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 その後、私は順調に出世をしていった。

 奉公に来てから数年が経ち、ハウスメイドとして家の中の掃除をするようになると、グローリアさんの姿を見るようになった。

 けれども一介のメイドとして、グローリアさんに話しかけるわけにはいかなくて、ヤキモキとした日々を送っていた。


 そんな冬のある日、グローリアさんの侍女が揃って風邪に倒れた。本来ならハウスメイドの私に、グローリアさんのお世話なんて回ってくるはずがないのだけど、今日は特別なご用事がないことと、グローリアさん自身が若いメイドをご希望とのことで、限定的に呼ばれたのだ。

 少し緊張しながら、扉をノックして入室すれば、グローリアさんが既に鏡の前に座っていた。


「グローリア様、本日1日の間、私、ヘレナが側に仕えさせていただきます。よろしくお願い致します」


 丁寧に礼をしながら言うと、グローリアさんは少しはにかんでくれた。


「それでは、本日のお支度を致しますね。本日の予定は、イアン・ギーズ様とのお茶会でしたね」


 私の言葉に、グローリアさんが小さく頷く。

 お相手のイアン・ギーズ様は、ギーズ公爵の長男で、グローリアさんのはとこに当たる男性だ。グローリアさんより2歳年上で、年が近いせいか、よくアシュクロフト家に遊びに来ている。


「何かお化粧やドレスにご希望はございますか?」


 グローリアさんの普段のメイクやドレスについては、侍女からメモを貰ってきていたが、一応尋ねる。

 わざわざ若いメイドを指定されて来たのだし、私なら希望を叶えることもできると思ったからだ。

 前世の私は王太子妃、王妃として流行を牽引する立場だったから、メイクやドレスには気を使っていたし、今世でもグローリアさんの侍女になるために、普段からお客様のメイクやドレスを観察していたのだ。


 尋ねながら鏡ごしにグローリアさんの顔を伺う。なんだかいつものグローリアさんとは違う気がする。

 グローリアさんは私の2歳年下、まだ前世で会った時よりはあどけないけれど、普段はメイクもしていて、前世同様隙のない、人によってはきつく感じる顔立ちだった。

 でも今日はただただ可愛らしいだけだ。薄くピンクに染まった頬とパッチリとしたアーモンドアイ、小さな鼻は高く、ピンク色の唇はふっくらとしていて、まるでお人形のような整った顔立ちだ。

 どうやら普段のグローリアさんはかなりのバッチリメイクだったようだ。まだ13歳という年齢を考えると、あそこまでしなくてはいいと思うけど……。


 考え込む私に、グローリアさんが小さく呟く。


「可愛いって、殿方に言われるようにして欲しいの」


 そう言って頰を薔薇色に染めるグローリアさんに、私は同性でありながらときめいた。ああ、なんて可愛いの、うちのお嬢様は!

 イアン様はグローリアさんにとって兄のような存在だと聞いているので、可愛いと言ってもらいたいのかもしれない。


「グローリア様、普段とは違うメイクやドレスでもよろしいのですか?」

 

 私の問いにグローリアさんは目を瞬いてから、小さく頷いた。もしかしたら普段のメイクやドレスはグローリアさんの意見は反映されていないのかもしれない。


 グローリアさんのお許しを貰ったので、私は鏡台に乗ったメイク道具を早速手に取る。

 おしろいもあるけれど、グローリアさんはお肌も綺麗だし、そばかすやしみもないから必要ないだろう。それにあまりおしろいをはたいては、可愛らしい頰の色が隠れてしまう。

 目元も普段は目を大きく見せるようにしっかりとブラウンの粉で囲われているのだが、そのせいで目元がキツくなっていたので、目尻に薄いピンク色を乗せるにとどめる。

 口紅も真っ赤な物から、目元に乗せた粉と同じくらい淡いピンクにした。

 普段のメイクに比べたらかなり薄いけれど、素材がいいので十分だ。むしろ血色の良さが際立って、年相応の可愛らしさだ。


「どうでしょうか?」


 私の言葉にグローリアさんが鏡を覗き込んで、不安そうに眉尻を下げる?


「薄すぎないかしら?」

「夜会ではありませんから、この薄さで十分ですよ。それにグローリア様は元々が可愛らしいですから」


 グローリアさんの頰が赤く染まる。


「もう、そんなこと聞いていないわ」


 その強気なセリフが本心じゃないことがすぐに分かって、私はつい笑ってしまったが、グローリアさんは気にした様子はない。


「次はドレスですよ」


 顔の赤いグローリアさんを引き連れて、衣装室の方へと移動する。

 グローリアさんは普段、ネイビーや深いグリーンなどの、暗い色のベーシックな形のドレスを着ることが多い。それはそれで似合ってはいるが、メイク同様少し隙のない印象を与えてしまう。

 衣装室の中に入って、奥を覗き込むと、暗い色のドレスに隠れて探していた淡い色合いのドレスが見つかった。少し悩んだ末に、水色を手に取る。デザインもどちらかというと流行りのもので、ふんわりと可愛らしい。

 私自身、前世では結婚してから、必ず毎シーズン毎に大量のドレスを買って貰っていた。それこそ、着きれないほどに。侯爵令嬢であるグローリアさんも、普段着ないようなドレスを持っているだろう、と思ったらその通りだった。


「これ?」


 メイクを終えた時同様、普段とは違うドレスに不安げなグローリアさんを安心させるようにてきぱきと支度を整える。きっと、今までの隙のない侯爵令嬢から、可愛らしいお人形さんのような姿になるはずだった。




 午後になると、イアン様がアシュクロフト家に到着し、グローリアさんとのお茶会が始まった。

 応接室でお茶の用意をしながら、イアン様のことを盗み見る。イアン様は今の私と同い年の15歳、まだ少年といっても言いような容姿だけど、品のある振る舞いは流石公爵の子息だ。


「グローリア、今日はなんだか雰囲気がいつもと違うね」

「ええ、少し変えてみたの……変かしら?」


 イアン様の言葉に私は肩を揺らしてしまった。もし、これでイアン様が変だと言ったら私のクビもありうるのではないだろうか。


「ううん、いつもの華やかなグローリアもいいと思うけど、僕はこっちの方がいいと思うよ。グローリアらしい」

「ありがとう」


 ところが、イアン様はグローリアさんのことを褒めると、優しく微笑んだのだった。グローリアさんも嬉しそうに笑う。

 そして、私はとんでもないことに気がついてしまった。イアン様と話している時のグローリアさんは、いつも以上に可愛らしくて、どう見ても恋する乙女なのだ。それに今日、彼女は言っていたではないか、『可愛いって、殿方に言われるようにして欲しいの』と。

 イアン様は、グローリアさんが言葉が足りなかったり、キツイのも知っているようで、気にするそぶりがないし、グローリアさんの気持ちが満更でもないようで、楽しそうに話している。その表情はグローリアさんほど分かりやすくはないけど、恋しているように見えた。

 前世で様々な夜会を通して、恋する男女を見てきた私が言うのだから、間違いないと思う。


 今までで1番可愛らしいグローリアさんを見つめながら、私はどうしようかと考えることになった。

 ジェームズと結婚し、王妃となっても不幸せではないだろうが、イアン様と結婚するのがグローリアさんにとって1番幸せなことのように思えた。

 私がこうして、人生をやり直しているのは彼女を幸せにするためだ。最初は償いの気持ちからだったけど、アシュクロフト家に仕えて、前世より間近でグローリアさんを見ることで、私の心境の変化もあった。どうせなら、彼女にとって1番幸せな形を取ってもらいたい。


「ヘレナ? どうしたの?」


 すっかり考え込んでいた私に、少し眉を寄せたグローリアさんが顔を寄せた。彼女は私を見上げるようにして、心配そうにこちらを見ている。


「いえ、すみませんでした」

「具合とか悪くないのならいいけど、とにかくイアンお兄様、このヘレナが今日のメイクをしてくれて、ドレスも選んでくれたのよ」

「それはよかったね。ヘレナ、僕からもお礼を言わせてくれ、ありがとう」

「もったいないお言葉です」


 グローリアさんに向けるものとは違うけど、優しく微笑んだイアン様はそのままグローリアさんに向かい、話し続ける。


「ヘレナが気に入ったのなら、おばさまに言って侍女にしてもらってはどうだろう。グローリアももう13だし、自分の身の回りの使用人に気を配ってもいい頃合いだよ」


 イアン様の言葉に、私は心の中で大きく縦に首を振りながらも、顔には出さないように気を引き締める。


「そう、ねえヘレナ、侍女になってと言ったら迷惑かしら?」


 そう言って私を見つめるグローリアさんはとても可愛い、ああ、うちのお嬢様、可愛すぎます!

 これがきっかけで、グローリアさんに気にしてもらえたらと思っていたけど、まさかここまでの結果を生むとは思わなかった。前世の記憶と、家事を手伝わせてくれた母に、心の中でお礼を言いながら、なるべく冷静にグローリアさんに答える。


「そんなこと! とても、嬉しいです!」


 あまり、落ち着いているようには見えなかったけど。


 イアン様とグローリアさんに笑われながら、再び、どうしたらお2人をくっつけることができるか、考え始める。

 グローリアさんは今の時点で、ジェームズから婚約の話がきていて、正式にではないけど、婚約者候補として既に扱われている。前世に聞いたジェームズの話によると、2人はこの後、グローリアさんの夜会デビューで出会い、特に問題がないということで正式に婚約をするはずだ。

 正式に婚約をしていないからといって、イアン様は自分の気持ちをグローリアさんに伝えることも、ましてや婚約を申し込むこともないだろう。

 公爵の長男で、家柄的にも問題なく、グローリアさんが思いを寄せていると知ったら、アシュクロフト侯爵は、ジェームズからの婚約を正式に受けるのを止めて、イアン様との婚約を進めるのではないだろうか。それだけ、アシュクロフト侯爵はグローリアさんを大切にしている。

 しかし、ジェームズとの婚約が正式に決まれば、アシュクロフト侯爵側から、それを破棄することは流石にできない。

 つまり、もしグローリアさんを本当に幸せにするのなら、タイムリミットはあとおよそ1年、グローリアさんの夜会デビューの後、ジェームズからの正式な婚約話が来るまでだ。それまでに、イアン様にグローリアさんへの求婚をしてもらう、その必要がある。

ご閲覧頂きありがとうございました。

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明日も同じ時間に更新予定です。

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