常連勇者
禍々しい空気に覆われた巨大な城。
凶悪な魔物達を世界中に放ち、人々を恐怖と混乱に陥れた魔王の居城だ。
世界に再び平和を取り戻すべく、腕に覚えのある猛者達が、各地から魔王城を目指していた。
旅の途中、モンスターとの戦いで散る者、複雑なダンジョン内を彷徨い続ける者、病に臥せる仲間のため、足止めを余儀なくされる者……
多くの冒険者達の中で、魔王城に辿り着けるのは僅か一握り。
辿り着けたとしても、今までとは桁違いな力を持つモンスター相手に力尽き、魔王の姿を拝むことが出来る冒険者は、本当に極一部、まさに、勇者を名乗るに相応しい者だ。
選ばれし冒険者、勇者がついに魔王の待つ部屋の扉を開ける。
重々しい音と共に、ゆっくりと開いて行く巨大な扉。
薄暗い室内。
城の外では雷鳴が轟く。
一際強烈な雷光が室内を照らし出し、窓際に立つ魔王の姿を映し出した。
「……ほう。ここまで辿り着くとは、虫螻にしては上等だな。」
不貞不貞しい笑みを浮かべ、魔王がゆっくりと振り返る。
開口一番の虫螻扱いに、勇者はピクッと眉を動かしたが、無言で魔王を睨み返す。
「どうした。余りの格の違いに恐れをなし、声すら出せないか。それとも、む──」
「『虫螻に、吾輩の言葉は理解出来ないか。まあ、いずれにせよ、吾輩は何より無駄が嫌いだ。虫螻1匹捻り潰す時間さえ惜しい。虫螻とは言え、命は惜しいだろう。どうだ? 互いの為にも、そのまま出ていくというのは。名案だろう?』」
「な……なに勝手に人のセリフ取ってんだよっ!」
ツラツラと語る勇者に、慌てる魔王。
勇者は面倒くさそうにため息をつきながら答える。
「もう覚えちまったんだよ。毎っ回毎回飽きもせず、一字一句正確におんなじコト言いやがるから。無駄がキライとか言うわりに、ダラダラ喋りやがって、よっぽど時間のムダだっつーの。」
「わ、わかってんだよ、矛盾してんなーって、わかってんのっ! でも仕方ないだろっ、そういう設定になってんだから! 『勇者、入室→勇者、バミリで止まる→雷ON→セリフスタート』の流れなのっ! オレから言わせれば、お前だって、毎回毎回バッチリしっかり、バミってるトコでピタッと止まって待ってるじゃん!」
「しょーがねぇだろ。ここもそうだけど、要所要所、自分の思い通りに動けねぇトコがあんだよ。『扉開ける(重厚感を表現する感じで、ゆっくりめに。)→部屋に入る(右足から入り、5歩で止まる)→魔王のセリフを聞く(長ゼリフだが、途中で口を挟んだり、斬りかからないよう注意)』ってなってんだから。」
「ト書きまであんの?」
「ト書き? なんだそれ? まあ、なんつーか……左足から入ろうとしても入れねぇし、5歩以上進もうとしても、足勝手に止まるし。」
「怖っ! なにそのシステム!」
「知らねぇよ。つーか、てめぇの城だろ? 何でてめぇが知らねぇんだよ。あ、関係ねぇけど、普段は『オレ』なのな、一人称。」
「悪いかっ! プライベートじゃ自分のコト『吾輩』なんて言わないって! 閣下だって、普段は吾輩って言わないと思う……てか、一人称とかどうでもいいんだよ! お前なあっ!」
勇者の鼻先にピッと指を突き付け、魔王は続ける。
「オレのセリフ丸暗記するほど、来てんじゃねぇよ! 魔王戦前にセーブできるからって、何度も何度も来んなっ! お前が来る度にあの長ゼリフ演らなきゃなんないんだからなっ!」
「だよな。あのセリフ、スキップできたらもっと気軽に再戦できるのに、ぜってぇ飛ばせねぇじゃん? 部屋入ったらまたあれ聞くのかぁ、って思うとダリぃってゆーか……」
「っざけんなっ! お前はダルくても聞いてりゃ済むけど、こっちはセリフ噛まないように気ぃ遣って、結構大変なんだぞ! 長ゼリフ前のデカい雷、めっちゃ怖ぇしっ!」
「だよな。俺もさっき言ってみて思ったわ。長ゼリフ、ハンパねぇー、って。何度も言わせて、マジ、スンマセンでした。あとあの雷、俺も怖ぇーって思ってた。」
「だよねっ? 音デカすぎだよねっ? めっちゃ眩しいし!って、和んでる場合かっ!」
思いのほか弾んでしまった会話を、自らツッコんで軌道修正に入る。
「セリフ丸暗記するほど来るなって話してんのっ! お前以外のヤツも来るけど、これほど頻繁に来るのはお前だけだよっ! 1日に何度も来たりで、トータル100回近く来てるくせに、初めに来た時から全っ然強くなってないって、どういうコトだよっ?」
「あれ? そんなに来てた? じゃあセリフ丸暗記も不思議じゃねぇな。」
「こっちは不思議しかねぇよ!」
「まあ聞けって。時々さ、会心の一撃出るじゃん。」
「……出るな。」
「でさ、それが2、3回出るコトもあるじゃん。」
「……あるな。」
「運がよければ、わざわざレベル上げしたり、高い武器防具揃えなくて済むからラクかなぁ、って……」
魔王の攻撃
会心の一撃!
「話の途中で攻撃とか、ズルくね────?」
勇者は故郷までかっ飛ばされた!
「推奨レベルになるまで、戻ってくんなっ!!」