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目を覚ましたと報告を受け、王子捜索の派遣などをラサル殿に託して、アンリの部屋へと向かう。部屋の前につけば、侍女頭が「支度中のため、しばらくお待ちください」と丁寧に頭を下げてくる。
「すまぬな。あなた方にも思う所はあるだろうが、アンリローズに尽くすと思って耐えてほしい」
「いえ。アンリローズ様が望むことであれば、我らはそれに従うのみにございます。姫様の幸せは城勤めの皆が望んでいたこと。貴方様が叶えて頂けるのでしたら、私たちは貴方様にも忠誠を誓わせていただきます」
すると声が掛かり、扉が中へと開かれていく。
はやる気持ちを抑えきれず真っ直ぐにアンリに歩み寄ると、彼女は立ち上がり驚いたように動きを止めてしまった。それでも止まる事ができず、アンリを強く抱きしめた。
「アンリ。君はこの国を僕に譲ってくれるかい? 僕の隣で、半島の統一と繁栄を手伝ってもらえるかい?」
「マック様? これはまだ夢の続きなのですか?」
驚いて腕を解いて体を離すと、アンリローズは悲しげな表情で見上げていて、先ほどの対面をも夢であると思い込んでいるようだった。
性急すぎたか。
「夢ではないよ。八年前からラサル殿を中心に反国王派をまとめ上げ、今回のラグラプルへの侵攻を好機と見て動いた。君をネプロに行かせない様にと、王都に潜んでいた私は真っ先に王城へ駆けつけ、ラサル殿と別れてこの部屋を目指したんだ。そう、君は城の者に随分と慕われているね。通してもらうのが大変だったよ」
そこまで言って笑いかけると、照れたように下を向いてしまう。
今度はそっと抱きしめて髪を梳くように頭を撫でると、胸元から嗚咽が漏れ聞こえる。
「だからアンリ、僕の妻になってもらえないだろうか。統一の礎となる僕を支え、安らぎを与えてもらえないだろうか。」
彼女は了承を示すように何度も何度も頷き、背中に回した腕に力を込めて抱きついてきた。
未だ泣き止まぬ彼女に、八年という時間の重みをひしひしと感じてしまった。
やさしく抱き締められる温もりが、囁くような優しい声が、頬に感じる胸板の力強さが、髪を梳く壊れ物でも扱う様な仕草が、八年間のがんばりを褒め称えてくれるようで涙が溢れ、嗚咽が止まりません。
これまで何度となく夢に見て、その夢に縋り、叶わぬと諦めた幸せに触れて、離したくないとまわした腕の感触に実感が伴ってきます。
それなのに、妻に迎えたいとまで言って頂けて言葉が出なくなってしまい、ただただ頷く事で承諾の意思を伝えました。
もう、独りは嫌です。独りでは立っていられません。あの孤独には戻りたくないのです。だから離さないでと、強く抱き付きました。
アンリローズは軽い口づけを交わし、マクレーンに伴われて礼拝堂へと向かう道すがら、国王の自害と王子の失踪を知らされる。
祭壇の前には棺にすがる王妃と妹がおり、革命に参加した者だけでなく城務めの者や民衆が、通路までをも埋め尽くしていた。
祭壇の脇から礼拝堂に入った二人は、黙って棺に近付く。
「王妃よ。国王の亡骸は、王家の墓に丁寧に弔う事を約束しよう。王子の捜索も優先して行い、救出の暁にはそなたの元へと送り届けよう。だが、王位はアンリローズ王女に継承していただく。これは、革命に参加した諸侯の総意だ」
王妃もイザベラ王女も精気のない顔で黙って聞いていて、反論も抵抗もしない。
「アンリローズ女王と私の婚姻をもって、スロップノットはラグラプルに併合され、ラグラプルの法をもって対等の立場で進んでゆくことになる。よって、王家の権限は縮小される」
そこまで言うと、マクレーンは民衆に向けこう宣言した。
「ラグラプルは二百年かけて今の形に収まった。急くつもりは無い。五十年、百年をかけて隅々までに政策を浸透させ、誰しもが平等に尊厳を守られる国になれるよう、ぜひ協力をして欲しい」
傍らに立つアンリローズも、マクレーンの手を取り宣言する。
「半島は統一されました。直ぐには難しいでしょうが、誰もが蔑まれる事のない国に向け、子供たちの為にも手を携えて歩んで行きましょう」
こうして、国は新しい時代を迎える。
その中で二人は国に尽くし、幸せな人生を送る事となる。