001
「お…おは…」
無理、やっぱ無理。挨拶だけなのに、『おはよう』だけなのに、言えない。
妄想では、完璧なのに…
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「おはよう!」
「おはよ!シヅ、今日も元気だねっ」
「うんっ!そういえばさ、昨日の…」
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「はぁ…」
「どうしたの?」
「はひっ?!わひゃひ…にゃに…んんん」
私は横に首を振る。どうして言えないのかな?せっかく話しかけてくれたのに…。
「あ、ユキー。あのさー」
「ん?ぁ、ごめんね!じゃ」
あぁ、行っちゃった。岡山さん…そう、さっき話しかけてくれた子…ユキと呼ばれていた少女は、岡山優希…うちのクラス、2-Aの学級委員(前期:女子)なんだ。
派手なグループ…いわゆる、ギャルみたいな子がいっぱい居るグループにも、私みたいな孤独で地味な子にも話しかけてて、憧れる。
(私もあんなふうになれたらいいのに…)
〔キーン コーン カーン コーン ・・・〕
「あれ、1時間目って…理科?どうしよう、教科書…」
「今綱さん、教科書忘れたの?貸してあげよっか?」
今綱…それは、私、紫月の苗字だ。
「ぃえ…だぃ…じょ…ぅ…」
やっぱり無理だ。
私に訪れた2度目のチャンス。
また、逃してしまった…。
〔ポトッ〕
『放課後、校舎裏に来てください』
大人っぽい字で書かれた、短い文章。
左斜め後ろから飛んできた。
(誰かは分からないけど、これは、もしや、ラブレターという奴なのでは…?)
(怖いけど、これを機会に、手紙をくれた人と仲良くなれるかも。行ってみよう!)
そして待ちに待った放課後。
いつもよりこの時間が待ち遠しくて。
なんだか、時の流れが遅いように感じた。
〔タタタッ〕
(あっ、来たかな…?って、あれ?あれ、野本さんじゃ…?)
野本さんは、クラスでいちばん明るい、ギャルの女の子。
スカートもパンツが見えそうなぐらいギリギリまで短くしてあって、髪も金髪、パーマをかけてある。
校則違反だけど、無視してやっているらしい。
「あんたさぁ」
「いっつもいっつもちっさい声で話しててムカつくんだよねぇ」
「あ、期待してた?告白かなって?ごめんごめん。てか、あんたの事好きになる奴居ないっしょ。地味で陰キャなのにね。顔は整ってんのにもったいなーい」
「その勿体ない顔、アンタには合わないから、汚してあげる!」
そこから私の、地獄の学園生活…ううん。
地獄だった学園生活が、大地獄になった。
最初のうちはマシで、殴られたり、カッターで顔を切られたりするだけだった。
それでも、何もされない人からしたら、「酷い」のかもしれない。
けど私にはもう、何が酷くて、何が酷くないのか。
そんなもの、とっくに分からなくなっていた。
しばらくしたら、泥水をかけられるようになったり。
ビックリ箱方式で、中に汚いものを詰め込んで、飛び出る様にしていたり。
苦痛で苦痛で仕方なくて。
でも両親は…お母さんは、女優で、お父さんは、映画監督。
普段から忙しいふたりに、これ以上迷惑かけられなくて。
相談することさえ出来なかった。
ううん、間違えた。
相談できても、しなかった。
そしたら、殺されてしまうもの…。
いつか、いつか、これが収まりますように…。