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 グローリアさんは、その後すぐ、奥様に話しを通してくださって、私は彼女の侍女になることができた。あくまで口約束のようなものだったのに、それを叶えてくれたグローリアさんのことをますます好きになった。

 ああ、うちのお嬢様、ほんと素晴らしいんです!


 侍女になると、グローリアさんのメイクやドレスがなぜ彼女に似合わないものなのか、すぐに分かった。

 グローリアさんの侍女は全部で4人いて、その中の1人が元々奥様付きの侍女だったローナさんで、年配な上に実家も商家の女性だった。グローリアさんがお茶会に行くようになってすぐからの付き合いなので、グローリアさんもあまり強くは彼女に言えないらしい。

 お嬢様がそうなのだから、他の若い侍女はローナさんに逆らえず、彼女の趣味が前面に出ているようだ。


 もちろん、侯爵夫人の侍女を務めていたローナの趣味は決して悪いわけではない。

 私は、グローリアさんとお母上であるアシュクロフト侯爵夫人があまり似ていないのが原因だと思っている。

 アシュクロフト侯爵夫人は、童顔のあまり迫力がない顔立ちで、その優しい性格も災いして、下手をすると舐められてしまうような女性だ。しかし、目元を強調するメイクや、落ち着いた色合いのドレスを着ると、実年齢相応に見え、侯爵夫人らしい見た目になる。

 ローナさんはどうやらその感覚で、グローリアさんを飾り立てているらしかった。


 グローリアさんも、特にイアン様に会う日には、私に助けを請うような目をするけれど、せっかく侍女になれたのにクビになるわけにはいかなくて、胸が痛みながらも私は言い出せないでいた。




 今日はグローリアさんは特に予定がない日だ。そういう日も、私たちはグローリアさんのお支度をする。

 使用人が住まう棟を出て、お屋敷に向かっていると、メイド長(ハウスキーパー)に呼び止められた。


「あ、ヘレナ。旦那様が呼んでいたわ」

「旦那様が……」

「ええ」


 メイド長も戸惑っているように見える。一介の使用人は旦那様と会うことなんてそうそうない。私はお屋敷に勤め始める時でさえ、旦那様とは会っていなかった。


「それでは、失礼します」


 メイド長に軽くお辞儀をしてから、私は足早にお屋敷を目指す。

 アシュクロフト侯爵家ともなれば、全てのメイドの長ともいうべきメイド長は、絶対的な権力を持っている。本来ならもっと礼儀正しく対応しなくてはいけないけど、旦那様に呼ばれているとなると別だ。それをメイド長も分かっているので、黙って見送ってくれた。


 緊張しながら初めて訪れた旦那様の私室をノックする。するとすぐに、どうぞという声が聞こえた。旦那様の執事の声だ。

 なるべく緊張を隠しながら入室すると、そこには旦那様、奥様、旦那様の執事がずらっと勢揃いしていた。


「よく来たね、ヘレナ」


 優しく声をかけてくれたのは旦那様だ。奥様は旦那様の横に座って困った顔をしているし、執事は平然とした顔をしている。流石アシュクロフト侯爵家の執事、と思いながら、促されるままに旦那様の向かいに腰かける。


「はい」


 なぜ呼ばれたのかとか、粗相をしてしまったのかとか聞きたいことはいっぱいあったけど、口を噤む。何か粗相をしてしまったのなら、これ以上見苦しい姿は見せないほうがいいはずだ。


「ヘレナは、タリス伯爵を知っていますか?」


 急に執事から飛び出した父の名に、大声を上げてビックリしてしまいそうな気持ちを何とか抑える。今の私は、父が伯爵であることも、もちろん父のことも知らないはずなのだから。


「いいえ、存じ上げません。申し訳ございません」

「いえ、良いのです。旦那様と付き合いがあるわけではないので、知らなくて当然です」


 それならばなぜ、父の名が出てきたのだろう。たまたまにしてはできすぎていると思い、執事の顔を見つめる。


「そのタリス伯爵が、貴女を娘だと言っているのです。突然のことで私たちも困惑しておりますが、ぜひ貴女とお話しをと言っています」


 私は今度こそ驚いて、目を丸くしたまま固まってしまった。

 もちろん、タリス伯爵が父なことは知っているけど、父が名乗り出るのが前世より2年は早いのだ。前世では、父は私が17歳の時に迎えに来たはずだった。

 私がアシュクロフト侯爵家でメイドになったことで、何かが変わってしまったのだろうか。


「俄かには信じがたいことだけど、でもタリス伯爵がそんな嘘をついても何も得はしないでしょう?」


 そう言って首を傾げるのは奥様だ。


「ヘレナには急な話で悪いのですが、本日これからタリス伯爵がいらっしゃいます。応接室をお貸ししますから、そこで会って欲しいのです」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


 まだ実感の湧かないまま、返事をすると、執事が応接室まで案内してくれた。

 

 案内された応接室は、グローリアさんが普段イアン様やご友人と使うものより、立派なものだった。伯爵とはいえ、アシュクロフト侯爵は最大の敬意を示しているらしい。

 今日は仕事もしなくていいと言われ、ふかふかのソファーに腰をかけながら、ドキドキとする胸をおさえる。

 あと1年、私には時間があると思っていた。イアン様とグローリアさんをくっつけたら、父の迎えに応じようと思っていたが、今迎えに来られるのはまずい。まだ、グローリアさんを幸せにできていない。


 コンコン、と扉がノックされ、執事が父を連れ立ってくる。優しい目元やブルーの瞳は前世のままだが、どこか憔悴しているように見えた。

 私は慌ててソファーから立ち上がり、礼をすると、父が片手を上げるのが目の端で見えた。


「座ってくれ、ごめん、迎えに来るのがこんなに遅くなって」


 泣きそうな、懇願するような父の声に私は驚いた。

 前世で迎えに来た時は、もっと落ち着いていたと思ったのに。


「あの、タリス伯爵様……私が貴方の娘というのは本当でしょうか?」


 前世の父とのやりとりを思い返しながら尋ねれば、父は小さく頷いた。


「ああ、君のお母さん、エイダは元々私のお屋敷のメイドだったんだよ」


 父は私の産まれた経緯について話してくれた。大部分は前世と同じだったが、やはり異なる部分がある。同じ人生でも、行動によって変化があるようだった。

 

 父、バーナードは元々伯爵家の次男で、ゆくゆくは学者をするつもりだったそうだ。ところが、成人する頃にタリス伯爵令嬢との縁談の話が持ち上がり、いい人もいなかったのでそのまま結婚したらしい。タリス伯爵には子供は娘1人しかおらず、跡継ぎがいなかったのだ。

 しかし、バーナードとご令嬢との間に、何年も子供はできなかった。通常この国で子供ができなければ、酷い話だが妻は離縁され、後妻を持つのが一般的だ。でも、父の場合は婿養子だったため、そうはいかず、夫婦の間は冷めていったらしい。

 ここが前世との違いだった。前世では、バーナードの夫婦仲は悪くなく、バーナードは気まぐれで母、エイダに手を出し、私を宿した母は伯爵家を自ら辞めた。エイダに執着がなかったバーナードはもちろん追い掛けるようなこともせず、タリス伯爵が亡くなったタイミングで、跡継ぎの必要さに駆られて私に会いに来た。

 そのため、前世では父の妻であるタリス伯爵夫人と、私が出てこなければ跡継ぎになるはずだった、タリス伯爵家の分家筋の長男の当たりがとてもきつかった。


 しかし今世では、妻の愛情が離れている時に、バーナードは当時タリス伯爵家にメイドとして入ったエイダに心惹かれるようになった。エイダのいつでも一生懸命で、明るい笑顔にバーナードは惹かれていき、ついにエイダに思いを伝えるに至ったが、エイダは奥様に悪いとすぐに断った。

 そこでバーナードは、離縁や実家と縁が切れるのも覚悟して妻に話したのだが、妻はそのことに激怒し、エイダはタリス伯爵家を辞めさせられたそうだ。私は父と母が別れの時に1度だけ関係を持った時にできた子で、父は私の存在を最近知ったらしい。

 そして何より驚くことに、父の妻とタリス伯爵は最近亡くなったそうだ。前世ではなかった展開に、1番驚いてしまったが、頑張って気の毒そうな顔を繕った。

 父はこれで堂々と母を迎えに行けると、私の実家に行き、私の存在を知ったそうで、焦ってアシュクロフト侯爵に連絡を取ったそうだ。母はすでにタリス伯爵邸に移っており、祖父母も離れにいるらしい。


「ヘレナ、君が生まれたことを私は知らなかった。知らなかったで済まされる事ではないことは分かっている、でもどうか、私に罪を償うチャンスをくれないだろうか」


 父の悲痛な言葉に、思わず頷いてしまいそうになって、私は慌てて首を振った。

 父が私と母に償いたいと思うのと同じくらい、私もグローリアさんに償いたいと思っている。今ここで父の誘いに乗って、アシュクロフト侯爵家を辞すれば、それは叶わない。


「タリス伯爵様、私は12歳よりアシュクロフト侯爵家でお世話になっておりました。最近、お嬢様であるグローリア様の侍女となり、仕事にも責任を感じております」


 父の目を見て言えば、父は目を丸くする。

 もし、前世と同じ状態で私が同じことを言ったとしたらどうだったろうか、父は必然に駆られてきたとはいえ、生意気な言葉に、血の繋がりはない分家筋の男を跡取りとしたかもしれない。けれど、


「……そうか、ヘレナが望むだけグローリア様の侍女を続けてくれて構わないが、どうか伯爵家の娘としての教育だけでも受けてくれないだろうか。伯爵家の娘という肩書きがあれば、良い縁談もあるだろう。アシュクロフト侯爵にはヘレナに淑女教育を受けさせてもらえないか聞いてみよう」


 父の言葉に私は心から頭を下げた。思っていた以上に事態はいい方向へと進んでいる。これはもしかしたら、グローリアさんびいきの神様のおかげもあるのだろうか。贔屓したくなる神様の気持ちも分からなくないけれど。


「ヘレナ! 私の侍女を辞めてしまうの……?」


 俯きながら喜びを噛みしめていると、扉が大きく開かれ、執事と焦った様子の侍女のローナさんを引き連れたグローリアさんが現れた。

 どこかから私が今日仕事ができない理由を聞き、やって来たらしい。


「グローリア様!?」

「メイドよりもお嬢様として暮らす方がいいものね、でも、私、貴女のこと……」


 涙を浮かべて私を見るグローリアさんに、私ははてなを浮かべながら、執事とローナさんの顔を交互に見やる。ローナさんは困ったようにグローリアさんを宥めるだけだったけど、執事は口を開いてくれた。


「グローリアお嬢様は、ヘレナさんがお屋敷を辞めると思っているのです」

「そんなこと、私は侍女はやめませんと、今タリス伯爵様にも宣言したところです」

「それは……いいのですか?」


 私と父の顔を交互に見て、執事が困ったような顔をした。私が侍女を続けると決めたことは、ずっと冷静で表情も変わらなかった執事さえ、困惑させたのだろう。


「アシュクロフト侯爵にはこれからお願いをしようと思うのですが、淑女教育をこちらで受けさせて頂きながら、仕事を続けさせてやりたいのです」

「それは旦那様も喜ぶかもしれません。グローリアお嬢様はこれから社交界デビューされるのですが、それを旦那様も奥様も心配されていたのです。しかし、年も近いヘレナさんに心を許しておりますから、ヘレナさんがこちらに残って、一緒に淑女教育を受け、一緒に夜会やパーティーに出席するのなら、それは心強いでしょう」

「まあ、本当ね。私、そうしたいわ! ヘレナ?」


 グローリアさんに縋りつくように見られては答えは決まったようなものだ。そもそも、夜会にまでご一緒できるのは、私にとっても好都合だ。


「タリス伯爵様、よろしいでしょうか?」


 私の言葉に、父は私によく似た瞳を細めて、頷いた。


ご閲覧、ブックマークありがとうございました。

次回最終話です。今日と同じ時間に更新予定です。


(2019.7.6 追記)

感想でご指摘頂いた部分を修正しました。

ヘレナが出て来なければ伯爵家を継ぐはずだったのを甥から、分家筋の長男にしています。

設定と矛盾した内容になっていて、すみませんでした。


(2019.7.7 追記)

7.7までに頂いた誤字修正を適用しました。

ご報告ありがとうございました!

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