らしい。
そして、ルルルンが一番興味を持ったのは、それを束ねる『聖帝』と呼ばれる存在。
聖帝騎士団のトップらしいが、街の人間に聞いても「会ったことがない」らしく、存在は謎のまま。
詳しくは分からないが、各地に存在する教会の他にここ【カノン】には「大教会」という聖帝騎士団の総本山が存在する、おそらくそこに聖帝様がいるのであろう、正直興味はあるが、ルルルンはそれ以上調べる事は無かった。
「ライネスに聞けばいいし」
目的はあくまで起業、聖帝騎士団がそれに関わる事ならばまた考えればいい。
道中、魔女に出会ったりしないかと少し期待したが、それらしき存在とは結局出会う事は無かった。
それと、この世界にはファンタジーの常識でもある、モンスターなど有象無象のRPG要素が網羅されており、至る所で人を襲い、混乱を起こしていた、直接介入するまでもなく、聖帝騎士団が退治していたが、力のない者には脅威でしかないだろう。実際ルルルンも転生直後に襲われて死にかけたので、※一話参照
モンスターからはわずかながら魔素を感じられるため、ひょっとすれば魔女が関与してかもしれないが、魔獣は魔女とは切り離されてこの世界には認識しされていた。
基本的にそういった危険な魔獣は冒険者ギルドが討伐依頼を出し、それを冒険者達が討伐するといった、実に分かりやすい構図となっている。
街の付近に現れるイレギュラーな魔獣は聖帝騎士団や街の自警団が対処しているらしい。
二日間でかなりの回数モンスターとエンカウントしてみたが、魔法が使えるルルルンには問題なく退治できるレベルであった。しかしながらモンスター退治は、ルルルンの目的の進捗には、なにも直結しなかった。
レベルとかも上がらなかったし、スキルポイントなんかも貰えなかった。そもそも「ステータスオープン」と口にしても指でスワイプしてもステータスウィンドウらしきものは展開されず、なんとも残念過ぎる転生仕様。
倒したモンスターがパァァァと光になって、アイテムがドロップしたり、お金が手に入ることも無く、倒せば普通に死に、肉塊となって腐っていく……超リアル志向の異世界である。
まあ、異世界でそんな都合のいいものは無いのが当然である。
魔法を使って自給自足はできるが、マギリアの街の中にあては無く、宿の確保もままならず、町のはずれでひっそり野宿生活、運転資金もありゃしない、コネもなければ伝手もない。魔法で作った掘立小屋でうだうだとした生活を送っていた。
以前起業したときは、自分自身の【タンザナイト】のネームバリューだけで協賛してもらったり、コネも必要以上にあった、よくよく考えなくても恵まれた状態で会社を始めたなぁと、ルルルンは転生前の自分を振り返るのであった。
しかし、今回は状況が全く違う、そもそも魔法使いであることがバレてしまうと魔女扱いを受けるため、起業以前の問題にぶち当たる……魔法を隠してできる人助けの事業がなかなかひらめかない。
一番知らなくてはならない起業のための手段と条件は、明確な答えが出ていない状況だ。
この状況を打破するため、ルルルンは二日ぶりにマギリアの街を探索していた。
「どうしたもんか……」
解決の糸口が見つからず、とぼとぼと歩いていると……
グゥゥゥゥギュルルルル
お腹の鳴る音が響く。
現在直面している一番の問題がルルルンを襲う。
「腹減った……」
一番の問題、それは「食問題」である。
魔法で何とかできそうなものだが、細かい味付けや調理法が多い料理の魔法は存在しないのである。それに加えてルルルンは一切料理を作ることができない、料理初心者のルルルンにやれることは、肉を焼くくらいである。
倒したモンスターの肉を食おうとも思ったが勇気が出ない、もしかしたら旨いのかもしれないが、グロテスクな見た目にヘタレて、食せずズルズルとこの二日間ロクな食事をしていない。
「このままでは、起業前に餓死してしまう」
街で情報収集をしていると、通りがかった「マギリア食堂」と書かれた看板の食堂から、ルルルンの思考を奪う魅力的な芳香がする。
「なんて犯罪的な匂い……くそぅ、つらい……」
よだれを垂らしながら、ルルルンは歯を食いしばる、腹いっぱいご飯を食べて、大声で「うまーい!!!!」と叫びたい!そう思っていた矢先。
「うぎゃあああああ!!!」
その食堂から「うまーい」ではない「うぎゃああ」の叫び声と共に、男性がドアを突きやぶって飛んでくる。
「は?」
「文句があるなら二度とくんじゃねえ!」
大柄な男が、大声で店を追い出された男に怒鳴り散らす、おそらく店から追い出したのはこの男であることは容易に想像できた。
「何見てんだ!!見せもんじゃねえぞおら!!」
顛末をじっと見ていたルルルンに、店の関係者であろう大男が文句を言う。フンっとそっぽを向くと大男は店の中に帰っていった。
「恐ろしい食堂だ……」
恐ろしいやり取りを目の前にし、ルルルンの脳裏によろしくないプランが思い浮かぶ。
「食料を奪う……」
魔法で襲撃して飯を奪う事はたやすい、襲った後記憶を消してしまえばいいのだから、完全犯罪の出来上がりである。
「できるかぁ!ばかかぁ!ばかか俺わぁぁぁ!!」
一人で妄想して、一人で突っ込む美女の姿は、それはそれは滑稽なもので、通りすがる街人からは哀れみの視線を向けられていた。
「あの……」
お腹が減りすぎて自暴自棄になっているルルルンに、少女が声をかける。
「あ、自分ですか?」
「はい」
面識のない背の小さい少女は、うつむき気味にルルルンに話しかける。
「どうかしました?」
「いえ、その、あの……」
小さな背で、小さな声、その割に大きな胸、どこかで見たような感覚を頼りに、記憶を辿る。
「あの時、助けていただき、ありがとうございます」
あの時?
「あ!」
ハッと思い出す、転生したばかりの時、テンプレ悪漢から助けた少女。
「怖くてお礼が言えなくて、その、助けてもらったのに、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫、すっごい下心あったし、気にしないで……」
「下心?」
「気にしないでぇ、あれ?」
ルルルンは目の前の少女がおかしな事を言っているのに気が付いた。
「君、俺の事分かるの?」
「え?どういう意味ですか?」
「どういうって、あの時助けたのは俺だって認識してる?」
「え?はい……青い髪の毛がすごく印象的だったので」
認識阻害の魔法が効いていない?ルルルンは少女の言葉に驚く。
ライネスと別れたあと、ルルルンは街全体に認識阻害の魔法を使った、その魔法によって、この街でルルルンを目撃した人間の認識は「青い髪の少女」ではなく「緑の髪のおっさん」に入れ替わっているはずなのに、少女は確かに青い髪が印象的だと答えた。
「魔法が不完全だったのか?」
「魔法?」
「いやいや、こっちの話」
どちらにしても、この少女の出方次第では、もう一度魔法を使う事になる、ルルルンは気構えて少女と接しようとするが……
グゥゥゥゥギュルルルル
少女を前にして、恥かしげもなく腹が鳴る、空気を読めない空腹感に少女は気が付き、持っていたバスケットをルルルンに差し出す。
「これ、よかったら食べます?」
「え?」
「お腹減ってるんですよね?」
「はい」
即答するルルルンに、少女はクスリと笑う。
「おいしいかは分からないですけど、お礼だと思って貰ってください」
バスケットを開けるとそこには、お店で見るような神々しいサンドイッチが入っていた。
「ほんとに……貰っていいの?」
「はい、助けていただいたお礼です」
ニコニコと笑顔を向ける少女がルルルンには天使に見えた。
「でもこれ君のご飯じゃないの?」
「大丈夫です、私この食堂で働いてますので」
「え?そうなの?」
「はい」
「この食堂で?」
先ほどの大男とのやり取りを思い出す、この可憐で小さな少女がこの店で働いている?
「大丈夫なの?」
「何がですか?」
「いや、なんでもない、お仕事がんばってね」
「いえ、本当にありがとうございました」
「俺も、ご飯ありがとう」
少女は何度も頭を下げ、店の中に去っていった。
「ありがとう……か」
人助け、そんなつもりもなかったけど、誰かのために、自分の力を使う……それこそが自分が魔法でやりたいこと。
少女からもらったサンドイッチをほおばり、ルルルンは、そんな当たり前の事を再確認する。
「うん、そうだ、俺がやりたいこと、目指すべき事!」
心のモヤモヤが晴れたルルルンは、この二日間の停滞を払拭するかの如く、決意を新たにする。
「あ、しまった、あの子」
あまりの優しさに、あの少女に認識阻害魔法をかけるのを忘れていたが……
「まあ、いいか、あの子は」
根拠は無いが、あの女の子がきっと大丈夫だとルルルンは納得する。
「にしても、まずなにからすれば……」
腕を組み、未来の事を、うーんと考えていると。
聞いたことのある声がルルルンを呼ぶ。
「ケイスケじゃないか」
しかも生前の名前で。ルルルンの事をケイスケと呼ぶのはこの世界では一人しかいない。
「ライネス?」
「食堂の前で何をしている?」
「いや、何も」
「何も??」
「そう、何も……」
「うむ……」
ライネスの前だと、悪い事をしている訳ではないのに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「ライネスこそなんでここに?」
「私達、第一騎士団はよくこの食堂を利用するのだ」
「そうなんだ」
ライネスが、それよりも!といった表情でルルルンに詰め寄る。
「何もしていないとはどういう事だ?会社を作る夢はどうしたのだ?」
ズバズバと痛い所を突いてくるライネスに、そんなに簡単じゃないんだよ……と思いつつ、どうにもならないこの状況を打破するため、ルルルンはライネスに相談を持ちかける。
「そのことなんだけど……」
カクカクシカジカ。ここ数日の事をライネスに説明し、行き詰っている事を正直に話す。
「なるほど……申し訳ないが私はそういう話には疎くて力になれそうにない……」
「いや、謝る事じゃないよ」
「しかし、詳しい奴を紹介することはできるぞ」
「え?」
「ケイスケも知ってる奴だ」
知っている奴?この世界に来て2日知っているのはライネスとあの少女くらいだと思うのだが……ルルルンは知ってる奴を思い出そうとするが、まったく思いつかない。
「安心しろ!きっとうまくいくぞ!」
そう話すライネスは、何故かすごく嬉しそうで、ルルルンは逆に得も言われぬ不安さを感じていた。
「心配だ……」
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