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 王子様とお姫様は仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし。……と終われば、どんなに良かったか。私は今、死後の裁判の最中である。




 私と夫である王のことは、私たちの死後も童話のように語り継がれることだろう。私は庶民の出身でありながら、王子と結婚し、王妃となったからだ。

 私は幼い頃、母と祖父母と暮らしていた。父は幼い時に亡くなったと聞かされていたが、17歳の時に父の使いが家に迎えに来て、私の父が伯爵であることを知った。元々父のお屋敷でメイドをしていた母との間にできた子だったそうだが、その後父に子供ができなかったことから、私は17歳にして伯爵令嬢となった。

 急に伯爵令嬢となった私は、貴族としてのマナーなどろくに知らないまま、社交界デビューをし、お忍びで来ていた王子と出会う。王子はマナーもろくに知らない私を面白く思い、それをきっかけに仲を深めていった。

 結婚後は、厳しい家庭教師のおかげもあって、私は王太子妃らしくなり、王妃となる頃には昔のことを思い出すと、顔から火が出るほどであった。

 完璧な治世だったかというと、微妙かもしれないが、それなりに国家は安定していて、戦争もなく、それなりにいい王妃だったと思う。王より早く逝ってしまったのは申し訳ないけれど、最後は夫と子供、孫に看取られ、いい人生だった。


 目の前にいる巻物を持った大男ーーどうやら神様らしいーーに、私は自分の人生を話し終えた。

 死んだら、意識などなくなると思っていたのに、私はなぜだか神様の前で、死後の裁判をしている。夫のジェームズにこんなことを聞かれたら呆れられてしまうと思うけど、あまり神様を信仰していなかった私は、死後の世界というのも信じていなかった。


 神様は巻物を一旦畳むと、私に向き直る。優しい顔立ちだが、どこか難しい顔つきの今、嫌な予感がする。


「それは確かか」


 威厳のある声に体がピリピリして、私は思わず、はい、と返事をするが、神様は難しい顔のままだ。


「グローリアを覚えているか」

「ええ、覚えていますとも」


 グローリアさん、彼女はジェームズが若き日の婚約者だ。ジェームズ曰く、親同士が決めた婚約者で、王太子という肩書しか見てくれない、形ばかりの婚約者だったはずだ。

 私がジェームズと仲良くなってから、彼女は私にきつい言葉をかけてくるようになった。今思い返すと、王太子の婚約者となった後にされた意地悪に比べたら、なんて事もない、ただの注意だったのだけど。

 当時の私にとって、グローリアさんのつり上がった瞳と冷えた声は、それはそれは恐ろしいもので、ジェームズにグローリアさんに嫌われてしまったようだ、と相談したこともあった。

 ジェームズはそんなグローリアさんの態度に怒り、彼女との婚約破棄を決め、私を婚約者としたのだ。

 晩年、何度となくあの時の軽率な行動を後悔した。


「彼女が婚約破棄後どうなったかも?」

「いえ、存じ上げません」


 グローリアさんの婚約破棄後の動向は、ジェームズが気遣ってくれたのか、何も聞いてはいなかった。

 神様はフン、と荒く鼻から息を吐く。巻物を片手でぐるぐると持て余し始めると、側に仕えていた従者が、神様の行動を注意した。


「神様、お止めください」

「だって、こやつがグローリアのその後も知らないから」

「だっても何もないでしょう。グローリアに肩入れするのはお止めください」


 先ほどまで威厳たっぷりだった姿が嘘のように、神様は駄々をこねるように下唇を突き出した。


「可哀想なんだもん、しょうがないだろう」


 なんだもん、ってこの人……。そう思いながら、私は質問する。


「グローリアさんは、どんな人生を送ったのですか?」

「……王太子から婚約破棄をされたことで、腫れ物のように周りから扱われ、そのまま生涯独身で過ごした」


 神様の言葉に私はショックを受けた。

 侯爵令嬢という立場でありながら、結婚をしなかったグローリアさんはどれだけ周りから心無い言葉を言われただろう。私が直接ジェームズに、婚約破棄をして欲しいと言ったわけではないが、若き日の私の言動が原因だったのはよく分かる。

 それなのに、私は人生を振り返る場面でも、彼女の名前を出さなかったのだ。申し訳なさに胸が苦しくなった。


「できることならば、何でもして、グローリアさんに償います」

「その言葉に二言はないか」

「もちろんでございます」


 私はそう言って跪いて頭を下げた。上から神様がじっと見つめてくるのを感じ、頭をさらに低くする。


「それならば、今一度人生をやり直し、今度こそグローリアが心から幸せだと思う人生を送れるようにサポートすることを命ず」

「人生を、やり直し……?」

「そうだ、再びお主自身に生まれ変わらせてやろう」

「そ、そんなこと」

「私を誰だと思っている、神だぞ。二言はないのではないか?」

「はい、や、やらせて頂きます」


 跪く私の頭上で、神様が何やら言っている。その横で神様の従者が怒っている声も聞こえたが、目の前が真っ暗になると共に、私は意識を手放した。




 次に目を覚ました時には、私は赤ちゃんの()で、でも前世の記憶もちゃんと持ったままだった。

 懐かしい母と祖父母と暮らした家で、まだ若く美しい母が、私を抱いてあやす。それを見ていた祖母が目を細め、私のことを撫でてから、家の掃除を始める。懐かしい昔に戻っていた。

 神様の不思議な力で、私は自分の人生をちゃんと始め直せたらしい。


 赤ちゃんというのは制約が多く、目もろくに見えないし、もちろん会話もできない。だから、私には考える時間がたっぷりあった。

 私はグローリアさんを幸せにするために、いくつかの計画を練った。転機となる出来事はいくつかあって、1つ目は私が父に迎えに来られて伯爵令嬢になる時、2つ目は夜会でジェームズと出会った時、3つ目はジェームズがグローリアさんとの婚約を破棄する時だ。

 最初、私がジェームズと出会わなければ2人の関係は上手くいくと思ったのだが、元々私との出会いがなくても、ジェームズはグローリアさんに対してあまりいい印象を抱いてはいなかった。確実に幸せにするには、私がジェームズとグローリアさんの仲を何とか深める必要がある。

 そこで考えたのが、父が迎えに来る前に使用人としてグローリアさんに接触する機会を得る、というものだった。そうすれば、グローリアさんとジェームズの仲をグローリアさんサイドで応援できる。2人の仲が盤石になったことを確認してから、父の元に戻り、ジェームズには会わないようにすれば良いのだ。

 そのためには、グローリアさんの側に仕える侍女(レディーズ・メイド)にならなくてはいけないけど。

 そこまで上手くいくか分からなかったので、他にもいくつかパターンを用意しておく。でも、グローリアさんのメイドになること、それがベストな方法のような気がした。




 12歳になったある日、私はついに動き出した。

 グローリアさんのお家、アシュクロフト侯爵家は大きなお屋敷なので、12歳の子供でも皿洗いなど簡単な仕事をさせるメイドとして雇ってもらえるのを、掲示板に張り出された貼り紙を見て知っていた。

 母にアシュクロフト家に奉公に出たいと相談すれば、少し申し訳なさそうにした後に、了承してもらえた。働き盛りの男性がいない我が家は、とても貧乏だったのだ。

 そうして私は父が迎えに来る前に、アシュクロフト侯爵家にメイドとして仕えることができた。


 アシュクロフト家は私が思っていた以上に大きく、メイドの仕事もきっちり分業されていた。私は勤め始めて暫くは、キッチンから出ることさえなかった。そのため、グローリアさんを見ることはできなかった。

 アシュクロフト家には、お坊ちゃまが2人と、お嬢様が1人いる。娘はグローリアさんしかいないので、さぞかし甘やかされているのだろうと思っていたけど、グローリアさんは侯爵令嬢として恥じない振る舞いを身に着けようとしているそうで、旦那様や奥様の前で甘える素振りを見せないと、メイド仲間から聞かされた。

 私の思っていたグローリアさん像とは全然違って、少し驚いたのをよく覚えている。


 それから、私の仕事ぶりはというと、自分で言うのもなんだけど、これがなかなかの物なのだ。

 アシュクロフト家は、銀のお皿が多いのだが、銀はすぐに曇るので、皿洗いのメイドの仕事の1つにこの銀皿磨きがある。この銀皿磨きはこだわりだすととても時間がかかるので、ほかの若いメイドは皆あまり好まない仕事なのだが、私はこの銀皿磨きが好きなのだ。

 前世、王妃になってからは、社交がとても多かった。私は元々人と話すのは好きな方だったけれど、それでもたまに1人になりたい時があった。1人になり、家庭教師に教わった刺繍にもくもくと打ち込むのが好きで、私の前世での1番の趣味だった。

 銀皿磨きはこの刺繍に通ずるものがあって、もくもくと磨きだすと、止められなくて、ついほかのメイドの分までやってしまっていた。


 そんな風に仕事をしていたら、ある日キッチンを取り仕切るメイド、ヘッド・キッチンメイドに呼ばれた。

 何かしてしまったのだろうか、不安に思いながらキッチンの横にある使用人用ダイニングに入る。

 ちょうど昼ご飯と夕ご飯の間の、今の時間は誰もいなかった。


「何でしょうか?」


 ヘッド・キッチンメイドの顔を見ながら、私は困ったように切り出した。ここでクビになってしまったら、計画が狂ってしまうのだ。


「そんなに怖がらないで、いい話よ」

「いい話?」


 首を傾げた私に、ヘッド・キッチンメイドは微笑む。


「貴女をキッチンメイドにしたいのよ」

「本当ですか!?」


 驚きのあまり大きな声を出してしまい、慌てて口に手を当てながら座ると、目の前のヘッド・キッチンメイドはおかしそうに笑った。

 今は皿洗いしか任せて貰えないけど、キッチンメイドになったら、材料の下拵えや調理もできるようになる。つまりは出世だ!

 私の周りの同い年のメイドたちの中にはまだ、キッチンメイドになった者はいないはずだった。


「銀の食器を丁寧に磨くでしょう? いい働きだからお皿洗いだけじゃもったいないって話が出たのよ」


 グローリアさんの侍女への第2歩目くらいを踏み出せた気がする。じわじわと嬉しくなるのを抑えて、ヘッド・キッチンメイドにお礼を言ってから退出した。


ご閲覧頂きありがとうございました。


明日も同じころに投稿しようと思います。

全4話で完結予定です。(完結話数を修正しました)


(2019.7.4追記)

誤字報告ありがとうございました。

修正致しました。

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